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WN Raws/Days 311-320

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Day 311Edit

“三百十一日目”

今日の天気は快晴で、なんという祭り日和だろうか。


そう思いながら、俺は大地を隆起させて造った即席の壇に登り、以前よりも拡張・整備された≪外部訓練場≫を見回した。

そこには聖戦にて戦う事になる、今回の祭りの主役である彼・彼女達が、全体が見やすいように小鬼(ゴブリン)やコボルドといった小さな体躯の種族は前に、牛頭鬼(ミノタウロス)巨鬼(トロル)といった巨体を誇る種族は後ろに、と整然と並んでいた。


今回生成体は一部例外を除いて裏方に回っているのでここには不在だが、整列している団員だけでも三千名を超えている。


整列している団員を分類すれば――


小鬼(ゴブリン)”種が八百。

中鬼(ホブゴブリン)”種が七百。

大鬼(オーガ)”種が百。

巨鬼(トロル)”種が四十。

豚鬼(オーク)”種が五十。

猪鬼(ブルオーク)”種が二十。

猿鬼(ヤフル)”種が三十。

半鬼人(ハーフ・ロード)”種が八十。

鬼人(ロード)”種が三十。

牛頭鬼(ミノタウロス)”種が十五。

半吸血鬼(ダムピール)”種が三十。

吸血鬼(ヴァンパイア)”種が十五。

死食鬼(グール)”種が四十。

“コボルド”種が四百。

“エルフ”種が三十。

甲蟲人(インセクトイド)”種が十。

猿人(オロリン)”種が三十。

“人間”が二百。

蜥蜴人(リザードマン)”種が五十。

半竜人(ハーフ・ドラゴニュート)”種が三十。

竜人(ドラゴニュート)”種が十五。

半魔人(ハーフ・ミディアン)”種が二十。

赤帽子(レッドキャップ)”種が二十。

半竜馬(ドラゴタウロス)”種が十。

半人馬(ケンタウロス)”種が二十。

首無し騎士(デュラハン)”種が十五。

虎人(ワータイガー)”種が五十。

狼人(ワーウルフ)”種が五十。

猫爪兵(キャットネイル)”種が五十。

“≪使い魔≫”が五百。

その他色々。


――といった具合になるだろう。


ただこの分類と数はあくまでも大雑把なモノでしかない。


例えばゴブリン種ならゴブリン・メイジやゴブリン・ライダー、あるいはゴブリン・クレリックなどを含んでいるし、鬼人種なら地雷鬼(アースロード)疾風鬼(ゲイルロード)などが同じ分類として纏められている。

それに上記以外の種族も居るので、分類しようとすればもっと細かく、数も少し変動する事になる。


しかし細かくし過ぎてもただ面倒なだけなので、今回は省略している。

今は大雑把にこれくらい居るんだ、程度に思っておけば問題はないだろう。


それから以前と比べれば桁違いに増えた団員数だが、これは構成メンバーからしてある意味当然の帰結と言える。

そもそもゴブリンやホブゴブリン、コボルドなど弱小種とも言うべき種族には妊娠から出産までの期間が極端に短いという、厳しい自然界で生き残るために獲得した種族的能力がある。

それに加えて【鬼子の聖母】を持つ女性団員の増加、食料問題の改善、幼少期の死亡率低下などの要因によってこれほどの数にまで至ったのである。

それから【存在進化】して上位種になったとしても以前の種族的能力は高確率で受け継がれる為、本来ならもう少し成長が遅いオーガなどの数も大きく増えた。

それ以外にも功績を上げた団員が故郷から家族を呼んだり、一族総出で入団したり、あるいは各地で見所がある者をスカウトしたりしているので、団員数が増えるのは当然だ。


ただ目の前の約三千名だけでなく、祭りの裏方として参加する非戦闘員、現在も各地の店舗で働いている者、まだ幼く身体が出来ていないので参加できない者も多数居るので、総団員数はもっと多くなるのだが、それはさて置き。


そんな種々様々な大勢の団員達は、≪使い魔≫に至るまで完全武装の状態だった。

装備品は個々で異なるが、装備品の質はそれを身に纏う団員達の実力を表してもいる。


例えば最も数が多く、新しく産まれたまだ低レベルの底辺かそれに近いゴブリンやホブゴブリン、あるいはコボルド達の場合は、その殆どが支給されている制式装備一式のみの状態だ。

パワーアシスト機能を備え所属する部隊で微妙に形状が異なる黒骨の外装鎧、パラべラムの紋章(エンブレム入)りのコート、そして骨杭を撃ち出す【骨杭射小銃(ボーンネイルガン)】や魔鋼線で繋げられた【蛇腹骨剣(ボーンスネークソード)】といった黒骨などを使用した武器を装備している。

これだけでも一応、王国や帝国の軍隊と比べても、一番下っ端である一般兵の装備としてはかなり質が高いモノに仕上がっている。


十分といえば十分ではあるが、【存在進化】こそ出来なかったものの俺達と同年代のゴブリンエリートとでも言うべき団員達の場合は、制式装備の他に、自身で迷宮に潜り揃えた武具、あるいは鍛冶師さんやドワーフ、レプラコーン達が魔法金属や特殊繊維を使って丹精込めて造った品々を装備している。


装備の良し悪しはそれに見合うだけの実力者という事であり、場合によってはゴブリンがオーガよりも強く、地位が高い事は多々あったりする訳だ。


ともあれ、身体の大きさは種族によって大きく異なるためややバランスが悪いものの、それでも完全武装した団員達が並ぶ様は中々見応えがあった。

ただでさえ凶悪な面が多い事もあり、少々装備が未来的過ぎる気がしないでもないが、まるで物語に出てくる魔王の軍勢のようだ。


色々思いながら壇上から広範囲まで見渡すと、やる気に漲ったような顔つきの者も居れば、まるで恐怖に怯えるように青ざめた者、あるいは何処か壊れたような笑みを浮かべている者まで様々だ。

それに応えるようにニコリと笑ってみると、ザッ、と何だか引かれた気がしたが、多分気のせいだろう。


最前列に近いゴブリンやホブゴブリン達は顔面蒼白になりながら武者震いし、興奮し過ぎたのか失神して外装鎧によって支えられているような状態の者も居るが、ともかくだ。


俺は祭りの開催を宣言し、歓声とも悲鳴ともとれる雄叫びが大森林に轟いた。


開始してまず最初に行ったのは、奮い立つ団員達を実力別に第一から第十までグループに振り分ける事だった。

流石にこのままだと多すぎるので、一グループ約三百名で纏め、それぞれ日替わりで異なる祭りの催しモノに参加する事にした訳だ。


祭りを円満に運営する為、一つの催しモノにはそれぞれ監督官が付く事になっている。

監督官は俺とカナ美ちゃん、朝日が昇る前に帰ってきたミノ吉くんとアス江ちゃん、蒐集した魔剣や魔術書(グリモワール)を持って既に帰還していたブラ里さんとスペ星さん、ちょっと観光して戻ってきたクギ芽ちゃんとアイ腐ちゃん、俺達と共に帰ってきた復讐者、そして前々から拠点で団員達を鍛えていた鈍鉄騎士、といった構成だ。


ちなみに【八陣ノ鬼将】で唯一監督官ではないセイ治くんは、裏方として医療部隊≪プリエール≫を率い、いざという時の為に待機している。


準備万端な今回の祭りの主な目的だが、団員の平均的な戦力強化である。

聖戦で生存確率を少しでも上げ、次に繋げる為に、ある程度以上に達している幹部や一部はサポートに回り、短期集中的に鍛え上げる訳である。


予定では十日程度で以前よりも鍛えられ死に難くなる筈だが、さて、最終日まで何人残れるのだろうか。

俺は半分以上が残ってくれる事を祈りながら、祭りは粛々と進行していく。


ちなみに初日に俺が担当する、最も水準が高い第一グループが受ける催しモノは、大森林での“長距離障害物競争”となっている。


距離は鬼らしく五十二キロ。

フルマラソンよりも十キロほど長い距離なのだが、場所が大森林という自然豊かで、起伏が多い場所である。

消耗する体力は舗装された道路などとは桁違いであり、また重量のある武具を装備した状態だ。

しかも“障害物”というだけあって、設定したコース上には俺が用意した妨害者達が多数潜んでいる。

それを抜きにしても温泉から漏れ出る精霊などの力によって現在進行形で拡大している大森林には、以前はいなかった強力なモンスターが多数住みついているし、地形も局地的に鳴動するかのように変動する魔境と化している。


完走するだけでも困難を極めるだろう。


それなのに競争というだけあって、順位別に罰ゲームもある。

実力に隔絶した差があれば始まる前から決まってしまうが、そこまで差が出ないように振り分けている。ちょっとした運や作戦で覆る程度なので、皆必死になってやる事になった。

俺は最後尾で、遅れそうになっている奴らを叩き上げるだけの簡単なお仕事です。



■――△――■


【とある虎人(ジャグ・バオ)さん視点】



ふと、過去の出来事が脳裏を過ぎった。


数年前の事になるが、俺は氏族の集落から外貨獲得と武者修行の為、四人の仲間達と共に外に出向いた。

獣人としての苦労などもあったが、しばらくの間はそれなりに楽しくやれていたと思う。冒険者となって様々な依頼をこなし、様々な出会いがあった。


だが色々あって罠に嵌められ、その結果として奴隷に落とされた俺達は巡り巡って帝国軍で働かされる事になった。


あそこでは俺達の命など、クズ鉄にも劣る価値しかなかっただろう。

劣悪な住居、少ない食料、厳しい戦場を巡る日々。

俺達の命を犠牲にする事など毛ほども気にしない帝国軍の酷使に耐えかね、共に外に出てきた仲間が一人倒れ、二人倒れ、俺もいつ死ぬか分からない状態だった。


だが何の因果かこうして生きている。


本来ならば戦場で散らしていたはずの命を、助けてくれた恩鬼が居る。

その恩に報いるため、助けられてから尽力し続けてきたつもりだ。


その結果、働きが認められて氏族の家族達をここに呼ぶ事も出来たのは良かったと思っている。


だからより一層、これからも恩義に報いようと決意していた。


しかしその決意も、今はちょっとだけ揺らいでいる。


「右から来るぞッ!前衛は盾に、後衛は応戦しつつデカイので一掃しろッ」


樹木が鬱蒼と生い茂る大森林。

普段なら故郷の集落を思い出すそこで、俺と仲間達は泥に塗れ、必死に前に進んでいた。


『カタカタカタカタ』


縦列で進んでいた俺達の右側からやって来るのは、武装したブラックスケルトン達の軍勢だ。

その数約百。少しの乱れもなく樹木の間を縫うように整然と隊列を組む黒骨の軍勢は、丸太を積み上げただけの簡易バリケードを盾にして、骨杭を射出する【骨杭射小銃(ボーンネイルガン)】を一糸乱れぬ動きで構え、一斉に引き金を絞った。


途端銃口から飛び出てくる骨杭が、俺達を撃ち抜こうと高速で迫る。

最低限の安全の為に急所は狙わない、何て事もなく、そのどれもが俺達にとって看過できない致命的な軌道を描いていた。


「ガアアアアアアアアアアッ」


咆哮と共に俺達前衛は仲間の盾となるべく前に出て、ドワーフ鍛冶長達が研究の末開発した魔法合金で鍛造してくれた三本の鈎爪付き手甲【アムラブフの虎爪】に魔力を込める。

マジックアイテムでもある【アムラブフの虎爪】は魔力を込めた事によって効果を発揮し、鈎爪はまるで大剣のように巨大な魔力刃を纏った。

そして身体能力だけに頼った無駄の多い動作ではなく、俺の氏族の男児にのみ継承される“獣術・バガルドラ”柔の型第三番“爪の舞(ジャガ・ムル)”を駆使して流れるように両腕を動かし、最小の力で骨杭を正確に叩き落としていく。

腕のひと振りで十近い骨杭が弾かれ、あるいは切断されて足元に残骸が蓄積されていった。


一本も後方に通す事は無いが、攻撃から数秒が経過しても骨杭の猛攻は一向に衰える気配がなかった。


「――ッ!数が、多いッ」


ボーンネイルガンの射撃が止む事は無かった。

しかしそれは当然でもあった。


一秒間に最低二発は撃てるボーンネイルガンがこれだけのブラックスケルトン達によって運用されれば、単純計算で一秒間に二百発撃ち込まれている事になる。

それに数こそ少ないが軍勢に混ざっているブラックスケルトン・コマンダーなどの上位種達は、【骨杭射小銃】よりもほぼ全ての性能が向上されている【骨杭射突撃銃(ボーンネイルアサルトライフル)】を装備している為、実質的な数はもっと多い。


「混じっている高威力の骨杭が厄介な――ッ、しまッ!」


ボーンネイルガンの骨杭は問題なく対処できていたのだが、ボーンネイルアサルトライフルによって放たれた骨杭が五発纏めて撃ち込まれ、普段の数倍以上の威力に防いだ腕が跳ね上げられてしまった。


明らかに連携して狙われた結果、俺は一瞬だけだが動作が停滞する。

濃密な殺意を向けられ、死の危険から感覚が加速。通常時と比べてゆったりと進む周囲の光景、その中で俺は見た。

軍勢の後方に一体だけ居る、黒骨を追加される事で強化されたブラックスケルトン・スナイパーが、遠距離狙撃仕様の【骨杭射狙撃銃(ボーンネイルスナイパーライフル)】の引き金を絞るその瞬間を。


「ガアアアッ!!」


ボーンネイルスナイパーライフルの銃口から射出された他よりも若干長く太い骨杭は、確実に命を奪う為に俺の頭部に高速で迫る。崩れた体勢では左右に回避する事は不可能だ。

ならば、と俺は本能に従って牙を剥いた。

考えて動いていたのでは手遅れだったに違いない一撃は、しかし本能に従った事で間に合い、骨杭に牙が食い込む。

しかし気を抜けばあっさりと口内を撃ち抜かれると感じ、自慢の牙が砕けてしまっても構わないと思いながら、首などの筋肉が膨張するほど力を込めた。

噛み付いた牙には凄まじい圧がかかり、螺旋する骨杭によって牙が削られる熱感と異臭で湧き出る吐き気を堪え、何とか防ぐ事に成功した。


明確な死を回避する事に成功し、ドッと冷や汗が背中から吹き出しながら、ぺっと骨杭を吐き捨てる。

口内に細かい破片が残っているのか、ザラザラと粉っぽい感触がして気持ち悪いが、そんな事も言っていられない。

まだまだ続いている暴風雨のような骨杭の数々を、一心不乱に叩き落とした。


こちらも後衛がボーンネイルガンなどで応戦しているので敵の数は最初よりかは減っているものの、乱立する樹木や簡易バリケードが邪魔をして思ったよりも減ってはおらず、それに何より敵の手数が違いすぎる。

叩き落とした足元の骨杭でそろそろ動きにくくなってきたので、このままではジリ貧だと思っていると――


「「「“大地の餓孔(アスープ・メギラ)”ッ!!」」」


――仲間の半鬼人達が協力して岩土系統第四階梯魔術“大地の餓孔”を発動させ、ブラックスケルトン達の足元に巨大な孔を出現させた。

数鬼の力を合わせて発生された“大地の孔”は単鬼で発動させた時よりも効果範囲が広く、また展開速度も逃げる間を与えないほど速かった。

そして為す術無く簡易バリケードや樹木と共に落ちていくブラックスケルトン達が這い上がる間もなく、まるで肉食獣が草食獣を喰らうように大地が閉じる。


ズゴゴゴゴという地響きに混ざる何かが折れ砕ける音が聞こえたので、落ちたブラックスケルトン達は地中で樹木ともども圧壊されたのだろう。


それを確認する間もなく大地を蹴り、俺はまだ残っているブラックスケルトン・スナイパーを狩るために走った。

周囲の景色が高速で後ろに流れていく視界の中で、ブラックスケルトン・スナイパーが俺の胴体を狙って銃撃してくるのが見えた。

手にしているのは近接戦での扱いやすさと連射性を優先したのか、ボーンネイルガンに換装されている。


「カタカタカタ」


高速で迫る骨杭は俺の急所を狙っているが、正確であるが故に読みやすく、その軌道上に鈎爪の魔力刃を置く事で容易に防ぐ事が出来た。

そして間合いに入る事はできたのだが、土中から突如として設置型防壁“黒骨の城壁(ブラックボーン・ランパート)”がブラックスケルトン・スナイパーを守るように出現し、その姿を覆い隠した。

高さは約八メルトル、横幅は約十メルトルにも及ぶ黒壁は、幾千もの黒骨を幾重にも束ねて制作されたパラべラムオリジナルのマジックアイテムであり、半端な攻撃を受け付けない堅牢な構造をしている。

丸太を積み重ねただけの簡易バリケードなどとは比べ物にならないそれは、まさに城壁というに相応しいだろう。


「フシュルルル……ガウッ!」


だがそれに構わず、俺は“獣術・バガルドラ”剛の型第十三番“猛虎の穿掌(ガラム・ドラ)”を放った。

“猛虎の穿掌”は独特の呼吸法によって全身から掻き集めた魔力を収束し、圧縮して掌打と共に撃ち出すという、敵が堅牢であればあるほど効果を発揮する一点突破系の獣術である。

その破壊力と貫通性は体得している獣術の中でも抜きん出ているものがあり、眼前のブラックボーン・ランパートに対して、手札の中で唯一通用する獣術でもあった。


真正面から直撃したブラックボーン・ランパートは全体からすれば僅かな孔である掌状に貫通し、その背後に隠れていたブラックスケルトン・スナイパーを仕留めた手応えと音が響く。


「フシュルルルルル……」


息を吐き出しながら周囲に残存兵が居ないか神経を研ぎ澄ますが、どうやら居ないらしい。

それでも最低限の警戒は解かず、俺はブラックボーン・ランパートの横から回って本当に仕留めたかどうかを確認した。

ブラックスケルトン・スナイパーは胴体部、つまり肋骨や胸椎が粉砕された状態で、細かい破片を地面に散らばらせながら動く気配な全く無い。


確実に仕留めたのを確認して、俺は足元に転がっているボーンネイルガンとボーンネイルスナイパーライフルを回収した。


倒した妨害者(ブラックスケルトン)達の武具は、討伐した者の所持品になると事前に言われている。


なのでこの二丁は俺の物であり、ボーンネイルガンはともかく、まだ製造数が少なく貴重品であるボーンネイルスナイパーライフルを獲得した事は後々何かしらの役に立つだろう。

一点に威力が集中する“猛虎の穿掌(ガラム・ドラ)”を使った事も幸し、破壊を免れた戦利品の動作に問題は無さそうだった。使おうと思えばすぐに使えるだろう。


それからブラックボーン・ランパートの制御盤を操作し、広がった状態から長方形の箱のように見える収納形態にして、戦利品の三つを収納系マジックアイテムの中に入れる。

これ等を得られただけでも苦労した甲斐があったと思いながら、俺は足早に仲間達の元に戻った。

もたもたとすればするほど、完走する事すら困難になってしまう。時間は有限で、貴重だ。


「負傷者の確認はどうだ」


「怪我人は十二名ですが、既に治療済みです。動きに問題はありません」


「そうか……しかし進めたのがまだ四分の一にも満たないとは、な。この先、どれほどの苦難があるのだろうか。考えるだけで、嫌になる」


戻ってみれば、既に状況の確認は済んでいた。

今回はまだ怪我人が少なく、行動不能に陥っている者はいない。


それは喜ばしい事ながら、しかしまだ十キロメルトルも進んでいない現状で、約三百名中、既に八十名近くが大小の怪我を負い、脱落者は三十名ほど出ていた。


脱落した三十名のうち二十名は開始と同時に先行し、他を出し抜こうとした集団だ。

それは別に咎める事ではない。下位の者には何かしらの罰ゲームがあると言われているのだから。

だがしかし、先行した彼・彼女等は今回のような妨害者達に襲撃され、呆気なく脱落する事になったのである。


妨害者達は単体としてでなく、一個の群れとなって襲ってくる。


例え一対一ならば軽く凌駕していても、一糸乱れぬ動きで襲ってくる妨害者達に対して、少数で抵抗する事が出来るのは限られた者だけだ。


ともかく、先行組の脱落があってからは出し抜くよりも、まずは協力して進もうという事になった訳だが、やはり進行速度はどうしても低下してしまう。


先行しようにも危険度が非常に高く、しかしこのままでは時間が足りるか分からない。


進むも地獄、退くも地獄とはこの事か。


俺達はまた前進しながら、ふと後方から密かに付いてくる恩鬼に思いを馳せた。

俺達を鍛えてくれるのはありがたいが、もう少しくらい、優しくならないものだろうか。


恩を返す前に、俺が死んでしまいそうである。



■――▽――■



夜に入ってようやく終わったが、予想よりも完走した者が多かった。

最初に犠牲となった仲間の結末を教訓に、残りが自然に協力した結果だ。

残念ながら脱落者も出たが、それは織り込み済みなので問題はない。

ほぼ満足いく結果だったと言えるだろう。

今後もこんな感じで行ければ良いな、と思いながら、明日の活力を得るため、大量に確保している迷宮食材を使った豪華な料理を振舞った。


やっぱり姉妹さん達の料理は、ウマー。


Day 312Edit

 “三百十二日目”

 祭り二日目。

 俺は変わらず“長距離障害物競争”を監督しなければいけないので、今日はカナ美ちゃんのところに注目してみようと思う。



 カナ美ちゃんが担当している催しモノは“お化け屋敷”だ。



 アス江ちゃんと、アス江ちゃんが率いる後方支援部隊≪プレジャー≫の工作兵達がせっせと造ってくれた【地下大空洞】内にて、カナ美ちゃんの【上位アンデッド生成】で用意された生成体達が襲いかかってくる、という内容である。



 アンデッド達の腐臭が充満し、半実体のゴースト達が空中を漂い、悲痛な叫び声が岩肌に反響する通路と部屋で構成されたまるで迷宮のような空間は、精神が弱い者ならショック死してしまいそうになるほど怖い場所だ。



 その中で参加者達は【地下大空洞】の何処かに配置されている五つの“死者の鍵”を集めなければ、地上に繋がる扉が開く事はない。

 逃げ場無い閉塞空間で、約三百名が協力して脱出するサバイバル。

 それは参加者達の悲鳴と鮮血と共に、粛々と進行した。




 ■ ◇ ■

【とある蟷螂型甲蟲人(イス・ハー)さん視点】




 眼前で群れを成し、一向に減る気配のない敵に対し、そろそろ嫌気がさしてきました。

 その鬱憤をぶつける様に、鋭利さが自慢の鎌手でその頸部を切り裂きます。



「――斬ッ」



 ひと振りで三体の首を刎ねた敵の種族は、生者である私達を求めるかのように両腕を突き出しながら迫る、腐乱臭を漂わせる爛れた肉体なので触れるのすら憚るほど不潔な“ゾンビ”です。



 アンデッドの中で最も有名で、最も弱く、生者を殺すとその死体を同族にするという面倒な能力を持つ“ゾンビ”達は、私達からすれば鎌手のひと振りで容易に切り刻む事が出来る存在です。



 それが十や二十居たところで、どうという事も無いのですが。



「流石に、多すぎますね」



 眼前を埋め尽くす、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビの群れ。

 狭い岩肌が剥き出しの通路を埋め尽くす、終わりの見えないゾンビの大集団が一斉に、私達に向かって襲いかかってきています。

 物量で攻められるなど悪夢ですが、ただ幸運にも狭い通路なので全周囲を包囲されてはいません。

 それでも気を抜けば組み付かれ、数で抑えられ、全身の肉という肉を齧られ、そして死んだら私達もゾンビとなってしまうでしょう。



 一切気を抜けませんね、これでは。

 それに本気で殺しに来てますね、間違いありません。



「ああ、もう。グル(でん)ちゃん、同じアンデッドなんですから、どうにかなりませんか!? 支配とか出来ると言ってましたよね!?」



 またひと振りで迫る三体のゾンビの首を跳ね飛ばしながら、横で戦っている短槍使いのグル澱ちゃんに聞いてみます。

 グル澱ちゃんは少し前までは中鬼(ホブゴブリン)だったのですが、今は【存在進化】して“死食鬼グール”になった事もあり、その槍捌きは以前よりも力強いです。



 一瞬で繰り出した三連の突きがゾンビ達の頭部を穿ち、確実に仕留めていきます。



 少し前にお姉様と慕っているアイ腐様に影響されてちょっと特殊な性癖に目覚め、私までその道に引きずり込もうとするのだけはちょっと勘弁してほしい欠点ですが、こうした場面では頼りになる親しい友人であり同僚と言えますね。



「無茶言わないでよ。普通のゾンビ程度ならできるでしょうけど、流石にカナ美お姉様が生成したゾンビを支配とか、出来る筈ないじゃないッ」



 そう言っている間に、グル澱ちゃんは手にする【腐死者の手槍】を振るい、迫るゾンビ達を切り刻み、短槍の能力【爛れる腐肉】を行使して元々腐っている肉体を更にドロドロに腐食させていきました。

 グールという種族は、元々屍の腐った肉や体液を好みます。

 だからグル澱ちゃんは液状にまで腐った肉を合間合間で啜っていますが、見ていて気持ちがいいものではないですね。



 まあ、種族的本能ですから仕方ありません。

 私達蟷螂族だって、愛した雄を交尾中に食い殺しちゃう事が多々ありますからね。

 こればっかりはどうしようもないので、耐え難い現実から目を逸らし、一心不乱に眼前の敵を駆逐します。



「あー、ウマー。カナ美お姉様が生成すると、ただのゾンビでも超ウマイわ」



 見るも悍ましい腐液をジュルジュルジュルと美味しそうに啜っていても、ええ、気にしませんとも。



「まだ見つかりませんかッ! 流石に精神的に限界なんですけどッ!!」



 ですが、気にしない、というのにもやはり限界というモノがありますよね。

 おえっぷ。リバースしかけるのをギリギリのところで我慢します。ヤバイです。ここ精神的にガリガリ削られる、魔境ですよ。

 敵だけでもいっぱいいっぱいなのに、味方から精神攻撃されるとは思いませんでした。



「うううう、早く出たいですよぉ」



 何十何百とゾンビを切断した鎌手に腐肉がどんどん付着していく寒気のする感触から目を逸らし、ゾンビを破壊した余波で飛び散る残骸が全身を汚染する事からも目を逸らし、稼いだ短くも長い濃密極まる時間が過ぎていきます。

 そしてそんな時にやっと聞こえてきた仲間の声は、まさに状況を打開してくれる祝福の声でした。



「三つ目の鍵を見つけましたッ。脱出しましょう!」



「了解です。ではサッサと逃げますよッ!」



 地下空間から出るために必要な鍵の一つがあるとされる区画で、やっと目当ての鍵を見つけたという報告を聞くやいなや、私達は即座に確保していた退避経路から脱出すべく、逃走を開始しました。

 その時、目を逸らしていた鎌手の汚れをつい見てしまいました。

 よく分からない肉の残骸がこびり付き、ネチョッとしています。うええ。

 隣でグル澱ちゃんが確保したゾンビの手を美味しそうに食べています。うええ。

 うええ、うええ、うえええええええ。



「早く外に出て、温泉に浸かりたいよう……」



「その前に、全身水洗いされるけどね~」



 グル澱ちゃんに言われ、何の事を言っているのか一瞬だけ思案し、理解しました。



「あ、ああ。なるほど。昨日高圧水で丸洗いされていた班は、そういう事だったんですねー。納得ですよ、本当に」



 私達の全身は、度重なる戦闘によってアンデッド達の腐臭漂う残骸が色々と付着しています。

 肉片が武具にこびり付き、腐液がシミになったりしていますね。今は鼻が馬鹿になっているのでよく分かりませんが、きっと凄い臭いが発せられているのでしょう。



 なるほど、これでは昨日見た、ホースから出る大量の水を全身で浴び、それから消毒消臭効果の高い“キルシー草”や“カンブの実”を大量に浮かべた薬湯に武具ごと浸かっていた同僚達が何をしていたのか、よく分かりました。



 皆が利用する温泉に、このまま入る訳にはいきませんよね。

 できるだけ汚れは落とす必要がありますからね。



 とまあ、そうして汚物に塗れながら私達は脱出の為の鍵を探したのでした。



 ところどころに出てくる魔氷で強化されたゾンビやグール達を退け、次から次へと際限無く襲いかかってくる脱出門前での死闘も命辛々何とか生き延び、私達はアンデッド地獄から何とか生還する事ができました。



 そして心身共に尽き果てたような状態になりながら、全身くまなく洗浄され、やっと今回のためだけに造られた簡易温泉に浸かる事ができたのです。

 武具は臭いが残らないようにレプラコーンさん達に更なる洗浄をお願いしているので、明日にはどうにかなっているでしょう。



 温泉に浸かりながら、心底思います。

 明日はもっと、マシだといいですねー、と。

 でも無理なんだろうな、とある種の確信を抱き、思わず遠い目をして夜空を眺めました。

 ああ、複眼が何だか滲みますねぇ。




 ■ ◇ ■




 精神的にガリガリ削られる催しモノなので、その分出てくる妨害者達の数は非常に多いが一体一体はかなり弱くしてある。

 ところどころカナ美ちゃんの魔氷による強化がされたゾンビなども居るが、まあ、所詮強化されていてもゾンビだ。

 これまで厳しい訓練を経た団員達が、倒せない事は無い。



 今回は脱落者もほとんど出なかったので満足しつつ、凄く臭くなった団員達に特別に用意した薬湯に浸けさせる。

 流石に腐臭を漂わせたままでは迷惑だし、何より感染症とか怖すぎる。

 生命力が強いから大丈夫だろうとは思うのだが、やっておいた方が無難だろう。



 ならこんな事するなよと言われるかもしれないが、それはそれ。

 極限状態の時こそ本性というものが露出するのだし、だからこそ意味がある。

 武具などの清浄は責任を持って対処する体制は整っているので、明日には別の催しモノを堪能してくれるに違いない。


Day 313Edit

 “三百十三日目”

 祭り三日目。

 今日はミノ吉くんのところに注目してみようと思う。


 ミノ吉くんが監督する催しモノは“綱引き”である。


 強度と靱性に優れた亜龍の革を材料にして造られた特別な亜龍綱を、ミノ吉くん相手に引っ張り合うのだ。

 全員の息が完璧にあえば、例えミノ吉くんとでも戦う事はできるだろう。


 ただし引っ張り合うだけではつまらないので、負ければ一定時間、ミノ吉くんと一対多の戦闘に移行する。

 ミノ吉くんは雷炎能力を封印し、斧と盾を外した徒手空拳ではあるが、その身体能力はパラベラム随一だ。

 舐めてかかっては、即座に打破されてしまうだろう。



 ■ ― ■

【とある半軍曹鬼(ハーフ・サージェントロード)視点】



 あかーん。もうあかーん。

 フシュルルルルル、と鼻息荒いミノ吉兄と綱を引っ張り合うとか、既に準備の段階で結果が目に見えてんねんけど。

 こっちが幾ら数が多いっつっても、綱握った瞬間に絶望的格差を理解できるとか、ほんまもう無理やて。


「サン凛殿……これ、綱引きする必要があるのでしょうか?」


 冷や汗ダラダラ流してたら、すぐ後ろに居た雷竜人(サンダードラゴニュート)のスプトはんがそう声をかけて来たんやけど、その意見には同意するで。


「意味、無いやろなぁ。だって結局負けて、ガチンコになるやろし」


 約三百名対ミノ吉兄一鬼による、綱引き。


 普通なら圧倒的戦力差で負けるわけない。

 でもな、あかんて。ミノ吉兄、まるで不動の泰山みたいな存在感やもん。


 一応、今までうちが鍛えに鍛えまくったからそれぞれの種族の平均よりもメンバーの性能はええんやけどな、それでもね、あかんて。

 巨鬼(トロル)とか大鬼(オーガ)とか数十鬼居るけど、それでもたった一鬼のミノ吉兄に勝てる光景が想像できへんもんね。

 嫌やわー。めっちゃ嫌やわー。


「まあ、せめて無様な姿を見せないようにしたいですね」


「せなやスプトはん。ほな、始まるで」


 でも始まった綱引きは、思いの外健闘したんよね。


「血反吐吐いても力は緩めるンやないでッ」


「タイミングを合わせろッ。オーエス! オーエス! オーエス!」


『『オーエス! オーエス! オーエス!』』


 そりゃ皆必死よ。地面に倒れそうになるほど後ろに重心を傾けて、足や背中とか全身の力を使って引っ張んたんよ。


「フゥウウウウ……ブゥモオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 でもな、圧倒的力の前には、小細工なんて無意味やったんや。


「うわなんッあああああああ……」


「こんなん、無理やって!」


 まあ、結局負けたんやけど、ミノ吉兄は存在自体が反則やと思うわ。

 なんやねん、三百名で引っ張っても、ほとんど動かんとか。そりゃデカイ身体してるし、めっちゃ重いんやろうけど、それでも限度っちゅうモンがあるやろと。


 まあ、それでもええんよ。

 覚悟してたし、綱引き負けたんはええねんけども。


 その後に待っとった、模擬戦の酷さは何やろな。

 斧と盾や雷炎は使わず、無手の状態で完全武装したうちらとの模擬戦。

 見上げる程の巨躯をしたミノ吉兄やけど、そのくらいの大きさならうちらは訓練で慣れとるんよ。

 フォモールとか、ブラックスケルトン・ジャイアントとか、デッカイしな。そういう種族相手の戦術とかも、既に経験済みよ。


 でも、ミノ吉兄の前ではそんなん無意味やったんや。


「重武装部隊≪アンガー≫の百人長、巨鬼(トロル)のトロ重、行かせてイタだきマス!」


 ミノ吉兄に勝るとも劣らない体躯を誇るトロ重の突貫。


「ブゥモオオオオオオッ!」


「グワアアアアアアアッ」


 分厚いタワーシールドを前面に押し出す事でまるで城壁が高速で迫るような突貫は、前方に居る敵を問答無用で轢殺するだろう破壊力があったやろな。

 速度と重量と硬度の合わせ技や。普通なら回避するしかないやろう。


 やけどそれに対してミノ吉兄は右ストレートで迎え撃った。

 轟、と大気が裂けるような音を発した馬鹿げた威力のある右ストレートは直撃したタワーシールドをへし曲げ、拳程の大きさの凹みを造ったんよ。

 それでも威力はぜんぜん衰えんかったんやろうな、軽やかとすら思える程にトロ重は勢いが反転したみたいに吹き飛んで行ったんや。


「トロ重の犠牲を無駄にするなぁ!」


 それを見て恐怖に震えながら、しかしうちらはブッ飛んだトロ重の後に続くように次々と突貫して行ったんや。


「どうせ死ぬなら一撃でも叩き込めッ」


「ウオオオオオオオッ。畜生畜生畜生、こんなところで死にたくねぇよおおおおおおおおおお!」


 決死の覚悟で突っ込む前衛はまるで餌にたかる蟻のようやった。

 普通なら物量で潰せるやろな。うちらかて普段から過酷な訓練を積んどるんや。そんじょそこらの輩よりも数段強いっちゅう自負がある。


「ブゥモオオオオオオッ!」


 でもな、直撃せずとも腕のひと振りで数名から数十名が木っ端のように吹き飛ばされ、蹄のある脚部は大地を思い切り踏むだけで小規模の地震を引き起こす。

 圧倒的な破壊を振りまくミノ吉兄は、まさにどうしようもない自然現象の権化のようにしか見えへんわ。


 でも、そこでただ呆然と諦める訳にはいかへんのよ。

 バッタバッタと倒れていく仲間達の屍――骨折してたり内臓破裂してるけど、まあ死んどる奴は居らんな――を乗り越えて、うちらはひたすらに突貫を繰り返すんや。


 一応、これも策ではあるんよ。


 いやな、最初は統率した動きで相手しようと思ってたんやけど、うん、無理やわ。


 ミノ吉兄、オバ朗兄から集団戦では敵軍の指揮官を真っ先に潰すように叩き込まれてるから、下手に統率しようとするとそいつが叩き潰されるんよ。

 指揮官ちゅう頭脳から叩き潰されていけば、組織は十全に機能せえへん。どんな精鋭部隊でも弱体化は免れんのよ。


 ならいっそ、て事で捨て駒として身体能力の優れたトロルとかオーガとかが肉壁になる。それでも僅かな時間しか稼げへんけど、その僅かな時間が凄く貴重やった。

 そんで稼いだ時間を使って後方から強力な魔術やら妖術やら、【魔法】系の攻撃をブッパするんがうちらにとっての唯一の攻略法なんよ。


「味方に構うなッ、撃てぇえええええッ」


 狙いは無事に成功し、仲間ごと色とりどりの魔法が炸裂する。

 いっそ美しさすら感じられた破壊の芸術は、しかし仲間達を吹き飛ばすだけで、目的は達成できへんかった。


「ブゥウウウウウウ、ブゥモオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 噴煙が吹き飛ぶほどの咆哮に、身体が竦んだ。

 足はガクガクと震え、湧き出す恐怖心にどうしようも抗えへん。 


 うちらかて、何体かのダンジョンボスと戦ってきたんやで。そんなかには、ごっつ強い奴はわんさかおった。

 それやのに、身内であるミノ吉兄に、うちらは本気で怖がっとる。


「こらあかんわ」


「ははは……知っていたつもりでしたけど、これは酷いですね」


 スプトはんと共に、乾いた笑みをこぼす。

 なんせ、複数の魔法が直撃しているのに、僅かなダメージしか与えられなかったんよ。

 いっそ笑えてくる格差に、うちらはただただ最善を尽くし、そして突っ込んで、愛剣で脇腹に一撃入れた直後にぶん殴られた。


「ごぶばぁっ」


 全身をかき混ぜられるような重撃に、思わず変な声が出てもうた。

 クルクルと回転しながら飛んでいくうちは、めっちゃ痛いけど命あるだけ儲けもんやなぁ、と思いながら意識を失ったんや。


 次目を覚ます時には、医療部隊≪プリエール≫の誰かが治療してくれた後であって欲しいと、切に願っとこう。柔いベッドの上ならなお良しやで。


 なんて甘っちょろい事を思っとると、顔にぬるま湯を浴びせかけられた。


「ブハァッ! な、なんや!」


「意識を失って逃げようなんて甘々ですよ-。ええ、砂糖漬けにした果実よりも甘いのです」


 飛び起きたうちにそう言うのは、≪プリエール≫の百人長を務めるセイ()やった。

 温和で優しげな見た目やけど、他人が苦しむ様を見て喜ぶ、豊満な胸部装甲が憎らしい魔性の女やで。


 そんなセイ保は木の桶を持ってるんやけど、その中身の白く濁った液体から察するに、怪我を癒やし魔力を回復させる湯効のある温泉のぬるま湯を、治療と同時に浴びせられたみたいやな。

 土で汚れ、ぬるま湯に濡れている以外、痛みも不具合もあらへんわ。

 砕けた骨も断裂した筋肉もその他諸々も修復されとるわ。


「全滅したので、また綱引きして下さいなぁー」


「……まだ終わりやないん?」


「終わりじゃないですよー。夜まで綱を引っ張っては戦って下さいねぇ」


 魔性の笑みを浮かべるセイ保は、やる気満々で準備運動を続けてるミノ吉兄を指差した。


「おうふ……。マジかいなぁ。まあ、やらなあかんよな、やらな」


 終わった後はボロボロになってまうやろな、と確信しつつ、うちらはそれでも抗った。

 生き残るために、今まで以上に団結したんや。


 へへ、この世は地獄やでッ!



 ■ ― ■



 団員達は回数をこなす毎に、綱を引くタイミングが揃いだした。

 ミノ吉くんが引っ張られる展開も増えたものの、やはりまだ完璧ではなく、ミノ吉くんが綱引きでは全勝してしまう。


 そして綱引き後に始まる戦いでは、ミノ吉くんが拳一つで団員を纏めて吹き飛ばし、蹴り一発で波状攻撃を弾き飛ばした。


 蹂躙というべき光景ながら、即死する者が出ないのはミノ吉くんが修行を経て自身を完璧に動かす事が可能になった事で、絶妙な手加減が出来るようになったからだろう。


 以前のミノ吉くんなら事故の一つや二つあったに違いない。


 また手ごわくなっているなと感心しつつ、祭り開催日からずっと忙しそうに走り回っているセイ治くんの仕事を少しでも減らそうと思い、分体でフォローする事にした。

 ミノ吉くんのところは怪我人が続出するので大変だ。


Day 314Edit

 “三百十四日目”

 祭り四日目。

 今日はアス江ちゃんのところに注目してみようと思う。


 アス江ちゃんが監督しているのは、アス江ちゃんの能力で造った巨大な縦穴を使った“岩壁登攀(ロッククライミング)”である。


 円柱状に地下へと続く縦穴の深さは約三百メートル。

 ゴツゴツとした岩壁は手懸かり(ホールド)足場(スタンス)として利用できる突起が非常に多いが、場所によっては前傾壁(オーバーハング)になっているので、それなりの技術が必要になる。

 参加する団員達は武装した状態でここを登るのだが、今までにも断崖絶壁を乗り越えて奇襲するなどの場合を考えて訓練しているし、優れた身体能力から考えても、登る事自体はそこまで困難なモノではないだろう。


 しかし時折頭上から落石があったり、≪パラベラ温泉郷≫に来ているエルフ達の協力によって吸盤付きの矢が襲いかかってくるので、油断は出来ない内容になっている。


 ちなみに、落石などに当たれば落下する危険性が高いのは承知の上だ。

 落下した場合でも救出できるように幾つか対策はとってあるので、即死する事が無ければ命は助かるだろう。



 ■ 〒 ■

【とあるボス猿(ガルドラ・エブラ)視点】



 広大な大森林にぽっかりと空いた巨大な黒孔の底から這い上がるべし。

 今日はそう言われて始まった。


 開催初日に潜った団員達によって【奈落(アビス)】と呼ばれるようになった黒孔は、地下約三百メルトルという深さがあった。

 普通に登るのにも困難な高さでありながら、武装した状態でそこから這い上がるのは間違いなく難題である。


 しかし樹上での生活を得意とする猿人(オロリン)という種族からすれば、岩壁にあるちょっとした凹凸や亀裂を手懸かりに登る事は非常に容易い事でもあった。

 グループ内に居た猿人達は、他の団員達よりも先行してスイスイと軽やかに登っていく。


「ウキキ。ここから先はちょっと厄介な場所だウッキー」


 そんな猿人の中でも上位種に分類される灼毛剛殻三尾の“剛殻灼猿(ブライオルリン)”にまで【存在進化】し、オバ朗からボス猿と呼ばれパラベラムでも上位に位置する実力者である、動きやすさを優先した軽装備のガルドラ・エブラは、誰よりも出口に近い場所で、腕組みをしたまま岩壁に対して垂直に立っていた。

 自在に動く屈強な足の指で岩をガッチリと掴み、四肢以上に精密に動かす事が出来る力強い三尾を使って身体を安定させ、これから進む先の様子をつぶさに観察しているのだ。


「ここから先は、アッシ達を叩き落とす気満々のエリアですからねェ。キキキ、ちょいと大変でさァ」


 そんなガルドラの横にまで登ってきた同じような軽装備で二角白毛二尾の“猿鬼(ヤフル)”――ヤフ公は、ガルドラに習うように足の指と二尾を使って岩壁に立つ。

 中鬼(ホブゴブリン)から猿鬼となったヤフ公は、紆余曲折があってガルドラの一の子分、のような関係にある。

 付き従うのは日常で、共に戦場や迷宮を駆けた戦友である。


「ちょいちょいとある崩れやすい地盤が厄介だウッキー。アス江の姐さんが造った“岩窟偽人(ロックガーグ)”達も岩を落とす気満々で厄介だウッキー。でも何より面倒なのは、エキストラのエルフ達だウッキーな」


 ガルドラはヤフ公に対し、自分で見つけた待ち受ける妨害者達の情報を手短に語る。

 それは後続の者達にも伝播して、攻略するための手助けとなっている。


「まぁ、やれる奴だけでも今のうちに排除しとくのが無難だなウッキー」


 そうして岩壁に立ったままガルドラは、小声で詠唱を行った。

 その右手には急速に魔力が収束され、赤緑色の魔力光が周囲に散った。


「串刺しにしてやるぞ、ウッキー! “刺し誇る炎華の根槍(シーフリグ・ベーゼ)”」


 混合系統第三階梯魔術“刺し誇る炎華の根槍(シーフリグ・ベーゼ)


 炎熱系統と樹葉系統の混合によって生み出されたそれは、長さ二メルトル直径五センチメルトルの赤い花の根で造られたような造形の槍だった。

 尖った根の穂先は半端な金属槍よりも余程鋭く、炎のように表面が揺らめいている根槍をガルドラは腕力と腰の捻りだけで天高く投擲した。

 豪腕から繰り出され天高く飛翔する根槍は狙い違わず、岩壁に開けられた横穴に潜んで落石による妨害をする予定だった岩窟偽人(ロックガーグ)の胴体に深々と突き刺さる。

 岩石で構成されたヒト型とでも言うべきロックガーグはそれだけで行動停止するような脆い構造ではなかったが、しかし根槍は内部で急速に成長し、爆発的な勢いで巨大な炎華を開花させた。


「キキキ、汚ねェ花火ですねェ」


 成長した炎華によって内部から爆砕されたに等しいロックガーグの岩石の身は呆気なく砕け散り、砕かれた破片は重力に引かれて落下した。

 その際、登っている最中の団員達の間際を通り過ぎる。

 一番大きい破片は成人男性程度の大きさがあり、それが直撃すればかなりのダメージになった事だろう。耐え切れず、共に落下していた可能性は高い。

 だが幸いな事に当たった者は誰一人居なかった。が、少しでも何かが違っていれば、数名は巻き添えになっていた可能性はあった。


「危ねぇっすよッ!」


「気ーつけて下さいよッ!」


 そのため、流石に文句の一つや二つは出てくるというものだ。


「ウキキ、ちゃんと当たらないように計算してるウッキーよ、心配するなウッキー」


 後々必ず立ちはだかる脅威を事前に排除しているんだから少し我慢してくれ、などと思いつつ、ガルドラは更に第二、第三の根槍を投擲していく。


 根槍はその尽くが命中し、その分だけ炎華が咲いて妨害者達を粉砕した。

 しばらくの間は魔力によって燃え続ける炎華が咲き誇る事で、薄暗い【奈落】はほんの少しだけだが華やかに彩られる。


「ウキキ。まあこんなもんだウッキー。後は登るしかないんだウッキー」


「キキ。キキ。ロックガーグ共をザッと減らしただけでも、かなり楽にはなりやしたねェ」


 しかし残念ながら幾らでも替えの効く生成体を壊す事が出来ても、弓矢を構えて指定された範囲にまで登ってくるガルドラ達を今か今かと待っているエルフ達には手が出せなかった。


 隣人であるエルフ達は、言ってしまえば今回のイベントに娯楽として参加している。


 やってやれない事もないが、実際に行動すれば確実に面倒事に発展するのは目に見えているし、最悪見せしめとしてオバ朗に生きたまま食い殺される、何て事も十分に考えられた。

 流石にその絶対的な力を恐怖と共に骨身に染み込ませているガルドラがそんな愚行をするはずもなく、妨害者達の掃討はここで一旦止める事にしたようだ。


「ウッキキー。それじゃまた登るんだウッキー」


 ガルドラは一旦安全が確保されたと思い、手足と三尾を使って登り始めるが、上から何やら不吉な声が聞こえた。


『あちゃー、今回のグループもやってもーたなー。登るん邪魔されれば面倒やし、そりゃ手ー出しちゃうやろな。でも決まりやし、ま、しゃーないわなぁ。皆頑張ってなー、ここから応援しとるでー』


 それは遥か頭上、出口に居る監督官のアス江のモノだった。

 何が起ころうとしているのか。内心で湧き出す表現し難い焦燥感や本能的な危機感に駆られたガルドラは、顔を上げてその原因を探ろうとした。

 しかし探る必要すらないほど、それは一目瞭然だった。


「ウキキー……。まいったなウッキー」


 これからガルドラ達が進む予定だった【奈落】の岩壁が、まるで生物の体内のように流動し始める。

 流動自体はアッという間に収まったものの、岩壁は先ほどよりも登るのがやや困難そうな形状で固定され、ガルドラによって駆逐されたはずのロックガーグ達は復活していた。

 しかもただ復活しただけでなく、破壊する前より数が若干多くなっている。


「キキ、キキ……。遠距離攻撃で破壊すれば即座に補充され、ついでに地形を変えて難易度上昇、って事ですかねェ。いや全く、説明がねェ分タチわりーですねェ」


「やっちまったウッキー……皆、すまんウッキー」


 しまったという風な表情を浮かべながら、ガルドラは頬を掻く。

 それに対してヤフ公は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめ、追随していた他の団員達も苦笑を浮かべていた。

 確かに今回はガルドラの失態であるものの、妨害者を破壊すれば即座に補充されると同時に地形が変えられるなど、事前に分かるはずがない。

 そもそも脅威を即座に排除するのは間違った考えとは言えないのだから、こればかりは誰にだって起こり得た類の失態だった。

 今回はたまたまガルドラだったというだけで、それを皆理解している為、軽く流して前向きに攻略を考える事に切り替えたのだった。


「しかし、先は思った以上に長そうだウッキー」


 妨害者達の妨害は、決して無視できるモノではない。容赦ない責めに団員達は蹴落とされるだろう。

 だから登りやすくする為に排除しようとすれば、即座に修復され、その分だけ数が増えていく。


 どっちにしろ困難なら、難易度が上がらないので、排除しない方が最善である事は間違いない。しかしそれでも数多の困難が待ち受けるのが【奈落】の試練とされている。


 一体何が待ち受けているのだろうか、それを想像し、ガルドラは冷や汗を流した。


 そして三メートル近い大きな岩が狙いすましたかのように落下してきたのは、その直後の事だった。

 登った事で、ついにロックガーグ達の妨害が始まったのだ。



 ■ 〒 ■



 アス江ちゃんは【存在進化】して得た生成能力や地形操作能力をフル活用し、岩土で造られた妨害者達が壊されれば補充と追加を行い、ちょっと地形を変化させて登り難くさせるだけの簡単なお仕事だ。

 一応、協力してくれたエルフ達に簡単な指示を出すなどの役割もあるが、基本的にはそちらがメインになる。


 出口まで後二十メートルくらいのところに来ると、岩壁にランダムで突起を造るなどの簡単な妨害も行うが、あと少し、と油断していた者は意外と引っかかってしまったようだ。

 引っかかった団員達は最後まで注意力を落としてはいけない、と教訓を得た事だろう。


 それなりに怪我人が出たモノの、ミノ吉くんのところと比べればまだ安全だったに違いない。

 不安定な環境での対応力は、向上した事だろう。


 何十人と撃墜されたりしたが、死んではいないので明日もまた頑張ってくれるだろう。


Day 315Edit

 “三百十五日目”

 祭り五日目。

 今日はブラ里さんのところに注目してみようと思う。


 ブラ里さんのところで行われている催しモノは“剣爛舞踏会”だ。


 ヒト型に凝縮された鮮血軍団と団員達が一定時間戦い続ける、という今までと比べればかなりシンプルな内容である。


 ただ鮮血軍団はブラ里さんの背中に生える鮮血の剣翼を核に、俺が生成した巨人達の血で構成された特別製だ。

 ある意味ブラ里さんの肉体の一部のようなモノであり、俺の分体のような存在に近いだろう。

 だからか鮮血軍団を構成する“血剣軍鬼兵(ブランディード)”単体の性能は【上位生成】による生成体に匹敵するか、やや高いと思ってくれればいい。


 まあ、そういう訳で性能が良い鮮血軍団に対し、如何に統率されて動く事が出来るのか。


 それは多対多の戦争である聖戦では、非常に重要な事である。

 生存確率を上げるには、どうしても外せない催しモノではないだろうか。



 ■ 爪 ■

【とある女騎士(テレーゼ)視点】



 それは鮮血の波濤(はとう)のようだった。


 ブラ里さんの剣翼を核に、毒性の高い“青毒巨人(ヴェルタロス)”の鮮血でヒト型に構成された“血剣軍鬼兵(ブランディード)”達は、一糸乱れぬ動きで私達を強襲してくる。

 一体一体が高度な戦闘技術を有しながら、その数は軽く見ても千に達しているだろう。

 周囲を完全に包囲された私達は防御に優れた【エーマスの聖盾】と呼ばれる陣形を構築し、内部から【魔法】などを使った波状攻撃を仕掛ける事で何とか持ちこたえている苦境にあった。


「戦士達よ、奮起せよッ! 今ここでやらねば、私達に未来はないッ!」


 普通なら絶対絶命の状況だ。

 単体としてみてもその能力は高く、また一つの意志によって完璧に統率されている事もあり、勝機は限りなくないと言っていい。


 だがそれでも、声を上げる。

 率いる者として、弱気を見せる訳にはいかないからだ。


「後衛、十人長以上の者は高威力の【魔法】を詠唱し指示するまで待機、それ以外の者はとにかく手数を優先して近づけさせるなッ。前衛、押されるな、押し込めッ」


『『『了解ッ』』』


 応答を聞きながら、私は長年愛用している魔剣【月の風(リュヌ・ヴァン)】と、新しい魔剣【星の水(ベーア・リュト)】の剣身に魔力を通す。

 ふた振りの魔剣はそれに反応し、それぞれ違った色合いの魔力光を宿した。


 新しく手に入れたこの魔剣【星の水】は、先日帰ってきた旦那様であるオバ朗がプレゼントしてくれたモノである。

 最近忙しかったからかイヤーカフス越しの会話も少なく、どことなく放置され気味で、何だか私という存在が忘れ去られているような気がしていたのだが、どうも杞憂だったらしい。


 ホッと安堵する反面、何だか良いようにあしらわれている気がしないでもない。

 が、まあ、今回はプレゼントに免じて流すとして。


「隊長ッ、東面に攻撃が集中し始めていますッ!」


 かつて旦那様と出会った戦いの後、一旦は奴隷となりはしたが、紆余曲折あってまた私の部下となった副官である【司教(ビショップ)】のベーンが大声で報告してきた。

 それに反応し、私が【鬼乱十八戦将】となって得た称号【憐輝士】の能力が一つ、触れた者の心身から活力を奪う【憐輝】を行使する。


 途端全身を覆うのは高貴ささえ感じられる黄金に輝くオーラ。


 最初は扱いに戸惑ったモノの、今では自在に動かす事ができるようになった【憐輝】を放出し、まるで花吹雪のようになるイメージを脳内で思い描く。

 すると私のイメージに合わせて変化した【憐輝】は、コチラの守りを切り崩そうと殺到してきた血剣軍鬼兵達を飲み込み、目に見えてその活動を停滞させた。

 攻撃力や防御力は半減し、風のように速かった動きは鈍化している。


 それを逃さず東面で守りを固めていた前衛が盾の隙間から槍や剣で攻撃し、その血体を蹴散らした。


 結局のところブラ里さんの剣翼を核にしているため、血体を蹴散らしても血剣軍鬼兵達は一定時間後に復活するのだが、それでも攻撃の密度を減らす効果は確かにあった。


「制限時間まで持ちこたえろよッ」


「時間前に守り抜かれてブラ里の姐さんに出てこられたら、それこそナマス切りにされるぞッ」


「あんな地獄は真っ平御免だからなッ」


「普段は頼りになる姐さんだけど、こと戦闘に関しちゃあおっかねぇからなぁ!」


「がはははは、ちげぇねぇちげぇねぇ」


 団員達は揶揄するように笑い、汗水流しながら必死に眼前の敵を打ち砕く。

 壁である前衛が繰り出す攻撃はもちろん、後衛が雨霰と降り注がせる色鮮やかな無数の【魔法】は破壊と破砕音を響かせた。


 しかし倒せども倒せども次々追加されて中々減らない敵に、心身は次第に疲弊する。

 体力は絞り尽くされ、魔力は枯渇する寸前になっている者も居るだろう。集中力が途切れ、怪我を負ったりミスする者も居るだろう。

 しかしそれでも皆が必死に戦い続けていられるのは、一定時間が過ぎるまで全滅しなければ勝利であると勝敗条件が明確な事と、もし陣形を崩されて混戦になり、弱い団員から脱落して最終的に数の暴力で敗北した場合、その後が非常に怖いからだ。


 今日の催しモノである“剣爛舞踏会”は、陽が沈むまで何度でも繰り返される。

 既に数回ほど繰り返されているのだが、前々回の時に敗北した為、前回では罰として一定時間の休憩の後、一分だけだが監察官であるブラ里さんが参戦する事になった。


 その時はまさに阿鼻叫喚、血に酔った“血剣軍女帝(ブラッディレイドエンプレス)・亜種”が哄笑しながら台風めいた血剣の渦を纏った状態で襲いかかってくるのだ。

 ギリギリで残された理性から団員達が斬殺される事こそなかったものの、致命傷に近い重傷を負い、脱落した団員は百名を超えている。私達のグループの総数が三百余名だった事を考えれば、その被害の凄まじさが分かるだろうか。

 団員達には即座に治療が施されたものの、ダメージが大きすぎてまだ意識が戻っておらず、現在は不参加だ。そのため今は最初と比べて少なくなった数で何とか持ちこたえているのが現状だ。


 もしまた参戦する事にでもなれば、それこそ終わりだ。

 それ以降も耐え切れなくなるだろうし、そうなれば罰としてずっとブラ里さんが参戦し続ける事になる。全員が負傷者となって脱落しても可笑しくない。


 だからこそここが正念場、今日無事に生き残る事が出来るかどうかの瀬戸際である。


「敵陣後方、大型を数体確認しましたッ」


 ガッチリと守りを固めている私達に対し、数十体の血剣軍鬼兵が融合した大型の血剣軍鬼兵が出現した。

 全ての能力が飛躍的に向上し、巨鬼(トロル)に匹敵するその巨躯は驚異そのもの。

 即座に排除しなければ、守りは強引に喰い破られるのは間違いない。


「待機組一番から三番、【魔法】発射用意――発射ッ」


 事前に詠唱させ、即座に発動させるように待機させていた手札の一つ。

 それを今、切る時が来た。


狂炎の大斑蛇(アーヴァ・ローベン)ッ」


花開く水溜の枝(イトルル・ジゼーベ)


「――汚濁した水の氾濫(バナヘル・アグラ)


 業火の大蛇が、巨大な枝が、濁った濁流が、それぞれ大型の血剣軍鬼兵達に襲いかかる。

 業火で蒸発し、枝に血体を吸われ、濁流に混じってその形を無くしていく。

 余波で無数の血剣軍鬼兵達を巻き込みながら、破壊を振りまいたものの、まだ終わりではない。


「総員、最後まで気を抜くなッ!」


 【月の風】が纏う銀粉渦巻く螺旋風に【星の水】の黄金色の聖水と【憐輝】を上乗せし、広範囲にばら撒きながら声を上げる。

 私達は生き残るために、辛く長い戦いを繰り広げるのだった。



 ■ 爪 ■



 ブラ里さんは参加したくてウズウズしているが、団員達が一度敗退した罰としてしか参戦できないようにしているので、鮮血軍団は猛攻を仕掛けさせている。


 一度、一分だけとはいえ参戦し、ズタボロにしたくせにまだ足りないようだ。

 いや、むしろ欲求はより蓄積されているのだろうか。


 まあ、ともかく、怪我人の割合は結構高いので、ここを担当する医療部隊≪プリエール≫の団員達はかなり大変そうだ。

 後で差し入れでもしてやろうかと思いつつ、まだ意識が戻らない団員達には【秘薬の血潮】でも与えてセイ治くん達のところにでも放り込んで置くことにしよう。

 これなら、よっぽどの場合でもない限り、明日には何とか動く事はできるだろうさ。


 まだまだここで終わらせるつもりはないので、生死を彷徨ったとしても、脱落などさせるものか。


Day 316Edit

 “三百十六日目”

 祭り六日目。

 今日はスペ星さんのところに注目してみようと思う。


 スペ星さんの催しモノは“魔星入れ”である。


 早い話が、円状に陥没した区画の中央にそそり立つ円柱の上に座すスペ星さんが一定時間ひたすら魔術を行使し、まるで雨のように降り注がせるというものである。

 低階梯の魔術なら消費魔力よりもスペ星さんの魔力回復量が上回るので、途切れる事なく降り注ぐ多種多様な魔術の雨は下で逃げ惑う団員達にとって絶望に等しい。


 一定時間ひたすら逃げ惑うか、協力して立ち向かう事しか選択肢がなかったりする。

 多彩な魔術の対処法を熟知するには、またとない機会になるだろう。



 ■ × ■

 【とある魔導鬼(スペルロード)視点】



「何て、綺麗なんだ……」


 煌々と燃える業火球、高速で渦巻く激流槍、轟音伴い天迸る雷虎、黒光りする無数の石礫、細かく枝分かれした剣樹、凍てつく氷蛇、精神を侵す黒い煙、岩すら切り裂く鎌鼬、研磨剤入りの水刃、その他数え切れないほど上空に展開された、第一から第二階梯までの様々な系統の魔術群。


 まるで夜空に輝く星のようなそれ等を見上げ、率直に思った感想はそれである。


 少しばかり現実逃避も混じっているだろうが、しかし複数同時にありとあらゆる魔術を、低階梯とはいえ行使するその技術は理解不能だった。

 少しでも【魔法】の道に立った事があるものならが、眼前で構築された全てを見て、奮い立たないなどありえない。


 そこにあるのは【魔法】の極地の一つだ。


 【魔法】の一種である魔術は、【妖術】や【秘術】などと比べても使用者は段違いに多い分野である。

 新人から玄人まで幅広く使い勝手のいい、ある意味では基本とも言っていいかもしれない。


 しかしだからといって、簡単に使えるモノではない。

 自身の理想通りに行使しようと思えば、それ相応に積み上げられた努力や生まれ持った天性の才能、精密で繊細な技術が必要だ。

 だがありとあらゆる努力と才能を費やしても、目の前のように種々様々な魔術を、これほどの数全て同時に行使する事など普通は不可能である。


 右手で字を書き、左手で調理し、右足で金銭を数え、左足で絵を描き、口で書籍のページを捲り、脇で物を掴み、頭部に子供を乗せているようなものだ。

 例としては分り難く不適切かもしれないのは承知の上だが、つまりはこんな無茶を常時しているようなもの、という訳である。


 であるはずなのに、それが目の前で行われている。


 だから、見蕩れるしかなかった。

 こんな事がありえるのかと。鬼智を超越したそれは、最早一種の芸術ではないだろうか。


「馬鹿ッ、死にタイのカッ!」


 呆然と紡がれ続ける魔術の星々を見上げていた私を、同僚であり仲の良い牛頭鬼(ミノタウロス)のミノ()くんが強引に引っ張った。

 私の身長はミノ武くんの半分にも満たず、また筋骨隆々なそれと比べて貧弱である。

 まるで子供でも持つようにヒョイと軽やかに持ち上げられ、抵抗する間もなくその肩に担がれた。

 自重によって、ミノ武くんの太い肩が私の腹部にめり込む。慌ただしく走っているので上下に動き、その度に圧が加わって胃の内容物を思わず吐き出しそうになるものの、それを堪えて思わず吠えた。


「あの超絶技巧に滅ぼされるのならば、むしろ本望だッ」


 それは私の嘘偽りのない、魂の絶叫だった。

 どうせ死ぬなら、生涯を捧げると誓った魔術によって最後を迎えたい。


「俺達はマだ産まレテ一年も経っテいなインだぞッ! 諦めるにハ早すギルッ!」


「……それもそうだな」


 ミノ武くんに諭され、確かにその通りだと思い直した。

 危ない危ない、思わず正常な思考からブッ飛んでいたらしい。

 確かにまだまだ私達は若いのだ。これからの長い鬼生、ここで諦めるのにはちと惜しい。


 正気に戻ったついでに素早く詠唱し、直下に居る私達に向かって降り注ぎ始めた魔術の星々に対して、魔法合金で出来た愛杖【風呼びのラルバラド】の鋭利な先端を向けた。


「“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”」


 風塵系統第五階梯魔術“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”によって頭上に生まれる可視化された颶風の壁は、降ってきた数多の魔術の軌道を渦巻く事で強制的に捻じ曲げ、衝突させて互いに相殺させるだけでなく、相殺時に生じた衝撃波も周囲に散らしていく。

 まるでそこから先には立ち入る事の出来ない境界があるように、一定範囲で絶え間なく続く轟音。


 降り注ぐ魔術はどれも第一階梯か第二階梯のものばかりで、第五階梯である“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”の方が圧倒的に効果は強い。

 普通なら早々に破られる事などありはしないのだが、しかし何事も限度というものがある。


「一先ずは凌げたが……数が多すぎますね」


 数え切れないほどの魔術が断続的に衝突すれば、流石の颶風も勢いは衰える。それに術者の技量を反映するように一つ一つの質が高いため、その威力は一つ上の階梯に近い。

 この様子だと、さほど長い時間は持ちそうにない。


 私達が居るのは円状に陥没した地形の底なので、どこにも逃げ場はない。颶風が消えれば、魔術は確実に私達を吹き飛ばすだろう。周囲は壁に囲まれているので、直撃せずとも全方位から衝撃が襲ってくると考えていいだろう。


「今のうちに体制を立て直しますよ、生き残る為にッ」


『『『オウッ』』』


 単体ではどうしようもない現状。

 だからこそ、他の仲間達と協力せねば、生存などできるはずもない。


 だから私達は密集して堅牢な防御陣を構成し、互いの持てる技術を費やし、何とか耐えて耐えて時たま脱落者を出しながらも耐え忍んで――


『本当によく頑張りますね、予想以上ですよ。ではそろそろ時間ですし、ちょっとだけ新しい魔術の実験でも……』


 ――魔術を行使し続けていたスペ星さんの実験台にされ、呆気なく吹き飛ばされた。


 ああ、魔術は何て素晴らしいんだ。


 私の意識は、そこで途切れた。



 ■ × ■



 目論見通り、団員達は様々な魔術に対しての対処法を身をもって知る事が出来ただろう。

 しかし最後の方でスペ星さんが新しく魔術書(グリモワール)で仕入れた魔術を試した結果、吹き飛ばしてしまったのはどうかと思う。

 頑張って耐えていたのに、もう少しで終わりだったのに、何だか申し訳ないとすら思ってしまう結末である。


 が、まあ、こういう事も経験である事には違いない。


 一応スペ星さんには色々注意しておくとして。


 祭りも半分を過ぎ、皆身体の損傷が多くなってきた。

 温泉の効力による心身の回復力促進や、潤沢に使用される様々な魔法薬、セイ治くん達による献身的な治療もあって完全な脱落者は想定よりかは少ないものの、身体の奥底にはそれでも拭いきれない疲労が蓄積されているのは目に見えて分かる。

 放置すれば集中力の低下などが発生し、アクシデントも増えるだろう。


 期限も迫っているので、できるだけギリギリまで動けるような状態を維持した方が都合がいい。


 そこで食えば活力が漲るの間違いなしな灼誕竜女帝竜の肉や、様々な迷宮で採ってきた迷宮食材などを大量に使った料理を振る舞う事にした。

 これまではあえてこういった食材を制限していたので、これで減っていた活力をグッと一気に取り戻せるだろう。


 それで、うん、やっぱり姉妹さん達に調理された灼誕竜女帝竜の肉は美味いなぁ。

 安い肉でも調理法次第で極上に生まれ変わるのに、極上の物を更に優れた調理技術を加えればどうなるか、想像するのは簡単ではなかろうか。


 外はカリカリ、中は柔らか。

 噛んだ瞬間に口内で広がる濃厚で繊細な肉の味、鼻腔を満たすのは涎が止まらなくなるほど芳醇な匂い。

 それだけでも堪らないのに、嚥下して喉を過ぎた後からが本番だ。

 胃酸で溶かされた灼誕竜女帝の肉は膨大なエネルギーを身体に供給するのだが、その際にまるで全身の細胞が生まれ変わるような高揚感が伴う。


 まるで生きながらにして生まれ変わるような感覚、と言えばいいのだろうか。

 【再誕の神】との関係も深いので、そのせいかもしれないな。


 何度食べても飽きる事のない、灼誕竜女帝の肉は、やはり格別だった。

 クイッと酒が、進むなぁ。

 灼誕竜女帝肉ウマー。


Day 317Edit

 “三百十七日目”

 祭り七日目。

 今日はクギ芽ちゃんのところに注目してみようと思う。


 クギ芽ちゃんの催しモノは“隠れ鬼”だ。

 大森林の自然豊かな一画に隠れた団員達を、九祇鬼姫(くぎおにひめ)であるクギ芽ちゃんが【上位鬼種生成】で生成した“探求眼鬼(シーカーアイズ)”達が探す、という単純な内容だ。


 単眼の小鬼(ゴブリン)が着物を纏っているような外見のシーカーアイズ達の戦闘力は、最弱の団員に匹敵する。ハッキリ言って雑魚である。

 しかしその分索敵能力が高く、半端な【隠れ身(ハイディング)】では容易に看破されてしまう。

 それをものともしない【隠れ身】を体得する事こそ、これを切り抜けるのに重要な技能だ。


 ちなみに見つかった団員は色々と罰が課せられるので、皆必死になっている。

 まあ、まだ比較的楽な部類になるのではないだろうか。



 ■ ÷ ■

【とある男エルフ(エキルド)視点】



 我々エルフ族にとって自然豊かな森という場所は、慣れ親しんだ家のようなものであると同時に、自身の能力を底上げしてくれる狩場でもあります。


 エルフは長い生の中で、基本的には森から出る事はありません。


 幼少の頃から日々の糧となる獲物を探して駆け回り、森の恩恵を受けながら生活しているのです。

 そのため我々エルフはほぼ全員が弓の名手であり、森を縦横無尽に駆け巡る優れた身体能力と知識を備え、また風の精霊達との親和性が高く、自然豊かな森であればあるほど能力が底上げされる特性を備えた種族なのです。


 ――まあ、熱砂渦巻く砂漠などを好むサンドエルフや、洞窟や地下空間などを好むダークエルフなど、エルフという種族も細かく分類すれば色々ありますし、その分類で言えば私達はフォレストエルフといったモノになるのでしょうが、それはともかく。


 温泉が掘られてから成長著しいココ――≪クーデルン大森林≫の中ならば、少なくとも五割以上実力が底上げされているでしょう。

 その恩恵もあって、ここ数日の苛烈な催しモノを何とか乗り越える事ができました。


 しかし今現在、その恩恵があっても、少しも油断は出来ない状況にあるのです。


「ミーーーワナン、ミーーーワナン、ミーーーワナン」


 草木をかき分ける音を少しでも紛らわせる為でしょうか。

 この時期になると活発に動き始めて今も周囲に無数に居る、独特な鳴き声と甘い香りで獲物を誘い、粘着性の高い蜘蛛の糸で出来たような網で捕獲する“アミワナゼミ”のような高音を発しながら、ゆっくりと大森林を歩いているのは我々を探しているシーカーアイズです。


 単眼の小鬼のような外見をしたシーカーアイズ達の戦闘能力は低く、殺害しようと思えばほぼ全ての団員は瞬殺できるでしょう。


 しかし今私達が行っている催しモノは“隠れ鬼”です。

 排除しようと思えばできますが、それをすると発見されてしまう。リスクが高すぎて、だからこそこうして大森林で潜み、気配を周囲に溶け込ませるしかないのです。


(ふぅ……早く、行ってください)


 できる限り冷静になるよう精神を安定させます。

 呼吸も吹き抜ける風が周囲の葉を揺らした音に紛れさせ、自然と一体化するような感覚。

 そうする事により類稀な索敵能力を持つシーカーアイズは気づかず何処かに行き、そこでようやく気を緩めました。


「これはこれで、気が抜けませんね」


 今までの催しモノと比べれば、今回のはまだ楽な方でしょう。

 ですが精神力は確実に削られますし、身体の疲れも馬鹿にできません。本気で隠れるなれば、慣れていないと難しいですからね。


 しかし今後の事を考えれば鍛えておいた方がいいですし、見つからない為にもそんな泣き言は言っていられませんね。

 見つかった者の末路は、まさに悲惨だからです。


『ミーーーワナン、ミーーーワナ――発見しました』


『くそッ、なんでこれでバレるんだよッ!』


 少し離れた場所でシーカーアイズが同僚を発見したようですね。

 見つかった同僚は慌てて逃げ出したような音がしますが、それ以上に遠くから巨大な何かが真っ直ぐ接近している足音や木々を揺らす音が次第に強くなってきました。


『ああ、嫌だ、嫌だッ、嫌だッ! た、助けてグブルレレエエオオオオオオオオオ……』


『ブグオオオオオオオオオオオオオオオオッ』


 そして僅かに時間が過ぎた後で、同僚の切実な悲鳴と巨大な怪物の咆哮、それに混じる戦闘音や木々と金属の破砕音が轟きました。

 発見された罰として、同僚は即座に接近してきた“狂気の多眼巨鬼(マッドアイズ・アルゴロス)”により、精神と肉体の両方を攻撃されているに違いありません。


 マッドアイズ・アルゴロスとは巨鬼(トロル)と同程度の巨躯を誇る巨大な鬼の一種で、その全身に百近くある魔眼は目を合わせた者に対して【混乱】や【恐慌】などの精神的な状態異常(バッドステータス)を発生させる能力があり、また巨大で屈強な肉体は半端な敵の尽くを粉砕する膂力を秘めています。


 つまりシーカーアイズに発見された者の罰とは、マッドアイズ・アルゴロスによって強襲されるという事なのです。

 一対一で倒せるのならばいいのですが、残念ながらそう甘い種族ではありません。

 幹部級でもない限り、単体での勝敗は目に見えています。


 罰による肉体的なダメージは大きく、痛めつけられれば隠れるのにもかなり影響する事になるのは間違いありません。

 しかし今回の場合、肉体的なダメージよりも精神的な状態異常になる事の方が厄介なのです。


 万全の状態でも厳しいのに、罰の後では発見される可能性が飛躍的に高まります。

 何故なら身体のダメージによって集中力は普段よりも大幅に下がっているのに、【恐慌】や【混乱】などで精神状態が不安定だとそもそも隠れるどころではありません。

 気配を自然に溶け込ませようとしても齟齬や荒が目立ちますから、簡単に発見されてまた罰を負い、その次も同じように、と負の循環に陥ってしまうでしょう。

 この循環から脱出するのがどれほど困難な事か、想像するのは難くありませんね。


 同僚の声も次第に聞こえなくなり、シーカーアイズやマッドアイズ・アルゴロスの気配が完全に周囲から消えたのを確認し、僅かな不安と共に独り言を呟きました。


「世界の聲こえを聞け、ですか」


 顔に迷彩を施し、植物の衣を纏い、藪の間の地に伏せ、私はただ自然に溶け込むようにしながら時間が過ぎるのを待つ事にしました。

 無理に動いて発見されるよりも、こうして時が過ぎるのを待つのが最善だと判断したからです。


「以前は分かりませんでしたが、今なら少しは、その教えが理解できますね」


 そうしてかつて氏族の長によって教示され、今まで培ってきた技術は、確かに私を助ける事になるのですが、それはまた別の機会にでも。


 今はただ、見つかれば地獄を見る“隠れ鬼”から無事に生還する事だけに集中したいと思います。



 ■ ÷ ■



 今回の催しモノは時間がくるまでジッとして潜んで居る事も可能なので、脱落者は意外と少ない。

 しかし精神的な負荷は大きいようで、皆かなり疲れた表情をしているようだ。


 温泉に浸かって、明日に備えてもらうとしよう。


Day 318Edit

 “三百十八日目”

 祭り八日目。

 今日はアイ腐ちゃんのところに注目してみようと思う。


 アイ腐ちゃんの催しモノは“汚腐海”だ。

 “腐死鬼姫(アーディハイド)・新種”であるアイ腐ちゃんは現在、ありとあらゆるモノを腐食し、汚染する事が可能な能力を得ている。

 能力は肉体などの物質だけでなく、精神や霊魂などにも作用するほど幅広く強力な代物だった。


 その能力を使い、対象となる団員達の精神に対して干渉するのが今回の“汚腐海”だ。


 つまり精神攻撃に対しての耐性と対処法を獲得するのが目的な訳だが、今回のを機にアイ腐ちゃんは同好の士を新たに発掘しようと画作している節がある。


 個人の趣味にとやかく言うのは避けたいが、今回は過度な干渉はしないように、と言ってある。

 他人の趣向を捻じ曲げるのは、流石にどうかと思うのだ。自主的にならば仕方ないとして、それ以上は許んぞ、と言う事だ。


 それにしても、精神面を鍛えるのに優れた能力を何故アイ腐ちゃんが持ってしまったのだろうか。

 せめて別の者がそう言った能力を獲得すればいいのに、と強く思う。



 ■ ▲ ■

【とある女武者(カエデ・スメラギ)視点】



 用意された簡易ベッドで横になり、アイ腐さんの能力に包まれたかと思えば、視界にはただ『腐っている、遅すぎたんだ』と表現したくなる光景が広がっていました。


 ええと、なんというか、あれですあれ。

 詳細を口にするのは憚られますが、アイ腐さんを筆頭としたとあるグループで熱く語られているような光景です。


 儚げな美男子。屈強な偉丈夫。紳士的な老人。その他諸々、様々な要素を体現したような登場人物の数々です。

 まさに何かの妄想のような登場人物で埋め尽くされている、と言えばいいのでしょうか。


 それに所々、知り合いに見える、というか色々とそれはどうなのと思うような登場人物の組み合わせがあったりと危険過ぎるのですが、率直な感想を言わせてもらえれば、アイ腐さんの精神攻撃は非常にエゲツナイと思います。


 少なくとも、この世界に来る前に、多少なりともそういうジャンルがあると知っているのでどうにかなりますが、そんな知識もないと趣向が捻じ曲げられるに違いありません。


 耐えようにもジュクジュクと腐食していくように浸透してくるアイ腐ちゃんの精神攻撃は強力で、気を抜けば腐海に落とされるでしょう。


 男性団員の場合はもっと違う何かを見せられるのかもしれませんが、ええ、それでもキツいでしょうね。


 本当に、何故こんな事を許可したのか。

 ちょっと小一時間ほど責任者に追求したい気持ちです。


「はぁ……でも、疲れるのは精神だけですから、まだマシ、なんでしょうね」


 【異界の剣豪】が持つ能力の一つ、【恐慌】や【混乱】などの精神的な状態異常(バッドステータス)に対して有効な【明鏡止水】によって、私に対して精神攻撃は十全に発揮されません。


 だからこうして余裕がある訳です。


 がしかし、それでも油断はできないでしょう。それほど強力なのです。

 とはいえ、肉体的な疲労はそこまで感じないので、今までの心身共に鑢で削られるようなモノと比べれば楽だと言えます。


 それでも、ため息は止まりませんけどね。


「これは、報告した方がいいでしょうね……」


 ともあれ、これが終われば、上司に連絡した方がいいでしょう。ちょっと行き過ぎていると言えますからね。

 報告・連絡・相談、気兼ねなくそれが出来る職場というものは、いいと思います。

 そんな環境にするのは、ちょっと難しいですからね。人間関係って、面倒な部分も多々ありますからね。


 なんて、現実逃避するしかありませんね。

 ははははは……はぁ。



 ■ ▲ ■



 女武者から報告が上がった。

 どうもアイ腐ちゃんの精神干渉が強すぎる、との事。

 今まではそんな報告がなかったものの『ついにやったかッ』と思ったので、直ちに問いただしてみると、どうやら女武者の両隣で寝ていた同好の士にちょっと力を入れた事で、干渉が共鳴し増幅してしまったらしい。

 え、と思い並びを確認したのだが、今まではそんな兆候のなかったエルフと鬼人(ロード)――両方共女である――が該当してしまった。


 静かに同好の輪を広げているアイ腐ちゃんに恐怖しつつ、これからはもう少し注意する必要がありそうだと内心で判断した。

 セイ治くんには、是非手綱を握っていてもらいたいものである。


 ちなみに、今回の被害は女武者だけで済んだ。

 女武者でなければ、また一名増えていた事だろう。なんだかなぁ、と思う。


 とりあえず今後の並びに気をつけるとして、夜には美味い飯を喰って寝た。


Day 319Edit

 “三百十九日目”

 祭り九日目。

 今日は復讐者のところに注目してみようと思う。


 復讐者の催しモノは“巨人倒し”だ。

 これは単純にそのままの内容だと思ってくれればいいだろう。

 【下位巨人生成】に【下位アンデッド生成】を併用する事で生成できる“ブラックジャイアント・スケルトンソルジャー”や“ブラックジャイアント・スケルトンガードナー”、それから【下位巨人生成】に【上位鬼種生成】を併用する事で生成できる“ブラックサイクロプス・ブッチャー”や“ブラックトロル・ハイメイジ”など、最低で八メートルを越す巨人達を百体、連続討伐するという厳しい内容だ。


 約三百名居たとしても巨人を相手にするのは厳しいので、五十体を倒すまでは一体ずつ相手をする事になる。

 だがそれ以降、九十九体目が倒されるまではランダムで二~五体を同時に相手する仕様だ。

 一応最後まで行ける程度には各グループの強さに合わせて戦う巨人は調整しているが、最後まで勝ち進むのはギリギリといったところだろう。


 ただし最後の百体目には特別に【真竜精製】と【大悪魔精製】、それから【上位鬼種生成】と【下位巨人生成】の四つのアビリティを併用する事で生成が可能になる“魔竜鬼混沌巨人(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)”を用意している。


 巨大な悪魔と竜と鬼が腹部の部分で合体し、三頭六腕六脚一尾という造形をした巨人のキメラのような存在だ。

 現時点で生成可能なモノの中でも一際強力な分類になるだろう。もう一段階強化できるが、流石にそれをするのは止めておいた、何て裏事情もあったりする。


 ちなみに強化体となる“黒魔竜鬼混沌巨人(ブラックトリオキメイラ・ゲリュオネウス)”はミノ吉くんともいい勝負が出来るレベルだ。


 それに劣るとはいえ、通常体でも基本的に倒される事は想定していない。

 なので一定ダメージを蓄積させる事ができればクリアした、という事にしている次第である。



■ △ ■

【とあるガキ大将(ルッツ)視点】



 絶望がそこにあった。

 今まで生きてきた中でも、確実に上位に位置する極大の絶望だ。


「は、ははは……無理だろ、これ」


 恐怖に身体が震える。

 剥き出しの闘志に当てられて、全身が萎縮しているのが分かった。


 絶望の名前は“魔竜鬼混沌巨人(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)”と言うらしい。

 青銀の鱗を持つ竜と赤鉄の皮膚を持つ鬼、三眼の山羊頭の悪魔が胴体部分で混ざり合ったような巨人型のキメラという化け物だった。


 後ろから竜と鬼と悪魔という三つの頭が並び、それぞれにある総数六つの剛腕と剛脚、そして長く伸びる竜尾が特徴的だ。

 六つの腕にはそれぞれ武器があり、竜腕は竜尾のような造形の長槍を、鬼腕は金属製の巨大金棒を、悪魔腕は歪な弧を描く禍々しい鎌を握っていた。


 キメラのように混ざり合っている素材自体が尋常ではないのに、まるで自身が虫か小動物になったかと思うほどの巨体は圧倒的と言うしかなかった。

 少なくとも二十メルトルは確実に超えているに違いない。二十五、いや三十近くある。近いものに例えれば、まるで王城のようだ。


「攻撃が近くを通っただけで死ぬかもね、私達」


 現実逃避気味に呆然と呟いた俺の独り言に、隣で同じように震えているガキ中将(イーラ)が返事した。

 諦めを多分に含んだそれに、同意せざるを得ない。 


『グゴオオオオオオオオオッ!』竜頭の咆哮。

『オオオオオオオオオオオッ!』鬼頭の咆哮。

『ブルグオオオオオオオオッ!』悪魔頭の咆哮。


 まるで共鳴するように高まりあった三重の咆哮は、身構える事すらできずに居た俺とイーラを吹き飛ばした。


「うわッ!」


「キャッ!」


 まるで至近距離で爆風を浴びたように吹き飛ばされたのは俺とイーラだけではなく、これまでの九十九体の巨人を何とか倒したものの満身創痍だった仲間達も同様だったらしい。

 まだつなぎ止められていた戦意はただの咆哮だけで吹き飛び、意識を手放した者も続出している。


 そうでなくても、複数の状態異常(バッドステータス)にかかっている者が大半だ。

 即座に動ける状態ではなく、絶滅は必至。とりあえず狙って殺される事はないと思うけど、間違って死ぬ事は十分に考えられる。

 手加減して払っても羽虫を殺す事があるように、絶望の権化(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)からすれば俺達とはそういう存在でしかないに違いない。


 でも、それでも、ただ何もできずに負ける何て、そんなのは嫌だ。


「ぐつッ……オオオオオオオオオオオオオオオオッ」


 柄を変形させんばかりに力を込めて強く握り、派生ダンジョンのダンジョンボスを倒して自力で手に入れた自慢のマジックアイテムである愛剣【蛮勇の斬剛刀】を両手で構え、恐怖を吐き出すように腹の底から雄叫びを上げた。

 【蛮勇の斬剛刀】の刃渡りは約二メルトル程と俺よりも大きく、横にすれば小盾になるくらい幅がある。

 大きさに見合ったそれ相応の重量があり、本来ならまだ俺の膂力では扱う事など出来ない、筈だった。

 しかし【蛮勇の斬剛刀】には所有者が小枝のように振り回せるだけの【剛力】と、一時的に恐怖などを忘れさせる【蛮勇】を付与する固有能力がある。

 だから恐怖を塗り潰し、重い【蛮勇の斬剛刀】を持った状態でも動く事が出来たのだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ――ラァッ!」


 [ルッツ・バルは戦技(アーツ)【蛮勇疾走】を繰り出した]


 使える装備と戦技を即座に行使。

 【強力の腕輪】や【俊敏の腕輪】、イヤーカフスなどのマジックアイテムが効果を発揮。各種身体能力が上昇し、普段よりも一つ上の段階に突入する。

 それに加えて、一撃を入れるまでは速度と攻撃力を三倍に引き上げる代わりに防御力を半減させる戦技【蛮勇疾走】によって赤い燐光を宿した身体はアッという間に大地を駆け抜けた。

 迎撃のために鎌で一薙ぎしてくる絶望の権化(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)の攻撃が届くよりも速く、到達した悪魔の右足を狙って【蛮勇の斬剛刀】をただ全力で振り切る事だけを考えた。


 防御など考えない、まさに【蛮勇】というべき無茶苦茶な攻撃だ。


[ルッツ・バルは戦技【燃える斬撃(バーンスラッシュ)】を繰り出した]


 追加した戦技【燃える斬撃】によって赤い燐光を宿した【蛮勇の斬剛刀】の刃は赤く燃える。

 火花のような赤い燐光を置き去りに、戦技に後押しされて斬撃は加速する。

 自分自身では中々出せないだろう剣速で振り抜かれた斬撃は、まるで巨大な金属塊のような手応えと共に、悪魔の右足を僅かに切り裂く事に成功した。


「よしッ」


 そして悪魔の右足の傷口は轟ッ、と戦技【燃える斬撃】によって発火する。

 体毛は焦げ、肉を焼いた臭いがする。ほんの僅か、それもすぐ自己再生する程度の軽傷だけど、俺は確かに一撃を叩き込む事に成功したのだ。


「これで――ゴフゥッ」


 しかし、それだけだった。

 俺は死角から襲いかかってきた剛力に呆気なく吹き飛ばされた。

 地面に激突する前に全身が砕け散りそうな激痛によって意識を手放す間際、もし先に一撃を入れていなかったら、半減した防御力だと即死していたろうな、と一瞬思った。


 それから後の事は、何も分からない。


 ただ言えるのは、まだ俺は死んでいないという事だけだった。



■ △ ■



 流石にこのレベルになると、上位グループはともかく、下位グループには厳しいようだ。

 ただの咆哮でも、致命的な影響を及ぼしてしまう。しかしそれでも立ち向かう者は少数ながら存在するので、土壇場で行動できる者を発見するのには役立っている。

 もしかしたらこういう存在こそが【英勇】や【帝王】の素質を持っているのかもしれないな。


 とりあえず、頑張った者には特別な差し入れを用意しておこうと思う。


Day 320Edit

 “三百二十日目”

 祭り十日目。

 今日は鈍鉄騎士のところに注目してみようと思う。


 鈍鉄騎士の催しモノは“騎馬戦”だ。


 ちょいちょいと魔改造しているスカーフェイスが率いる骸骨騎兵団を相手に、騎乗した状態で眼前の敵を全て叩き落とし、最後まで誰かが残っていれば勝ち、という内容だ。


 ≪使い魔≫に騎乗し戦うというのは、これまでは重点的に鍛えていなかった部分になる。

 個としての戦闘技術の向上や、集団としての連携を主に伸ばしていたので、ブラックウルフに騎乗するゴブリンライダーや【騎士】持ちなどの例外を除いて【騎乗】を得意とする者は少ない。

 騎乗できる≪使い魔≫の数は十分居るし、最低限乗れる程度には鍛えているが、今後平原で騎乗戦になる事も考え、多少無茶でも実戦経験を積んでおくべきだろう。


 とりあえず、骸骨騎兵団はケンタウロスのスケルトン版とも言えるブラックスケルトン・ホースソルジャーをメインに数を揃えてみた。

 それなりに強く、目的にも適しているので、訓練相手にはうってつけだろうさ。


 まあ、骸骨騎兵団を率いる、【殲滅骸(せんめつがい)】という称号を得て飛躍的に強くなっているスカーフェイスを倒すのは一苦労するだろうけどな。



■ ◎ ■

【とある半竜馬(ドラゴタウロス)視点】



 大森林の中にある一キロメルトル四方の開けた一画。

 豊穣を支える栄養豊富な柔い黒土が広がるそこは、無数の騎馬達が穂先を交えるために用意された戦場だった。

 そこに立つ我ら三百騎に対し、整然たる隊列を組む敵は約千騎。

 恐るべきスカーフェイスに率いられし黒骨の騎兵隊である。


 敵の平均的な個体としての能力はさほど高くは無いようだが、スカーフェイスを筆頭とした指揮官級などは別格であり、また一糸乱れぬ統率された動きは巨大生物のように一体的で、その強さがヒシヒシと身体で感じられる。

 また死んでも代わりがいる生成体である故に、自爆すら躊躇わず実行してくる事だろう。

 まるで骨の濁流であるかのような幻覚を見て、油断ならぬ強敵だと判断し気を引き締める。


「おお、おお。素晴らしきかな、我が戦場よ」


 それでいて内心から湧き出す歓喜を声と化せば、奮い立つ戦意に身が踊る。

 平原での決戦こそ我等半竜馬(ドラゴタウロス)の本能が滾る戦場よ。

 竜の胴と四肢と尾を持つ下半身は大地を馬よりも遥かに速く駆け、ヒト型の上半身で振るう武具は敵を粉砕する。それは本能として刻まれた習性であり、意思でこの感情をどうこうするのは困難だ。


 近親種でもある半人馬(ケンタウロス)達も同じようで、手にする弓の調子を興奮しながらも冷静に確かめている。我だけが変なのではない、これが普通なのだ。


 それに何より、我が王も見ておられるのだ。種としての本能だけでなく、ここで奮起せずして何とする。


「我が槍捌き、とくとご覧あれッ」


 右手に持つ【火炎竜槍フォルバルド】を天に突き出すように掲げた。

 火竜の骨と牙、そして喉にある火炎袋を素材に造られた愛槍は紅蓮に輝いている。

 竜の威容を宿した穂先には竜炎が宿り、生きているが如く燃え盛る。掠れば燃やし、突き刺せば焼き尽くす、恐るべき火竜の能力を体現した魔槍である。


「我が盾使い、とくとご覧あれッ」


 左手に持つ【大地竜盾アスガバルド】を大地に振り下ろす。

 堅牢な地竜の竜殻を幾重にも重ね、我が体躯を隠すほど大型のアスガバルドの下部には、守るだけでなく攻撃にも使える杭が備わっている。

 少しはみ出している地竜の尾骨で造られた太く鋭利な杭は大地に深く食い込み、大地に固定された事によって一切の攻撃を防ぐ不動の城壁と化した。


「そして我が襲歩、とくとご覧あれッ」


 ヒトの上半身と竜馬である下半身を包む【風竜鱗鎧ウィブルバルド】が風を生じさせる。

 風竜の軽く強靭な竜鱗や体毛などで造られたウィブルバルドは全身を包んでいても重量を殆ど感じないほど軽く、それでいて防御力は鋼鉄製の防具よりも遥かに高い。

 また生じる風は敵の攻撃を弾き、轢殺させる機動性を齎してくれている。


 その他にも複数のマジックアイテムを身に帯びた完全武装の我、ここに勝利を誓わん。

 例え眼前の敵が強大だろうとも、後退する事はありえぬ。我が王に勝利を、それだけが我の願いである。


「いざッ、いざッ、いざッ!」


 戦いを前に血が猛る。興奮で胸が躍る。

 竜の血が流れるからか、戦意が猛る毎に力も漲り、興奮する事に魔力が増した。


「落ち着かれよ、ラブラ殿。過ぎたる戦意は時として無謀を行う。あれを相手に、無茶な突撃は通用せぬぞ」


「無論、我も良く理解している。されどこの滾りは止みはせぬ」


 戦場を前に、興奮する我に声をかけたのは戦友デューク・ラーベンである。


 “首無し騎士(デュラハン)”である戦友デュークは質実剛健な全身鎧を身に纏い、右手には騎士槍を、左手には盾と騎乗している“首無し馬(コシュタ・バワー)”の手綱を握っている。

 類稀なる槍術と剣術の使い手であり、愛馬であるコシュタ・バワーとの人馬一体から繰り出される攻撃は惚れ惚れするほど鋭い。まるで雷鳴のように敵を穿ち、腰にある騎士剣を抜けば敵の防御をすり抜けるように切り殺す。


 信頼できる戦友であり、切磋琢磨している親友でもあった。


「我が王が見ておられるのだ、見ておられるのだぞッ!?」


「分かっているとも、私もその気持ちはよく分かるとも。しかしだからこそ、落ち着かれよ。無様を晒さぬために、時が来るまでその猛りを内心で溜めておくのだ」


 穏やかとすら思える声音のデュークは、我をそう制した。

 確かに戦はもうすぐ始まる段階に来ており、監督官である鈍鉄騎士殿がそろそろ開始しようとしている素振りが見受けられた。

 ならばその時まで、我も魔力を練り上げて待つとしよう。


『……うし、始めるぞ! 用意はいいなッ!? では、開始ッ』


 しばらくし、鈍鉄騎士殿による開始の宣言が響いた。

 それと同時に突撃を開始する。我等だけでなく、骸骨騎兵団も同様だった。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ、我に続けェッ!!」


「隊列を乱すなッ、速度を落とさず突き抜けろッ!」


 まるで矢尻のような陣形を維持したまま進む我等に対し、スカーフェイス率いる骸骨騎兵団は【トライオルの激動】と呼ばれる突撃陣形を構築した。

 まるで三叉の矛(トライデント)のように突出した三点で敵を穿ち、三点の間に入り込んだ敵は挟撃して磨り潰すという攻撃的な陣形は、優れた連携が無ければ容易に崩れる諸刃の剣である。

 しかし骸骨騎兵団はその特性から乱れというものが無く、その破壊力は想像を超えるだろう。


「オオオオオオオオオオオッ!」


 【トライオルの激動】で最も重要な中央の穂先は当然のようにスカーフェイスであり、その両隣の穂先はブラックデスナイト・キャバルリという重武装した指揮官級が固めている。


 正面から当たれば、個として優れるスカーフェイスに我等の陣形は砕かれ、両の穂先によって挟撃されて壊滅するのは必至。ならばこそ、正面突破は不可能と判断せざるを得ない。


「正面右に集中せよッ!」


 狙うはスカーフェイスよりはまだ楽なブラックデスナイト・キャバルリ一択である。

 左右に居るが、右側の方により開けた空間がある地形上、即座に右を選択した。

 進路をやや傾けつつ疾走するが、敵も微調整してくるので上手く狙えない。無理に固執すれば、スカーフェイスに陣形を分断されかねない。


 その為【魔法】などの遠距離攻撃を使える者達が思い思いにスカーフェイス達の進路を妨害しようとした。

 地面から隆起する岩の壁。青白く燃え盛る炎の境界。渦を巻く水の城壁。盾を貫く強弓の一矢など、妨害方法は多種多様だ。

 幾重にも重ねられたそれ等は、容易に踏破できない、と思われたのだが。


『ガタタタタタタタタタッ』


 邪魔をするなとばかりに、スカーフェイスは顎を小刻みに動かし歯を衝突させて異音を発す。

 そして下半身にあるまるでケルベロスのような三つの竜頭が口を開いた。

 それぞれの口からは金属すら短時間で溶解させるだろう業火、鉄砲水のように膨大な量がある帯電水、一つ一つが子供の頭ほどの大きさがある無数の石礫、という三種の攻撃が放たれる。


 それ等は妨害しようとした一切を消し飛ばしただけでなく、やや減衰しながらも先頭を走っていた我にまで襲いかかり、構えた【大地竜盾アスガバルド】と激突した。

 呼吸すら困難なほど高温の業火が、触れるだけで感電する高圧水の放流が、絶え間なく射出される高硬度の石の弾丸が、しかしアスガバルドによって防がれる。


「グヌウウウオオオオオオオオオオオッ」


 しかしその重圧は凄まじく、全身から力を捻り出さねば呆気なく押し負けそうだった。


 そもそも我が王が創造せしスカーフェイスは、様々な強化が施されている。

 その一つが竜種の【竜の息吹(ドラゴン・ブレス)】を模して造られたこの攻撃である。


 事前に知っていた、故にこの程度の攻撃は覚悟済みだった。

 我が役目は先頭に立って突撃する事であり、また敵の攻撃をより速く受け止めて後続の助けとなる事である。


「ラブラ殿、見事ッ!」


 攻撃もやがては衰える。

 攻撃が止めば彼我の距離は既に僅かしかなかったが、多数の妨害によりスカーフェイスと左側は陣形に乱れが生じ、標的である右側から距離が離れていた。

 完璧ではないが目的は達成され、敵勢力を削る好機だった。


「戦友デューク、一番槍は譲ろうッ」


 最初よりも速度を落とした我の横を、速度を上げた頭部のないデュークが駆ける。


「イヤアアアアアアアアッ」


 裂帛の気合と共に、雷鳴のように鋭く突き出された騎士槍は、同じく突き出されたブラックデスナイト・キャバルリの騎士槍の軌道を逸らし、その胸骨に深々と突き刺さる。

 互いの勢いが乗った一撃は致命的で、その骨体は呆気なく砕け散った。


 後続もデュークの後を追うように続き、敵陣形を穿っていく。

 勢いに乗ったコチラが優勢で、敵は轢殺され砕け散っていく。個体としてみればこちらが優位、群体として相手にせねば、当然の結末と言えるだろう。


 だが追い付いたスカーフェイスがそれを簡単に許すハズもなく。


『ガタタタタッガタタタタッ』


 我等を追っていた後続に対して、スカーフェイスは上半身にある左右四対の腕を大きく広げた。

 手に持つ七個の生体武器――【刃壊しの魚骨大剣(フィッシュ・スパイク・ソード)】、【生贄殺しの大長鉈(ラムル・ダオルト)】、【粉砕する鉄棘星(モーニング・スター)】、【右方の城壁盾(ライト・タワーシールド)】、【左方の城壁盾(レフト・タワーシールド)】、【鉄蠍の長槍(スコーピオン)】、【合成構材の大弓(コンポジット・ロングボウ)】――を構え

、下半身の竜馬の側面にある折りたたまれていた副腕を伸ばして骨槍を握り。


 尚も近づけまいとして我等が放つ魔法の数々と矢や投剣などによる遠距離攻撃が集中するも、黒い残像を残す程の速さで乱舞するスカーフェイスの攻撃にその尽くが粉砕される。


 嵐のような攻撃を切り抜け我等に迫ったスカーフェイスは、しかし互いに速度に乗っていたので、すれ違ったのは僅かに一瞬の事だ。


「何とッ、あの一瞬で狩り獲るかッ」


 しかしそれだけで、少なくとも二十名近くが脱落しただろう。

 スカーフェイスの攻撃にさらされ、損傷を負った者はそれ以上に多い。


『ガタタタタッガタタタタッ』


 機動に優れ、攻撃に優れ、また防御にも優れたスカーフェイスは我等に配下である骸骨騎兵団を百体程削られながら、その二つの頭骨で我等を冷静に観測している。

 その程度の損害など問題にならないと嘲るような音を出しながらゆっくりと大きく弧を描き、再び突撃陣形を整え始めている。


 それは我等も同じであり、再びの衝突まであと僅か。


「おお、おお。やはり強しッ」


 一進一退、血湧き肉踊る戦闘に気が高まり続ける。

 燃えるように魔力を消費し、我等は駆ける。


「まさにこれぞ戦場の醍醐味よなッ」


 ただ敵を駆逐せんと猛りながら。

 戦場を我等は駆けた。



■ ◎ ■



 ちょいちょい強化しているスカーフェイスの調子も良く、またそれなりに騎馬戦でのやり方も勉強する事が出来ただろう。

 種族的に騎馬戦が得意な者も居たが、そういう団員は他の団員の手本になったり、基礎的なやり方をよく知っているのでかなり有用だった。

 特にドラゴタウロスとかケンタウロス当たりは優秀だった。


 まあ、それでもスカーフェイスの方が強かったりするわけだが。

 何て、生成主として自慢してみる。


 ともあれ、祭りも明日で最終日だ。

 最後はドデカイ花火にしたいので、皆の英気を養い疲労を取り除く事に尽力する。


 祭り最終日まで全ての催しモノを体験し、脱落しなかったメンバーは少数ながら居るが、全員をどん底に叩き込んでやろうなんて所存である。


 腹一杯美味い飯を食べて、いい夢見ろよ。

 何て思いながらベッドで寝転ぶ。



 [世界詩篇[黒蝕鬼物語]【鬼乱十八戦将】である鬼若が存在進化(ランクアップ)しました]

 [条件“1”【存在進化(ランクアップ)】クリアに伴い、称号【暴乱王(ぼうらんおう)】が贈られます]



 意識が途切れる寸前に聞こえたアナウンス。

 オーロとアルジェントにやや遅れ、どうやら鬼若も【存在進化】したらしい。

 予想通りの結果でもあるので、さっさと寝た。

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