Re:Monster Wiki
Advertisement

Day 321[]

 “三百二十一日目”

 【存在進化】した鬼若の種族は“獄卒暴鬼(ごくそつあばれおに)”というらしい。


 大鬼の時から巨体を誇っていた鬼若はそれよりも更に二回りほど大きくなり、全身の筋肉も相応に分厚く肥大化してまるで鎧のようになっている。

 皮膚の色は酸化した血液のように赤黒く染まり、黒紫色の頭髪はまるで刃物であるかのような光沢と鋭さがある。

 頭部からそそり立つ二角はまるで杭のように太く尖り、頭突きをすれば対象物を簡単に穿てそうだ。


 肉食獣のように鋭い双眸は爛々と深紅に輝き、口にはまるでナイフのような鋭牙が生え揃っている。もし噛みつかれれば、金属鎧でも容易に噛み千切られてしまうに違いない。


 その身に纏う生体防具は虎柄の(ふんどし)のような衣服と、手首足首にある鉄球を鎖で繋げた頑丈そうな枷のようなモノだけだ。

 褌はともかく、手足にある鉄球付きの黒い枷は囚人を捕らえる拘束具のようにしか見えない。

 鉄球の大きさは鬼若の巨躯からすればやや小さく見えるものの、それでも直径三十センチを超え、持ってみればそれ相応の重量がある。


 もしかすれば鬼若の心身から溢れ出ている力を抑制するような能力があるのか、とも最初は思ったのだが、どうもそんな事は一切無いらしい。


 色々調べた結果、鉄球と枷を繋いでいる鎖は数十センチ程度の基本的な状態から最大で約十メートルまで自在に伸縮する能力がある事が判明した。

 伸ばした鎖を手足などに巻き付ければ鎖帷子のようにもなるが、振り回せばそれだけで武器としても使えるので、生体防具とするには少々微妙で、悩ましい部分ではある。


 ともあれ、鎖付き鉄球の扱いは慣れが無いと自滅する可能性もあるので、簡単だがその使い方は後で教える予定だ。

 これまでは縁がなくて鎖付き鉄球を使った事は殆どなく、その扱い方を極めていないが、俺は糸を使って似たような事を何度もしているので、最低限使える程度には教える事が出来るだろう。


 それから、手に持つ生体武器は鉄柱のように太く巨大で、規則正しく並ぶ突起が凶悪的な金砕棒だった。

 巨大な見た目相応の重量があるのだろう、軽く振るだけでも重量のある物体が動いた時特有の強風が生じ周囲を荒らしている。

 本気のひと振りが直撃でもすれば、大抵の存在は重撃に耐え切れず防御ごと完膚無きまでに破壊されてしまうだろう。


 ただ身体的には非常に強力だが、どうやら【魔法】などに分類される能力は持っていない事も判明した。

 咆吼や眼力などによる【恐怖】などの精神的な状態異常攻撃は可能だが、しかしそもそもそれ等は【魔法】ではない。【魔法】によるものもあるが、鬼若の場合は種として持つ能力の一つでしかない。


 “獄卒暴鬼”とは、ただ純粋なまでに物理面に特化した種族、だと思えばいいだろうか。


 紛う事なき脳筋である。


 物理面に特化しているので魔術や妖術などに対して若干弱いのだが、呆れるほどの生命力と防御力で大半は問題にすらならないようだ。

 業火に焼かれても炭化した皮膚が剥がれ落ちる前から再生しているし、岩の槍や氷の砲弾などは分厚い筋肉の鎧で受け止める事が可能である。

 精神攻撃などには不安が残るが、それはそれ用のマジックアイテムで補えば問題ないだろう。


 それにしても、ミノ吉くんとアス江ちゃんについて行く事が多かったからか、進化した種族も物理面に優れているだけでなく、何となく二鬼の配下っぽい感じになっているのには少し寂しさを感じてしまう。

 もっと多くスキンシップした方が良かったのだろうか、なんて父親として悩む所である。


 まあ、自身すらまだ一年生きていないのだ。悩んでばかりもいられない。


 個人的感傷はさて置いて、祭りを開催して十一日目の今日。


 最終日になるので竜肉と迷宮食材を使った豪勢な朝食で活力を漲らせた後、開催を宣言した初日のように大地を隆起させて造った即席の壇に登り、≪外部訓練場≫に整然と並ぶ団員達を見回し、労いの言葉をかける。


 初日同様、整列する団員の数は三千名を超えて居る。

 しかし今日の催しモノに参加する予定の団員は全体の三分の一以下である千名未満にまで減っていた。


 催しモノの最中や終わった後に行われたセイ治くん率いる医療部隊≪プレアー≫による治療や高額な魔法薬の使用、自然回復力促進など数多くの湯効がある温泉に浸かるなどの非常に手厚い治療体制によって、擦傷や打撲などの軽傷から粉砕骨折や内臓破裂などの重傷まで、後遺症にならない程度にまでは癒えているし不慮の事故による死者も運が良い事に出ていない。


 しかし負傷の全てが完治しているか、と言えばそうではない。

 肉体の再生能力には程度の差はあれ限度があり、俺やカナ美ちゃんなどの幹部級と比べてまだまだ弱い団員達は今日までの過酷な日程で消耗した肉体は限界を超えている。

 休息を必要とするものの身体の奥底にこびり着いた疲労などは拭い難く、極度の恐怖やストレスによる精神的外傷でしばし休息を必要とする者も居るので、それを除いた数が千名未満と言う事になる。


 とは言っても、その千名未満の団員も万全な状態ではなく、怪我もしているし疲れたような顔を見せる者が大半を占めている。

 ただ単にまだ限界ではない、というだけだ。


 しかし何だかんだとありながら催しモノをやってきただけあって、並んでいる約三千名の団員達から感じられる体内魔力の質や量は向上しているし、ただ自然体で立っているだけなのに隙が少なくなっていた。

 完全とは言えないまでも、ほぼ全員が祭り開催前よりも一段階か二段階以上は強さを増しているのは間違いない。

 中には【存在進化】した団員も多く、聖戦では大いに活躍してくれるだろう。


 その中でも特に成長期である幼少のゴブリンやホブゴブリンだった団員達の成長が著しいだろうか。

 急速なレベルアップによって無駄な脂肪が少なくなった体躯にはその代わりに筋肉が付き、何処か緩みのあった顔立ちは一端の戦士のそれである。

 【存在進化】したか、もう少しでできそうな者達ばかりなので、今後の中核を担ってくれる鬼材になってくれるに違いない、と期待しておこう。


 ともあれ、労いの言葉を言い終えた後は最後まで残れた約千名の団員達以外を≪外部訓練場≫に隣接している見物席に移動させ、最後の催しモノの説明をする。


 最後は今回の監督官役だった十名――つまり俺とカナ美ちゃん、ミノ吉くんにアス江ちゃん、ブラ里さんにスペ星さん、クギ芽ちゃんとアイ腐ちゃん、そして復讐者と鈍鉄騎士に対して約千名で戦うだけである。


 と言うと、眼前で並んでいる団員達と、壇の横に並んでいる幹部級に混じる鈍鉄騎士の顔が複雑な感情に歪み、復讐者は何か落胆したような表情を見せる。

 眼前の団員達は良いとして、何故鈍鉄騎士までそんな反応をするのだろうか? と疑問に思ってみたが、もしかしたら鈍鉄騎士は俺達と戦いたかったのかもしれない、と思い至った。


 常日頃から強くなるのに貪欲だからな、きっとそうなのだろう。


 そしてそれは復讐者も同じに違いない。

 むしろもっとあからさまである。


 そもそも復讐者は自身の復讐を果たす為、力を欲して俺に降ったのだ。

 今回の聖戦ではその復讐対象も出てくる、と裏工作によって確定しているのだから尚更力をつける為に強者を欲している。


 ならばその願いを叶えねばならない、という事で、鈍鉄騎士と復讐者を相手側に加えた八鬼対約千名、という構図にしてみた。

 どこかやけくそ気味な雄叫びや絶叫が大森林に響き渡るが、それくらい元気があればいいだろう。


 という事で≪外部訓練場≫にて、早速行う事とした。


 無論俺達も本気ではない。

 本気を出せば思わぬ事故で死者を出してしまいかねないので、各自能力の制限はもちろん、得物は訓練用の木造武具を使用する。

 それでも種族的、能力的な隔絶とした差があるのだが、実戦であればこれくらいの差は覆す気概でなければ寧ろ駄目だろう。

 それにこちらの得物は木造なので、団員達も頑張ればこちらの武器破壊を狙えるようにはなっている分だけマシではなかろうか。


 もっとも、木造といっても俺達が扱っても自壊しない事が最低条件になるので、大森林のごく一部でしか採取できない【アストレアード】と呼ばれる硬くしなやかな暗褐色の木材に俺が色々付与した、とにかく頑丈さに定評のある逸品を装備した。

 直撃しても即死しない程度には安全策を施しているが、骨の数本は容易く折れるので、団員達にはそれが嫌なら頑張ってもらうしかない。


 とりあえず、先頭に立つ俺は四本腕で四本の木槍を持ち、突いたり払ったりを繰り返す。

 ただ振り回すだけでも大抵は吹き飛ばせるが、百人長などのそれなりに強い者達は以前よりも粘り強く、少しだが反撃も出来ているのでついやり過ぎる事もあった。

 その場合は弱点を指摘しつつ打ち据えたので、糧になっているはずである。

 それに今回は子供――オーロとアルジェント、鬼若とオプシーが積極的に俺のところに来たので、やる気が盛り上がった。

 父は偉大である、という事を改めて思って貰えるよう、懇切丁寧に相手をする。

 暴力的なスキンシップかもしれないが、鬼の血統としてならこういうスキンシップは中々らしいのではないだろうか。


 俺の左右を固めている重量級のミノ吉くんとアス江ちゃんは、手に待つ木斧と木槌でとにかく暴れていた。

 大勢が固まっている場所に突っ込んで、防御も陣形もお構いなしに打ち砕いていく。

 大型の二鬼が突っ込む様は、まるで抵抗すら許されない自然災害のような光景である。

 それでも催しモノの経験からか、団員者達の減りは以前よりもゆっくりとしたモノだった。


 縦横無尽に駆け回るブラ里さんは、自身が培った剣技を実戦で試すように突出してきた復讐者と戦っている。

 身体の動かした方は以前よりも更に洗練され、無駄を削る事で体力や集中力などの消耗は少なく、一撃はより鋭さと重さを増し、攻防一体の型は反撃すら封じ込めている。

 勢いはブラ里さんにあるが、復讐者も良く耐えている。復讐者を相手にする事に関しては手加減無用なので、ブラ里さんは木剣に血を纏わせて強化し、激しい火花を発しながら周囲を余波だけで細断していった。

 流石に他の団員では手が出せるレベルではないので、そこはポッカリと空いた空間になっていた。

 巻き込まれれば呆気なく死んでしまいかねないのだから、それは必然だっただろう。


 後方に控えるカナ美ちゃんやスペ星さん、クギ芽ちゃん達は絶え間なく弾幕を張っていた。

 カナ美ちゃんは魔銃【水圧縮銃(すいあっしゅくじゅう)水卵(みずたまご)】による衝撃はあるが非致死性の水撃弾を使い、遠距離から油断している団員を撃ち抜いた。

 魔力を補充し続ければある意味無限に撃ち続けられるその特性と、カナ美ちゃんが照準を合わせ引き金を絞るまでの間がほとんど無いため、団員達は全く近づけないでいた。

 ただ狙いが正確すぎた事と非致死性のため威力が弱かった事、それから最小限の動きで水撃弾を切り落とし、あるいは防ぐ事が出来る団員も以前より増えているので、数は思ったよりも減っていないようだ。


 スペ星さんは催しモノと同じく、低階梯魔術を雨のように降らせている。

 今回は複数の魔術が互いの効果を高め合うように計算されている――例えば風の渦を生ずる魔術に爆炎を生ずる魔術を同じ軌道に配置するなど――らしく、簡易的な混合系統魔術へと昇華されていた。

 催しモノの最後の方で試していた技術で、これが確立できれば難易度が上がる代わりに威力が高い混合系統魔術のような結果を比較的簡単に得られるようになる。

 が、まだまだ研究段階で実用には程遠いそうだ。

 なんでも同一人物の魔術は魔力という同じ燃料を使っているので比較的簡単に混ざり合うが、他者が使う魔術同士だと反発して減衰してしまうらしい。

 まあ、詳しい技術的なうんぬんはさて置いて、無数の魔術が降ってきてもそれが二回目となれば団員達の動きも機敏だ。経験が結果に反映されていると言えるだろう。


 クギ芽ちゃんは一番大人しいと言えるのだが、振りまく【麻痺の視線】や【混沌の視線】によって一定範囲内に近づく団員達を牽制している。それでも仲間を盾に接近された場合は肉体の動きを見て行動を先読みし、隙を正確に突いて地面に転がしていた。

 周囲と比べて派手でない分目立ちにくいものの、戦闘型でないクギ芽ちゃんを相手に負ける団員は多い。

 相手の全てを視て近未来を予想し動くクギ芽ちゃんの動作には余裕があり、まるで演舞をしているような印象すら受ける優美さがあった。

 先手先手を打ち続け、戦闘の流れを自在にコントロールする相手に打ち勝つ方法を団員達には得てもらいたいのだが、それはまだまだ難しそうだった。


 遊撃要員であるアイ腐ちゃんの場合は、気の向くまま戦場を闊歩していた。

 フラフラと動き、手頃な団員達から沈めていく。

 団員達も反撃を試みていたが、遠距離攻撃は大半が腐食して効果を発揮できず、しかし近づけば精神が汚染されるので容易に攻められない。

 何とか精神汚染を乗り越えて接近しても、単純な戦闘能力が意外と高いので迎撃されていく、という事を繰り返していた。

 対処法が一見だけでは分かり難いだけ、団員達では対処するのが困難なようである。


 そんな感じで朝から昼過ぎまで続けたが、約千名もへばってしまった。

 数が少ないのはそれだけ負担が増えるという事なのだから仕方ないのかもしれない。

 なので予定を変更し、半日休んでいた残りの約二千名も追加した。

 限界に達しているとはいえ半日も休めばある程度は回復する。

 残り数時間程度、耐え抜くくらいは頑張ってもらうとしよう。 


 そうこう少々予定にズレがあった最後の催しモノは、死屍累々の結末を迎えた。

 実際に死んではいないが、死ぬ一歩手前のような状態である。


 パパッと全体的に最低限の治療をセイ治くんが施した後、閉幕式を執り行った。

 かなり短い労いの言葉をかけ、明日からの六日間は休息や武装の整備に費やし、七日後に聖戦予定地へ向けて出立するなどの予定を伝え、頑張った褒美として迷宮産の武具などを成績優秀な者から配布していく。

 迷宮でダンジョンモンスターを倒した際にドロップしたアイテムが大半を占めるのだが、階層ボスの宝箱から出てきたモノも少数だが放出する。


 ちなみにダンジョンボス級の宝箱から極少数ながら獲得した【伝説(レジェンダリィ)】級のマジックアイテムがあるのだが、それはまた後日、幹部級の団員に支給する予定である。


 そうこうしながら閉幕式を終えた途端、傷だらけだが堂々とした立ち姿を維持していた団員達は、まるで操り糸を切られた人形のように地面に倒れ込んだ。

 最後まで意地を通したその姿に、思わず苦笑が漏れる。


 しかし、それも悪くない。むしろ良い傾向ではないだろうか。


 満足しつつ打ち上げの宴会に突入し、夜遅くに寝た。

 やっぱり酒は、美味いなぁ。


Day 322[]

 “三百二十二日目”

 太陽が昇る前に目を覚まし、日課である朝練を終えると、その足で鍛冶師さん達のところに向かった。

 訓練中、終わった後に来てくれとイヤーカフス経由で呼ばれたからである。


 鍛冶師さん達が日々作業している≪工房≫からは金属音に混じった鍛冶長ドワーフの怒鳴り声、それから弟子として働いている者達のそれに応じる気合の雄叫びなどが聞こえてくる。

 同じく≪工房≫で働くレプラコーン達は仕事内容からして音こそあまり出していないが、大量の革鎧や戦闘服などを補修したり運搬したりしているので忙しさは遜色ない。

 数が増えていく団員達の武具の作成、あるいは修復などやる事が多い彼・彼女等は日々≪工房≫で汗水垂らしながら仕事に邁進している。


 平時でも忙しいのに、祭りの催しモノで摩耗した武具の再調整のため、≪工房≫は早朝からフル稼働中のようだ。

 慌ただしく動いている職人達の間を通り、奥にある自分の作業場に居た鍛冶師さんに声をかけた。


 すると元気よく挨拶され、満面の笑みで迎えられる。

 軽くスキンシップした後、今回呼ばれた経緯を聞いてみる事にした。


 それによれば、どうやらハルバードの強化をしたいらしい。


 鍛冶師さんによって幾度となく強化・改造されてきた俺のハルバードは、個人的には欠点のほとんどない武器である。

 手によく馴染んでいるし、様々な場面で活躍できる多様性がある。

 流石に【神器】や【伝説】級のマジックアイテムには格で劣るものの、逸品である事は間違いない。


 しかし残念な事にこれ以上の改造は難しい、と以前言われた事がある。

 鍛冶師さんや鍛冶長ドワーフの当時の腕前――今はレベルも上がって上達している――では技量がやや足りなかった事もあるが、理由として最も大きかったのは『必要な材料が足りない』事だった。

 その時に必要な材料とは一体なんなのかを聞いてみたのだが、それは鍛冶師さん達すら分からないと言われた。


 とにかく足りないのだ。それも正体不明の何かが。


 そんな事あるのだろうか、とは正直思う。

 分からないモノが足りない、と断言できるなど考えてみれば変な話だからだ。


 しかし鍛冶師さんの持つ職業【鍛冶師(スミス)】や【精霊鍛冶師】の能力である【武具の声】や【鍛冶精霊の囁き】、鍛冶長ドワーフが持つ種族的能力である【鍛冶の匠】や【鉱物の祈り】などから導き出された答えだと言われれば、そうなのかと納得するしかなかった。

 魔法合金の開発はそれに対する答えを発見する、という側面があったりなかったりして、それは一定以上の成果を出していたのだが、それでも足りない物を造る事ができず半ば諦めていた部分もあった。


 だが見つかったと言われ、衝撃的でなかったかと言えばそれは嘘になる。


 一体足りなかったのはなんなのか、と聞いてみれば、別室で用意していたのか共同開発者の一人である錬金術師さんが黒と金と銀と緑が混ざり合ったような奇妙な色合いの魔法合金のインゴットを乗せたカートを押して来て、『これがその答えです』と言った。


 手に持ってみれば魔法合金は妙に生暖かく、若干柔らかい。

 指で圧を加えれば歪むそれはまるで金属製のスライムか、あるいは生体金属に近いのかもしれない。


 それにしても、どこか覚えのある波長の魔力を帯びているのだが、と意味を込めて鍛冶師さんと錬金術師さんを横目で見てみれば、サッと両名ともに目を逸らした。

 逸らした後は頑なに目を合わせず、若干冷や汗を流し震えている。後ろめたい事があったのはほぼ間違いないだろう。

 素材については、あまり深く突っ込まない方がいいのかもしれない。

 あれだ、多分煮詰まって、やり過ぎてしまったのだろう。


 深く突っ込めば、狂気の深淵を覗き込む事になりかねない。


 原材料はさて置き、錬金術師さんにどんな代物なのか聞いてみると、今まで幾十幾百と成功と失敗を繰り返しながら試行錯誤してきた魔法合金の中でも自信を持って発表できる最高傑作の一つであるそうだ。


 まあ、細かい話は省略するとして、本題はようやく条件を満たした為、早速魔改造を再開したいという事らしい。


 そういう事なら問題は無い。愛用のハルバードが強化されるのは望むところだ。

 材料に若干不安を覚えるが、これだけ自信に漲っているのだ、劣化する事は無いだろう。


 という事で早速アイテムボックスからハルバードを取り出し、ついでに【四翼大鷲の主の御霊石】も取り出して鍛冶師さんに手渡した。

 錬金術師さんには、使えるか分からないが迷宮産の珍しい魔法薬の類をダース単位で渡しておく。


 それぞれ品を受け取った二人は、すぐさま作業に没頭していった。

 ちょっとそれはどうかと思うような奇声があったりなかったりしたが、見て見ぬふりをするのも優しさだろう。


 その後ろ姿を見送り、俺は≪工房≫から出て行った。

 聖戦に向けて、細かい仕事がまだ残っていたからだ。

 ハルバードがどうなるのか、楽しみにしていようと思う。


Day 323[]

 “三百二十三日目”

 朝練の時から鬼若に鎖付き鉄球の扱いについて教えていく。

 そのついでにオーロとアルジェント、それからオプシーの相手も並行して行った。

 日々成長していく子供達を見るのは良いもんだ、と再確認しつつ地面に転がしていく。


 昼になれば姉妹さんのところに手伝いに出向き、午後には鍛冶師さんと違って一段落ついた――素材開発はともかく、鍛冶本番は鍛冶師さんと鍛冶長ドワーフ達の独壇場なので役割を終えている――錬金術師さんのところで新薬を考える。

 夕方になれば少々影の薄い女騎士や今日も元気な赤髪ショート達とまた訓練し、夜になればドリアーヌさんからマッサージを受けた。

 ドリアーヌさんのマッサージテクは以前よりも鍛えられており、短時間で極楽に達してしまった。

 温泉にドハマりした父親エルフが風呂上がりによくドリアーヌさんのマッサージを受けているのも、頷けるというものだ。

 スッキリして、また温泉に入りたくなる。


 その他にも準備を勧めつつ、平和は一日だったと言えるだろう。

 英気を養うには、こんな一日も必要だ。


Day 324[]

 “三百二十四日目”

 今日も昨日と似たような一日で、特に語る事が無い。

 訓練を行い、書類整理やら何やらをしただけだ。


 なので、今日は各国の情勢と、ちょっとした裏事情でも纏めようと思う。


 まず、王国について。

 王国はお転婆姫と俺との間で交わされた契約もあり、聖戦の裏事情をよく知っている。

 各国との関係があるので岩勇パーティを派遣する事は決定だが、他の三勇は国の守護という事で派遣はしない方針だ。

 その代わりある程度の物資は送る事になるが、お転婆姫曰く『この程度は【勇者】を失う事と比較すれば安いものじゃ。それに喰われるだろう者達の手向けと思えば、これでいいのかと不安になるくらいささやかなものじゃな』だそうだ。

 必要経費というやつである。


 ついで、帝国について。

 帝国は保有している十二人の【英勇】のうち、【八英傑騎甲団(ルガルド・オルデン)】から三名、戦闘し勝利し【運命略奪(フェイト・プランダー)】によって詩篇を取り込んだ四名の総数七名を出す事になったようだ。

 【勇者】は四名、【英雄】は三名という内容で、最高戦力の半数以上を派遣するのは、それだけ【世界の宿敵(ワールドエネミー)】の存在を重く捉えたからだろう。

 普通ならそう考えるし、実際その通りではある。


 が、ここで裏事情を一つ暴露しておこう。

 以前、帝国と王国は大森林に攻めてきたのを覚えているだろうか。

 王国から帝国に嫁いだお転婆姫の姉を蝕んだ難病を治す秘薬を求め、様々な思惑が交差したあの一戦だ。


 あの時は次期皇帝であるお転婆姫の姉の夫に対し、周囲の護衛に気づかれずに背後をとって薬を渡し、軍を下がらせて終わらせた。

 命こそとっていないが、あの状況なら『引かなければ命はない』と脅迫したようなものだろう。

 撤退後は責任問題などゴタゴタが発生し、敵戦力を過小評価した軍部の怠慢や利益を求めた貴族の強欲が破滅を呼んだうんたらかんたらと政治ゲームがあったのだが、それはさて置き。


 難病の姉は治った。俺の血で出来た薬によって。

 そして薬を姉に与える際、次期皇帝は一度薬を口に含み、口移しで姉に与えている。

 これは俺が『一度他者の口に含む事で回復力が上がる。対象を愛する者ほど、その効果はより高まっていくだろう、これはそういう魔法薬だ』などと嘘を言ったからだ。

 結果、次期皇帝には俺の分体が【寄生】している。その後は不自然でないように、本人すら気づかない程度に思考を誘導していたりする。

 まあ、つまりだ、今回の数が多いのは、俺がそう仕向けたからである。


 今度は魔帝国について。

 魔帝国では、何と【魔帝(ミルディオンカイザー)】本人と三名の【六重将(セクトス・ヘルビィ)】、それから精鋭部隊二千名がやって来るらしい。


 一応、次期【魔帝】とされている【六重将】の第一席にして【魔帝】の息子である【重白将(ヴァイア・ヘルビィ)】と、魔帝国を裏から支えている【重藍将(ヘルビィ・インディゴ)】、それから最も若い【重紫将(ヴィオルタ・ヘルビィ)】などは留守番のようだ。


 全重将を率いてこないのは万が一【魔帝】達に何かあった場合に備えての事であり、それなりに高齢である現【魔帝】は次代の魔帝国を息子に託し、自身は命を賭して最高に楽しそうな聖戦で散ってもいいという意気込みで臨むようである。


 理由は単純で、基本的に戦闘種族である魔人(ミディアン)からすれば、強敵に挑む事こそ誉れだからだ。


 獣王国も、魔帝国と似たようなものだ。

 獣王国も【獣王(ビーストキング)】本人が出てくるだけでなく、【獣牙将(ビファログ)】のうち六名がやって来るらしい。


 同じように次期【獣王】とされている【獣王】の愛娘にして【獣牙将】が一牙――第一席とか第一位などを、一牙から十牙で表している――【地虎牙将(ティグス・ビファログ)】などは留守番らしい。

 その他の諸事情も細部は異なるが、概ね魔帝国と同じである。

 以前【神級】の【神代ダンジョン】である【アムラティアス大草原】で【獣王】を見かけたのは、少し鈍っていた身体を鍛え直す事も兼ねていたらしい。

 あの後ダンジョンボスの生き血を啜り、状態は万全なようだ


 一国のトップなのに、どちらもフットワークが軽すぎではないだろうか、と思わなくもない。


 ちなみに魔帝国と違い、身の回りの世話をする最低限の随伴員はいるようだが、聖戦に参加する精鋭部隊などは引き連れてこないようだ。

 まあ、【魔帝】は【英雄】のように配下の数が多い方が強いし、逆に【獣王】は【勇者】のように少数精鋭の方が強い。

 そういった能力面の向き不向きの結果が違いとなって出たのだろう。


 最後に、聖王国などについて。

 聖王国は二十四名という他国と比べて桁違いに多い【英勇】から、今回の聖戦には国の防衛の為に防御に優れた【軍象英雄】、【鉄輪英雄】、【岩兵英雄】、【結界の勇者】、それから【支配の勇者】にして当代【聖王】以外の十九名と、恐らく【世界の宿敵】の天敵として【大神】が用意していたのだろう一人の【救世主】と二人の【聖人】を出してくるのが確定している。


 しかも【英雄】の数が多い事もあって、兵士の数は数万以上になる、と予想している。

 数が多すぎては行軍が遅くなるし、質が悪ければ聖戦ではほとんど意味が無いので精鋭部隊に絞るだろうが、それでも強力な戦力を誇る聖王国の本気は侮っていいものではない。

 まあ、雑兵は団員達で相手してもらう予定だ。罠と地形の有利を利用すれば、そう難しい事ではないだろう。


 【英勇】の方はともかく、【救世主】と【聖人】の動向は正確には掴めていない。

 何やら色々と蒐集しているようだが、その用途がよく分からない。

 片っ端から近隣の強力なモンスターを討伐するだけでなく、かつて巨大な力を振るったとされるモンスターの体毛や皮膚片などまで集めている。

 今生きているモンスター討伐はともかく、過去歴史に残るほど強力だったモンスターの組織を集めるのは気にかかる。


 もしかしたらそれ等を触媒とした特異な【魔法】を使うのかもしれない。

 情報が少なくてよく分からないが、とりあえず集めている品々が何の由来なのかだけでも調べておくべきだろう。


 あと、何だろうか。この【救世主】、かなり病んでいる。

 観察すればするほど、精神的にイっているとしか表現しようがなかった。

 そのくせ、能力は非常に高いのだから厄介極まりない存在と言えるだろう。


 本当に勘弁してくれよ、と思いつつ、各国の内情はザッとこんなものだろうか。

 詳細はまた後日、機会があればという事で。


Day 325[]

 “三百二十五日目”

 朝の訓練の後、今日はカナ美ちゃんや赤髪ショート、錬金術師さんや子供達などを連れて大森林の中にある池に行って見た。


 澄んだ水で泳いでいる魚が良く見え、柔らかい風が吹き抜けるいい場所だ。

 最近はちょっと聖戦に向けての対策でピリピリしていたので、家族サービスと少しの息抜きを兼ねている。

 残念ながら鍛冶師さんだけは忙しく不在だが、それでも皆でこうして過ごすのは気分転換になって丁度いい。


 何を呑気に、と思うかもしれないが、聖戦では誰かが死ぬだろう。

 それは団員達かもしれないし、子供達かもしれない。俺やカナ美ちゃんだって、もしかしたら死ぬかもしれない。


 そりゃ、ただ単純に死にたくないのなら、団員達を誰も死なせたくないのなら、今なら幾らでも方法はある。

 遠距離から生成体の軍隊を延々ぶつける、敵国で疫病を蔓延させる、一人一人確実に暗殺していく。

 勝つだけならそれでいい。俺単鬼でも、時間さえあればどうにかなりそうだ。

 そもそも敵はコチラの拠点を見つけてもいない現状ならば、一方的に仕掛ける事など造作もない事である。


 だが、それでは駄目だ。


 得られる経験値が俺に集中し過ぎてしまう、団員達が乗り越えるべき試練を俺が代行してしまう。

 理由は他にも多々あるが、やはり団員達の為にならないというのが大きいだろう。大きく成長する機会を失うのは、今後の為にもよろしくない。


 そもそも『戦いたい』という団員達の願いを無下にはできない。

 命を賭した戦場だからこそ魅了されてしまう事があり、日々の訓練で培った力を実戦で発揮したいという欲求は確かに存在する。

 種族的にも、平和よりも戦乱を望む者は多い。本能が血で血を洗う戦場を渇望するのだ。


 それに、これ以上の差が広がれば、もしかしたら一般団員達が必要なくなり、切り捨ててしまう事も選択肢になってしまうかもしれない、という個人的な思いもある。

 可能性は極めて低いだろうが、既に多種族の生成能力を持っている現状、俺の合理的な考えをする部分がそんな選択をしてしまうかもしれない。


 生成能力は優秀だ。優秀すぎると言ってもいいぐらいに使い勝手がいい。

 気兼ねなく使い潰せる雑兵を魔力さえあれば生成し続けられるし、条件さえ満たせば多方面にも応用が効く。

 単体でありながら群体であるとも言えるだろう。


 しかし最初からいるメンバーは俺と血が通っている家族だ。

 後から加わった団員も、鍛える弟子のような存在であり仲間意識はある。

 それなのに生成能力があれば不要だ、と切り捨ててしまいかねない可能性が僅かにでもある事に、自分で言うのも何だが、流石にどうかと思っている。


 だから団員達が参加するのを俺は推奨しているが、聖戦は強制ではなく自主参加にした。その上で極力死なない為に策は練り、地形などにも気を配っている。

 十中八九勝てるだろうし、現状なら被害もかなり抑えられるだろう。


 だが、戦いに絶対は存在しない。

 勝負は始まる前から終わっている、というのも確かに間違いではないが、それを覆す事を可能にする存在は確かに居る。

 【英勇】とか【帝王】、そして【救世主】などはその筆頭だ。

 僅かな可能性から勝機を掴む事は十分有り得るだろう。


 だからこそ、こういう一時が必要だ。

 あの時ああしていれば、という思い残しは少なく、あああんな事をしてて良かったと思いながら逝けるように。

 あるいはまた同じか、より一層楽しい一時を堪能したいなどの思いから生き足掻けるようになるために。


 他の団員達も、思い思いに時間を過ごしている事だろう。


Day 326[]

 “三百二十六日目”

 朝の訓練中、鍛冶師さんに呼び出される。

 どうやらハルバードが完成したらしい。


 おお、と喜び勇んで行ってみると、≪工房≫は変わらず騒がしかった。

 しかしここ数日で作業も少しは落ち着いたからか、切羽詰った感じは薄れていた。出立日は明後日なので、今もゴタゴタしているよりかは余裕がある方が良い。


 よしよし、と思いながら鍛冶師さんの作業場に到着すると、ドヤ顔の鍛冶師さんがそこにいた。

 すぐ隣には同じくドヤ顔の鍛冶長ドワーフが腕を組んだ状態で仁王立ちしている。

 ガッチリとした体格の鍛冶長ドワーフが仁王立ちした姿は貫禄があるものの、爛々と輝く双眸はまるで子供のように純真無垢である。

 ヒゲ面の親父がそんな目をしても可愛くないが、それはともかく。


 『これが私達の最高傑作です!』と言いながら鍛冶師さん達が取り出したハルバードは、以前とは格が違うと一目で分かった。


 銀腕から抽出した魔法金属や例の新しい魔法合金などで構成された長柄、凍土の氷を圧縮したような色合いの巨大な斧頭、天空を迸る雷を形にしたような鋭利で長い穂先、超高熱を宿したかのような色合いの太いピック、大地を凝縮したような黒い石突き。

 以前よりもそれぞれの部分に持たせた能力を大幅に向上させただけでなく、長柄の丁度中央部に【四翼大鷲の主の御霊石】を埋め込んでいる。

 それによって新たな能力を発現できるようになっているらしいが、それはまた後で確認するとして。


 以前と変わらず、どころか以前よりも手に馴染むハルバードは、全体的に少しばかり大きくなっている。

 重量も相応に上がり、数十キロはありそうだ。普通なら扱いに苦慮する重量だが、現在の俺ならばアビリティ無しでも自在に扱う事が出来る。

 むしろこれくらい重いほうが扱いやすいくらいだった。


 一旦外に出て、一通り型を流してみる。

 使えば使うほど一体化していく感覚に興が乗り、朱槍、呪槍、黒い生体槍をそれぞれの腕で持ち、想像上の敵と相対する。

 想定したのはミノ吉くんだ。


 あくまでもイメージトレーニングだが、ハルバードの性能はかなりいい。

 音速を超える速度で振り回しても歪む事は無く、また握力で変形する事もない。これほどの強度なら、安心して使う事ができそうだし、多少の無茶もできるだろう。


 確認した後は鍛冶師さんを抱きしめて感謝の意を示した。

 確認作業中にやってきた錬金術師さんも抱きしめ、その後は雑務をこなしていく。


 今日は用事を済ませると、さっさと寝た。


Day 327[]

 “三百二十七日目”

 明日は出立する日なので忘れ物が無いか入念に調べ、必要なモノを用意するのに余念がない。

 夕暮れには全ての作業が完了したので、明日は予定通りに行動できるだろう。


 もしかしたら最後に飲み交わすかもしれないため、団員達には無礼講として宴会を開催した。

 開始の挨拶を済ませた俺は、カナ美ちゃんやミノ吉くんなど一部の幹部と、赤髪ショートや子供達だけを連れて宴会からちょっと抜け出した。


 というのも、父親エルフに『戦の前に酒でもどうだろうか』と招待されたからだ。


 最初期はエルフの里までは木々が鬱蒼と生い茂る中を進まなければならなかったが、現在はエルフの往来の安全確保や荷物の運搬を楽に行うための直通路が出来上がっている。

 自然を大切にするため石畳などで舗装されているのは一部分だけだが路面状態は悪くなく、徒歩でも来やすくなっている。

 また集客力を上げるため、骸骨百足や骸骨蜘蛛による定期便に乗ればアッという間に里に到着できる環境が整っていた。


 樹木と一体化した住居は以前と変わらないようにも見えたが、家具などは俺達が販売している商品が増えているようだ。

 外から輸入してくるマジックアイテムを簡単に購入できると評判なので、独占販売美味しいですと言っておこう。


 さて、久しぶりにやって来た豪邸に到着すると、父親エルフと使用人エルフ達が出迎えてくれた。

 普段は≪パラベラ温泉郷≫に入り浸っているため、父親エルフの情けないというか、最初のイメージが崩壊するような場面も多々見てきたが、今回は真面目モードであるらしい。

 キリリと引き締まった表情は威厳があり、長としての貫禄がある。


 簡単な世間話をしながら中に案内され、既に用意されていた料理を振舞われる。

 大森林でとれる野菜をメインに造られた品々は、素材の味を最大限活かした調理法によってより美味くなっている。

 もちろん美味いだけでなく身体にいいんだろうなという感じの野菜料理以外にも、トロトロになるまで煮込んだ牛肉のシチュー、岩塩を塗して焼いた川魚、油で揚げた蜂の子などがあり、多彩な料理は十分楽しめるものだった。

 それに俺やミノ吉くんなどの大飯食らいの腹を満たす為、質より量というタイプの料理もあったりと至れり尽せりだったりする。


 準備万端で歓迎してくれた父親エルフとエルフ酒を注いだ杯で乾杯し、大いに飲んで食べて話して笑う事しばし。

 そろそろかな、と父親エルフが呟き、パパパンと軽快に手を叩いた。


 俺達が居る部屋の外には給仕だけでなく、複数のエルフ達が待機していたのだが、父親エルフの合図を切っ掛けに秩序正しく列をなして入ってきた。

 そのエルフ達が手に持つのは弦楽器や吹奏楽器の類だ。つまり入ってきたのはエルフだけで構成されたエルフ楽団だったのである。

 父親エルフが余興として用意してくれたのだろうエルフ楽団の衣装は普段エルフ達が着ているものではなく、統一されたデザインの青と緑を基調とした服だった。

 綺麗に年経た中年エルフの指揮者によって統率されているエルフ楽団達が弦楽器と吹奏楽器で奏でる音楽は独特の魅力があり、まるで大森林の雄大な自然を連想させるものだった。


 澄んだ音は心地よく耳に響き、自然と引き込まれる音楽に耳を傾けていると、まるで舞台の主役のような演出と共に娘エルフが入室してきた。

 エルフ楽団と同様に、娘エルフも普段通りの格好ではない。


 半透明の素材を使った、背中や腰が露出しながらも全体的に清楚で踊りやすいデザインのモノを着ている。

 あれは初めて娘エルフを見た時に着ていた衣服で間違いない。という事は、娘エルフは娘エルフとしてではなく、【サーラの巫女】としてそこに居るという事になるのだろう。


 どうなるのか注視している先で、【サーラの巫女】がエルフに伝わる伝統舞踊を舞い踊る。

 軽やかなステップは草原を吹き抜ける風のように淀みなく、流麗に動く四肢は偉大なる大樹や湧き出す清水など様々な自然を表現する。

 美形揃いのエルフの中でも特に目を引くその美貌は柔らかな微笑を浮かべ、見る者を魅了する力強い情熱を秘めた双眸も相まって、まるで女神のようにも見えた。


 また【サーラの巫女】の踊りに呼応したのか周辺に居たのだろう無数の精霊達が結集し、周囲には光球や水球などを発生させながら、時に激しく、時に優しく舞い踊るのに合わせて躍動している。

 エルフ楽団も、それに応じて魂を燃やしながら奏でていた。


 なるほど、これならば【神】も楽しめるだろう。

 そう思いながら、ただ魅入っていた。

 普段でも綺麗な娘エルフが二倍も三倍も、いやそれ以上に魅力的だったからだ。


 あまりに見とれていたからか、カナ美ちゃんに脇腹を抓られてしまった。だが見とれたのは仕方ない事だし、抓られたのもご愛嬌だろう。

 やがて踊りが終われば、自然と拍手が起こる。【サーラの巫女】は激しい舞踏で乱れた呼吸を整え、火照る身体のまま一礼して一度退場した。

 それから簡単に衣装を着替えて【サーラの巫女】から娘エルフに戻って再び入室すると、今回の主旨を教えてくれた。


 どうやら聖戦に行く前に、必勝祈願の舞踏を行ってくれたらしい。

 それなら他の団員の前でも、とは思うのだが、これは特別な儀式でもある為、俺達だけに特別に行ったという話だった。


 まあ、それならば仕方ないと思う。

 むしろわざわざやってくれた事に、感謝しなければならないだろう。


 いい頃合になったので帰る際、気持ちだけのお礼を渡し、拠点に戻って温泉に浸かって寝た。


Day 328[]

 “三百二十八日目”

 出立の日がやって来た。

 鍛冶師さんや姉妹さん、錬金術師さんやドリアーヌさん達残留組と別れの挨拶を済ませ、一旦≪外部訓練場≫に結集し、人数確認や予定の確認などを手短に済ませる。


 それが終われば既に準備は出来ているので、順次数台の骸骨大百足に分乗していった。


 さて、今回は竜達による空路ではなく、骸骨大百足による陸路を選んだ事は少し不思議に思うかもしれない。

 だが、これには理由がある。


 当然ながら竜達による空路の方が速い。アッという間に移動できる。少人数なら俺も迷わず空路にしただろう。

 だがしかし、流石に約三千名を一度に移動させるとなると竜達が数十から数百頭は必要になってしまう。

 流石にそんな数の竜が一度に同方向に移動すれば、周辺の気配を察知したモンスター達が狂乱しかねない。というか、ほぼ確実にする。

 数頭程度なら大丈夫だが、しかし数頭で運ぶ場合はかなり巨大な竜が必要だ。そして巨大な竜は極僅かな例外を除いて上位種の高レベルな存在であり、それは天災に等しい脅威である。

 近くで大型台風が通過したり大地震が発生すれば分かるように、例え視認できない高高度を飛行しても翼より魔力を主に使って飛行する関係上、高レベルの竜種が飛行時に撒き散らす膨大な魔力を全て隠蔽する事は非常に難しく、高確率で察知されてしまう。

 そもそも高レベルの上位竜種は下位竜種の群れよりも強く存在感があるので、それでは数が少なくても意味は薄い。 


 という事で、陸路で移動する訳だ。

 これなら無造作に魔力を撒き散らさないので隠蔽もしやすいし、影響も比較すれば少ない。


 ただ聖戦の主戦場は【迷宮略奪(ダンジョン・プランダー)・鬼哭異界】によって最初に得た【鬼哭神火山】を予定しているため、陸路で普通に向かえば時間がかかりすぎる。

 よって今回目指すのは地理的に近く使い勝手がいい、【鬼哭水の滝壺】が存在する迷宮都市≪アクリアム≫である。


 一応、迷宮都市≪アクリアム≫の近くまでは誰かに発見される可能性を極力減らすため、森の中など人目のつかない場所を【隠れ身(ハイディング)】などを発動させた状態の骸骨大百足達に乗って駆け抜ける。


 やや遠回りのルートではあるが、そこは骸骨大百足の踏破力。

 森林だろうが渓谷だろうが、モンスターの巣窟だろうが関係ないとばかりに走り抜け、迷宮都市≪アクリアム≫には夜中に到着する事が出来た。


 ちょっとした自然観光を終えて、入口を固めている兵達にお転婆姫から貰った【王認手形】を見せてササッと入る。


 流石に時間も遅い為、周囲に人通りは少ない。

 しかし酒場などからは陽気な笑い声も聞こえているので、目撃者が増えないうちに【鬼哭水の滝壺】の入口に横付けし、乗っていた団員達をサッサと【鬼哭水の滝壺】に突入させた。

 その後周囲に人気がない場所まで移動させ、一旦ワープゲートを展開して最下層一歩手前の四十九階に造っている隔離空間まで一瞬で転移していく。


 こんな事もあろうかと、あらかじめ用意していた空間は広く快適で、コチラの数が多くても若干の余裕があった。

 今日はここで休む予定なので、各自自分の寝所を整えたり、料理を造ったりと行動している。

 行軍訓練をしてきただけに、指示する手間がなくて非常に楽だ。


Day 329[]

 “三百二十九日目”

 早朝の訓練は普段通りのメニューに加え、希望者だけだが小ボスラッシュも追加してみた。

 階層ボスよりもやや劣った性能のダンジョンモンスター達を連続討伐するというシンプルな内容だが、団員達がこれまで戦った事がない初見の種族だった事もあってか、少々手古摺っているようだ。

 俺がここを支配した事で以前よりも強化されているので、それも仕方ないのだろうか。


 まあ、それも慣れれば簡単に倒してしまうに違いないが、それまでは攻略法を四苦八苦しながら見出している。


 などはさて置き、俺は数名の団員を連れ、鬼哭門を使って【鬼哭神火山】まで移動した。


 飛んだ区画は【鬼哭神火山】の中でも涼しい場所になるが、それでも十分過ぎるほどに暑かった。

 水が豊富で冷ややかな【鬼哭水の滝壺】からの移動という事も相まって、気温の落差が大き過ぎたかもしれない。事前に対策を行っていたので被害は最小限しかなかったが、連れてきた団員の中には個人的な体質か、あるいは種族的にすぐへばってしまう者が出た。

 傾向的には全身が毛で覆われた獣人系と、暗く冷たい場所を好むアンデッド系などが多い。

 今回連れてきた団員達は種族それぞれの環境適応能力を見るために全てバラバラなのだが、ある程度予想通りの結果となった。


 やはり事前の計画通り、戦場を分けるべきだろう。


 という事で、【鬼哭神火山】から再び鬼哭門を通り、略奪し支配下にある迷宮群――【鬼哭水の滝壺】、【石像の鬼哭回廊】、【黒薔薇の鬼哭園】、【鬼哭の賭場】、【アンブラッセム・パラべラム号】、【鬼神の尊き海鮮食洞】――を回っていく。

 ここでも種族的に戦いやすいかどうかを見極め、概ね計画が決まった。


 やはり【鬼哭神火山】で俺を筆頭とした八鬼が【救世主】や【聖人】、それから上位の【英勇】や【帝王】達と戦い、他の団員は分断した【英勇】達を各個撃破するのが良さそうだ。


 ちなみに、何故固まって戦わないか、という点だが、理由は幾つかある。


 まず、俺達と一緒に戦えば巻き添えを喰らい、俺達も気になって全力で戦えないから。

 次に、軍隊に対して強い影響力がある【魔帝】と【英雄】が固まっていると、兵隊達が重複強化されかねないから。

 そして、真正面からぶつかったら数で大きく劣るコチラが不利だから、といったところだろうか。


 まあ、戦力不足は生成体で補えるものの、殺しすぎても団員達が得られる経験値が減少するのでさじ加減が難しいのだが。 

 ともあれ、戦場を整えるべく、色々と雑務をこなした。


Day 330[]

 “三百三十日目”

 今日も戦場を整えるのに奔走する。

 【鬼哭の賭場】と【鬼神の尊き海鮮食洞】は戦場に向かないと判断したので、それ以外の迷宮での作業である。


 一応、各国に宣戦した日時までにはまだ猶予がある。

 だが、はいそうですか、と必ず来る保証はない。

 現に今も斥候が何十名と【鬼哭神火山】に派遣され、少しでも情報を集めているし、各国では準備が整い次第、即座に挑むべきなどと声が出ている。

 今のところはその声は小さく、また意思決定権を持つトップ達が頭を縦に振っていないので予定日前に乗り込んでくる可能性こそ低いが、それでも油断していいものではない。


 なのでさっさと地形をイジったりしている。

 実際に戦う団員達がやりやすいように陣形や地形に気を配り、保険としてどのくらい生成体を置いておくかを考え、もし成長の余地があり今後が楽しみな者が居た場合も考えて逃げ道くらいは造っておこう、などと色々思いながらなので、若干時間が必要だ。


 ところで、頭を使えば腹が減る。

 脳は働いた分だけ栄養を欲している。


 という事で、金属鍋型の【神器】である【海藻神之調理鍋(タングレア・ポッター)】を使った料理を造る事にした。

 以前は【海藻神之調理鍋】を用い、【海藻料理免許皆伝】や【特級海鮮調理術】を発動させて海鮮料理を作ったが、今回は竜女帝の肉をメインに使った鍋料理だ。

 【海藻神之調理鍋】は海産物を使用した調理の方が旨味補正が高いのだが、それ以外でも使おうと思えば使えるし、美味くなる。


 今回は食べる数が多いので能力の一つである【巨大鍋化】を発動させたのだが、最終的にミノ吉くんすらスッポリと入れるサイズになるとは思わなかった。

 まあ、大人数の料理を造るのにちょうどいいので、深く考えずに大量にある迷宮産野菜や竜女帝の肉をドバドバと大量に投下。

 グツグツ煮込み、出来上がった料理はまた複数の鍋に入れて涎を垂らす団員達に配る。鍋は大きいといっても、流石に全員が囲めるだけの広さはないので、こうして分けるしかなかったのだ。


 百人長以上の幹部級だけで地下を凹ませてはめ込んだ鍋をグルリと囲み、ガツガツと食べていく。


 食べている場所は【鬼哭水の滝壺】で、少し寒かった事もあり、暖かい鍋はやはり美味い。

 軽く温めるだけで竜肉は口の中で凝縮した旨味を解放し、シャキシャキとした“銀角モヤシ”や“蒼天白菜”の食感、“赤命トマト”のちょっとした酸味がより味を深めている。

 色々と具材を投入したゴチャ混ぜ鍋なのだが、不思議と味が喧嘩していないというか、場所によってガラッと味自体が変わっていた。


 団員達に分けた鍋は味が変わらないので、多分【海藻神之調理鍋】が自動的に調整してくれているのだろう。

 色んな料理を一度に味わえるとは、なんて便利な【神器】だろうか。


 なんて感心しているものの、【賭博神之賽子(ギャンブル・ダイス)】を振ってもラーニングは出来なかった。

 まあ、今回もいい目が出なかったのだから仕方ないのだろうが。


 腹ごしらえを済ませた後は、早速作業に取り掛かる。

 分体を使った並行処理も可能なので、手間も普通よりかは少ないものの、面倒な事には変わりない。

 各国が予定通りにやって来てくれる事を祈っておこう。

Advertisement