Day 191[]
“百九十一日目”
開店セール二日目。
どうやら開店初日にやって来た客が更に言い広めてくれたらしく、朝からそこそこの数の客が入った。
だが、どうにも客層に偏りがある。
具体的に言うと、下手な貴族よりも金持ちな場合がある豪商といった類ではなく、貴族の武官や文官といった王国の中でそこそこ高い地位に居る者達が多かった。
この貴族関係の客は数名の従者を引き連れて本人が来る場合もあるが、主に命じられた執事やメイドといった使用人が様子見を兼ねて商品を買いに来る場合もある。
割合としては半々くらいだが、個人的には後者よりも前者の方がありがたい。
主の使いで来る後者は個人的な品も買っていく事が多いのだが、使用人の給料は平民からすればかなり高くても、好き勝手に物を買える額は知れている。
だが前者の場合は荷物持ちとなる従者が居るので、気まぐれで様々な品を大量に購入したり、あるいは平民では手が出せないような高額の商品を買っていく、といった事もあるのでコチラとしては当然嬉しい。
開店前の予想と違い、高額の商品の売れ行きは思ったよりも上々で、ほくほくモノだ。
ちなみにだが、これ関係はお転婆姫とか、第一王妃とかが原因だと思われる。
もしくは第一王妃の従者などが昨日持ち帰った情報を、【五大神教】の隠れ信者ネットワークとでも言うべき情報網で広めた可能性も捨てきれない。
客を観察していると、全員ではないが貴族やその従者の中に、【五大神教】の信者を示す紋様を刻んだ装飾品を身につけている者をそこそこの数確認する事ができた。
それに接客している俺に最近では慣れてきた、あの何とも言えない視線を向けてくる事からも間違いないだろう。
まあ、ともかく、どうであれ今後暫くは問題なく客が入る確率が高いと思えば、多少肩の荷も下りる気分だ。
開けたばかりなのに、開店休業とか笑えない。
だがだからと言って、安心はできない。
最初は珍しさから一度来たとして、そこで止まっては駄目だ。また来ようと思うような、他店には無いサービスや商品の充実は日々続けるべき課題だ。
そしてこの世界は情報伝達技術がまだまだ未発達なので、宣伝となると口コミは非常に重要だ。
一度悪いイメージばかりになってしまうと挽回はなかなか難しいので、最初から良いイメージを構築するよう努力せねば。
なので接客は基本中の基本、笑顔で行っている。
ただ、それにも問題が一つあった。
他の団員は良いのだが、どうやら俺が笑うとかなり迫力があるそうで、昨日初めてやって来た客――お転婆姫など知り合いは除いた、栄えあるお客様第一号――はそれだけで腰が抜けそうになってしまった。
本人曰く、喰われる、と本能的に思ったそうだ。
自分の事ながら、流石にその反応は少し傷ついた。
と、俺個人の感情はともかく、これは反省すべき点である。
事前にカナ美ちゃんとかが忠告してくれてもよさそうな部分だが、俺の周りには慣れてしまった者しかいないので盲点だったのだ。
なのでその反省を生かし、改善する為に色々と試みた。
その解決策として、俺は接客時に
【威圧脆弱】の効果は敵から受ける威圧攻撃に対して弱くなる、つまり俺がビビりやすくなる、というモノだ。
一見すれば使い道が無いようなアビリティだが、発動させると俺が無意識のうちに周囲に発する威圧が脆弱化してしまう、という副次効果がある。
これに気付いて早速試してみた所、客に恐怖を抱かせていた無意識の威圧感は緩和され、客に怯えられる確率が格段に低下している。
【威圧脆弱】は俺の場合、接客時には有効なアビリティとなる訳だ。
本当に、何処で何が使えるか分からないものだ。
これで一先ず憂いは無くなり、俺達は働き続けた。
貴族の使いでやって来た老年の執事に、注文した以上の品質の商品を予想よりも安く売って関心を引き。
細かい注文が多いのはともかく代金は『出世払いしたい=ツケで』とか抜かす貴族の四男坊を裏で軽く絞めて社会のルールを叩きこみ。
可憐な衣服や装飾品で着飾った貴族令嬢一行を、言葉巧みに誘導してカナ美ちゃん達が考案して売り出している衣服が目に付くように仕向けた。
他にも前々からあるだろうと予想していた通り面倒な客もそこそこやって来たが、概ね滞りなくさばく事ができている。
とはいえ、それでも面倒な者は居る。
今日一番面倒だったのは、そこそこ鍛えられた肉体と手入れされた立派なカイゼル髭が特徴的な、柔和な笑みを張りつけた一人の貴族だ。
爵位は侯爵とかなり高く、先のクーデターでは【貴族派】ではなくお転婆姫の勢力に与した数少ない有力者の一人である。
今はその功績によってより影響力を持つようになった人物で、今後お転婆姫にとって重要な存在になるのは間違いない。
お転婆姫の依頼で働いている時に何度か顔を合わせた事のある侯爵――本名が長いので、今後はカイゼル侯爵と表記する――は、三名の若い従者を連れてやって来た。
従者は【騎士】が二人に、【秘書】が一人という構成だ。
三人ともまだ二十代前半ながら、侯爵が幼少の頃から育て鍛えてきた為、年の割にレベルが高い。
黒金の鎧と長剣を装備し、音も無く背後に控える騎士二人は精悍な顔つきの青年で、どちらも体格がよく、よく鍛えられた屈強な肉体をしていた。
恐らく以前の鈍鉄騎士にやや劣る程度の戦闘力はあるだろう。
私兵としては、かなり優秀な部類だ。
騎士二人の前で、カイゼル侯爵の斜め後方に控える秘書はやや気難しそうな顔つきと鋭い眼光も相まって、近寄り難いが仕事のできる女性、という雰囲気を纏っている。
それに巧妙に隠されているが身体の動きの僅かな違和感から、様々な暗器を服の内部に仕込んでいるのだろう、と推察できた。
正面から戦えば背後の青年達には負けるだろうが、搦め手を使った戦法なら、もしかしたら彼女は二人に勝てるかもしれない。
確証は無いが、何となく勘でそう思った。
どちらにせよ、カイゼル侯爵の護衛は堅牢だ。暗殺しようにも、普通なら困難を極めるだろう。
優秀な従者を引き連れたカイゼル侯爵は、壁に展示されている高級商品――故・大臣が収集したマジックアイテムの一部――の由来を聞いたり、レプラコーン達が製作した衣服を次々と見て回った。
気に入れば値段は殆ど見ずに気前よく買ってくれるのはありがたく、騎士二人が持ち帰る荷物は時間が経つ毎に増えていった。
やがて積み重ね過ぎて前が見えないのではないか、という段階になってもまだ積み重ねていく。重量もそれに比例して増え、屈強な二人でも次第に腕が僅かに震えだした、といえばどれ程買ったか何となく想像できるだろうか。
カイゼル侯爵は気前のいい上客と言えるだろう。
ただカイゼル侯爵の背後で重いため息を吐いている秘書さんは、あえて見ない事にした。
主の財布を預かる身としては、気苦労が絶えないに違いない。
ちなみに、増えすぎた商品はコチラがカイゼル侯爵の邸宅まで輸送する事になった。
大量購入に対する一種のサービスで、無料で行う事にしている。
大量の荷物を持たなくてもよくなった騎士二人と、運賃が無料になった事で浮いた経費を想った秘書達がホッと息を吐いた姿は、何処か哀愁を誘った。
それにしても、カイゼル侯爵は話が上手い。
その見た目に反して、と言えば失礼だが、豊富な知識の持ち主だ。細々とした
店員と客という関係ではなく、普通の友人として付き合いがあれば、何かと面白い事があるだろう。
だが、カイゼル侯爵の内心は俺達を取り込もうとする気満々なので油断できない。
大孫達を排除した俺達を侮っている雰囲気は全くなく、むしろ王国の、お転婆姫の為に是が非でも取り込むのだ、という情熱というか気概と言うか、正面から相手するには疲れてしまう。
だが嫌いという訳ではない。むしろ好ましく、恨めない存在だ。
故に、だからこそ扱いに困るから面倒だ。
下手な事を言いかけると、蛇の様な眼光を宿す時がある。
言質をとられないようにする為、発言する時はよく考えなければならない。
だが蹴落とし蹴落とされの貴族社会で鍛えられ、先のクーデターでもさらりと危機を回避して生き残っているだけあって、舌戦ではカイゼル侯爵が優位だ。
残念ながら、俺とは経験が違った。
それでも何とか切り抜けて精神的に疲れる一時が終わり、ホッとしたとしても仕方ないだろう。
後は細々とした接客やらをして、今日の所は終了した。
そして今日一日で改めて理解したが、やはり俺の性格では接客業は合わない。
契約時のやりとりなんかは大丈夫だが、こればかりだと精神的な疲労が溜まり過ぎる。というか、やはり一部の熱心すぎる視線に晒され続けるのは肩が凝る。
一時的なモノならまだいいが、継続的なモノにはまだまだ慣れそうにない。
他にもやらねばならない仕事があるので、取りあえず明日からは得意な奴らに一任する事にした。
現場は現場、運営は運営でそれぞれ分担すべきである。
Day 192[]
“百九十二日目”
開店セール三日目。
今日は店に出ず、屋敷の一階部分改築の方に力を注ぐ。
親方達は昨日も作業していたのだが、雑用係にした団員達の働きもあって、作業は思った以上に順調だ。
とはいえまだまだ時間は必要だが、これなら予定よりも早く完成しそうである。
ちなみに、店の方は店長に任命した女武者に任している。
その補佐として機転も効くし種族的に容姿の良いエルフ(男)や、この為に連れてきた【
昨夜の内に売れた商品は補充しているし、在庫もまだまだ豊富だ。
問題は特にないだろう。
と思っていたのだが、昨日よりも更に繁盛しているようで、改築作業中に何やら助けを呼ぶ声が聞こえたような気がした。
だが、俺は心も鬼にして沈黙を貫いてみた。
今日は昨日と違い、様子見に来た豪商や素材を買いに来た【錬金術師】などが多かったらしく、一度の売買でかなりの量がやり取りされている。
商品の値段は品質の割にはやや安い値段に設定しているし、セール中なので更に安くなっているのだが、基本的にコチラの世界では値切りが基本になる。
店としては値段を固定したいのだが、この世界は一般的に値段交渉をする事が多いので、ある程度は黙認する事にしている。
その為商人達は安く抑えようと舌を動かすので、流石の女武者も苦労していたようだ。歴戦の商人の執念は凄いと言うべきだろうか。
それに紆余曲折あって団員となった商人系職業持ち達とは、正直言って商人としてのレベルが違う。全体的にコチラが不利で、終始押され気味だった。
値切り、値切られ。言葉の勝負が幾度となく繰り広げられた。
しかしそれも経験だ、と言う事で。俺は分体経由で女武者達が働く姿を見守った次第である。
そうしたのも、例え相手に圧倒されてしまっても、商品の大部分は先の戦争で得たがこれまで使われなかった物だったり、原材料が大森林から採れる物だったりするので、元値が普通よりも格段に低いからある程度値切られたとしても売れただけでそこそこの利益が出るから問題ない、という事情があるのでそう判断したまでだ。
女武者達は、今日いい経験を積んだ事だろう。
ただ予想に反して、女武者達は値切られる事はあっても、予想値よりは値切られなかった。
その働きには何らかの報酬があってもいいだろう、と思う程度には努力が窺える。
そんな事を考えた夜、女武者達店舗組はグッタリとしていた。
肉体的よりも、精神的な疲労が多いようだ。
店舗の掃除や商品の補充は今日の訓練を終えた≪ソルチュード≫の少年少女達に任せ、仕事を頑張った店舗組をドリアーヌさんから貰って来た特製アロマオイルを使ったオイルマッサージの練習台にする。
一階部分が完成すれば貴族や豪商向けのマッサージ店などを開く予定なので、その時に困らないよう、とりあえず使えそうな人材の育成を今のうちに済ませておこう、という訳だ。
勿論店舗組の報酬、という意味も含んでいる。
今日の一番の功労者である女武者は俺が担当し、他はそれぞれ思い思いの相手を担当する。
何故かマッサージ店でマッサージをする予定のないカナ美ちゃんと赤髪ショートが、俺の両隣でオーロとアルジェントを相手に練習するようになっていたが、それはともかく。
コチラの世界には施術者は国家資格が必要、などと法律で決められてはいないので、基本的な手技や注意事項などを教えるだけなので楽なモノだ。
熟練した腕となるには相応の時間と経験が必要になるが、多分続けていけば【マッサージ師】や【
赤髪ショートなどに聞いた所【マッサージ師】や【按摩師】などという【職業】は聞いた事もないそうだが、知らないだけで存在するかもしれない。
うむ、あれば儲け物程度に思う事にして。
屋敷の一室に多数のベッドを並べ、大体一時間程練習しながらやってみると、ドリアーヌさん特製のアロマオイルの効果も相まって、店舗組の疲労はかなり軽減できたようだ。
室温はマジックアイテムによって適度な温度に保たれていた事もあって、殆どの者は途中でグッスリと寝ている。
まだ起きていた団員に聞いてみると初心者でもそこそこの効果があったので、今後も練習を続けていけば使えるようになるだろう。
時間があれば自主練習するように言って、今日は解散した。
Day 193[]
“百九十三日目”
今日は朝から雪が降る。
昨日も降ってはいたのだが、今日の方が勢いがある。朝の時点で既に積雪は八十センチ近くあり、この分だと更に積もるだろう。
店舗の入口周辺は扉に設置した風精石と火精石を使用したマジックアイテムによって断続的に除雪されているので問題なく店を開けているのだが、肝心の客はあまり来そうにない。
よっぽどの用事が無い限り、今日は家に引きこもる者が多いのだろう。屋根の除雪もする必要があるだろうし、道路の大部分は除雪されずに埋もれていたりするので、それも仕方ない。
それに親方達からも、今日は大雪なので休みにしたい、と渡しておいた名鉄経由で連絡が入っている。
なので、今日は店員の人数を最低限だけにし、仕事のない団員全員を一ヶ所に集める。
というのも、久しぶりに心おきなく訓練する事ができる絶好の日であり、かつ丁度いい事に雪が降っているからだ。
だだっ広い平原や草の生い茂った草原、熱砂が吹き荒れる砂漠や湿気の多い湿地帯など、様々な環境でも十全に動けるようにする為の訓練を積むのに、天然のこれを逃す手は無い。
ある程度はアビリティで疑似環境を用意する事もできるが、この規模になると今の俺ではできない。
単純にアビリティも不足している。氷結など温度低下系はまだ持っていない。
魔術を使えばできない事もないだろうが、それは無駄が多すぎるのでできればしたくない、というのが本音だ。
ともかく、屋敷の中で十分な柔軟を終えた後、装備を整えて訓練場に出る。
団員は雪と冷風で体温を奪われないようにモンスター素材や俺の糸などで造られた分厚く撥水性の高い外套ならびに防寒具を羽織り、その下に
これで基本的な行軍時のような状態が出来上がった。
こうして準備を整えた訳だが、当然訓練場は積雪で白く覆われている。
この状態での行軍だと、マジックアイテムやテイムしたペットで除雪しながら進むのが一般的だ。
しかしそれが無い状態だと、人力で雪を掻き分けて掘り進む場合もある。最初はこの方法をしようか、とも思った。
が、まだまだ体力に不安のある少年少女が多い≪ソルチュード≫達が居る事もあって、今回は見送る事にした。
訓練場の積雪は最近レベルが上がり過ぎて取り扱い注意な【
地面は大量の水を吸ってグチャグチャにぬかるんでいるが、あえてそのままにする。大雑把に水分を取り除けない事もないが、ぬかるんで泥となった地面は負荷となって丁度いい。
それに水分を全て吸い取ったとしても、時が経つにつれてまた雪が積もり、何度も踏まれる間に溶けて、同じような状態になるだろうからこんなもんだ。
ざっと状態を整えた後、俺を先頭に隊列を組む。
まだ準備運動の段階なので、列を乱さない事と走り続ける事だけを最低限度の目標に据え、三十分程続けてみた。
走り始めは外気が冷たいので呼吸する度に肺が凍えそうだが、運動すれば内部から熱が発生する。
最初はあった寒さも、走っていれば身体から湯気が立ち上る程の熱によって問題にならない。
あまり速くは走らなかった事もあって、まだ幼い≪ソルチュード≫達も息を切らしながらだが何とか最後まで走り通した。
とはいえ流石に年少組にとってはまだかなり酷だったようで、走り終わると同時に寝転がる者や嘔吐する者も出た。
それでも最後まで必死に走っていたので、一先ず良しとする。
流石に動けそうにない年少組は一旦休憩させ、まだまだ余力がある残りは二人一組を作って、パラベラム内では既に基本となった実戦的戦闘訓練を開始した。
刃引きされていない武器での戦闘訓練は、当然怪我をする確率が高い。というか、ほぼ百パーセント怪我をすると言ってもいいだろう。
剣尖が掠る程度なら分厚い防具が防いでくれるが、それでも衝撃は身体に徹る。
打ち所が悪ければ死にかける事もあるし、骨が折れるなどは毎度の事だ。幸いまだ四肢欠損などの事態には至っていないが、それに近い怪我はこれまで何度かあった。
その度に俺やセイ冶くんなどが治すので、後遺症が残る程の致命的な怪我を負った者はまだいない。
非常に危険な訓練法なのは理解しているが、手っ取り早く全体的な能力を伸ばすのにはやはり実戦が一番なのは間違いない。
実際、この訓練を開始してから団員の痛みに対する耐性は向上したし、接近時の戦い方などの熟練度は高く、戦闘能力は飛躍的に上昇している。
俺による各員の成長補正効果もあるだろうが、やはりこうした訓練によって伸びている部分は大きいのだ。
出すつもりはないが、今後訓練中の死人が出たとしても、恐らく止める事は無いだろう。
しばらくそれを続け、復活した≪ソルチュード≫達も加えて更に数時間。
昼食もとらず、緩急をつけながらじっくりと身体を動かし、寒冷地で身体がどのような反応をするのかある程度把握できた頃。
俺一人対他全員百名以上、という訓練をやってみた。
俺は徒手空拳でアビリティ使用制限というハンデを背負い。
他はカナ美ちゃんに率いられて俺を包囲した状態から開始した。
皆日頃の恨みを晴らすべし、とでも言いたげな目をして俺に襲いかかって来たのは、非常に印象的である。
で、その結果、一時間を過ぎる頃には死屍累々の山が訓練場に出来上がっていた。
立っているのは俺以外だとカナ美ちゃんしかおらず、他は全員、赤髪ショートやオーロとアルジェント達も含めて地に転がっている。
それぞれが負った怪我の度合いは、優れた者ほど重傷となっている。
まだ幼く未熟な≪ソルチュード≫達は拳圧だけで吹き飛ばせる程度で、擦り傷や打ち身程度の軽い怪我しか負ってはいない。
それ以上の攻撃を受ける前に、立っていられなくなったからだ。
対して高い戦闘力を誇る団員は片腕がグチャグチャに折れていたり、大小無数の裂傷を身体全体に負って血を流していたり、とそこそこ悲惨な状態だ。
ある程度の攻撃を喰らわせても即座に倒される事は無く、耐えてしまえたからある。
やり過ぎたか、と思わなくもない。
が、実戦なら死んでいるので、これくらいやっていた方がいいだろう。
ともかく、溜まっていたストレスもこれで多少は発散できたので個人的には満足している。
団員達の向上具合も予想以上で、両手両足には、それなりの数の傷がある。
アビリティを使わなくても肉体が持つ高い再生能力によって既に赤い線が薄らと見える程度になっているが、骨にまで達していた怪我もあったのだ。
満足度は過去最高、とは言わないが、それでも非常に高いのは間違いない。
いやはや、今日は良い一日だった。
気分の良いので、皆の治療には俺の血を混ぜたライフポーションを振る舞い、夜食にはワイバーンの肉やその他高級肉を使用した。
ワイバーンのモモ肉ステーキ、うまー、である。
ジャンダール牛の霜降り肉しゃぶしゃぶ、うまー、である。
ベンジャル鳥の丸焼き、うまー、である。
どれもこれも美味だが、やはり生物としての格が高いからか、ワイバーンがこの中では一番美味い。
あの舌の上で弾ける肉汁が、口に入れると溶けるような食感が、堪らんとです。
ちょっと、ジャダルワイバーンではない他の竜肉が欲しいので、機会があれば狩りに行こう。
いや、単鬼で神代ダンジョンに挑むべきか。
暇を見つけて、行こうと思う。
Day 194[]
“百九十四日目”
今日も今日とて雪が降る。
ただし昨日よりは勢いは弱く、その代わりに風が強い。
風が当たるガラスは震え、カタカタと音を鳴らしている。
木々に降り積もった雪は風に巻き上げられ、粉雪を舞い散らせている。
凍てつく強風を浴び続けると容赦なく身体から熱は奪われる。
吹き付ける風が強い程、体感温度は低くなる。
凍傷になる確率は昨日よりもグッと高いだろう。
今の俺には問題にすらならない程度ではあるが、精神的には温かい家の中で籠っていたい。
温かい暖炉最高。揺れる火を見つめていると、引き込まれそうになる。
ただし温かいコタツは至高の存在だ。一度入れば、抜け出すのに並々ならない精神力を必要とする。
そして天上は天然の温泉だ。浸かった先から解れる身体、まるで魂が抜け出すような心地よさ。
ああ、拠点に帰ってゆっくり浸かりたい。
用意された朝食をカナ美ちゃんや子供達と囲んで食べながら、心底そう思っていた。
だが、ふととある案が脳裏を過った。
こんな日でも休む事無く王都を巡れる個人タクシー的なモノとか、やれば宣伝にもなるし儲かるんじゃね? というものだ。
俺の手札の一つ、骸骨百足。
【下位アンデッド生成】によって造ったスケルトンの骨を原材料に、【骨結合】で形を整えたアンデッド・キメラ。
馬に牽かれる馬車とは比べ物にならない程快適な走行を約束し、しかもアンデッド故に疲れず、俺の意思一つで簡単に量産できるし維持コストも非常に安価、という夢の様な乗り物。
欠点として剥き出しのままでは陽光などによって呆気なく浄化されてしまう事だが、それは分体や金属でメッキ加工する事で簡単に防ぐ事ができる。
実はお転婆姫から譲ってはくれまいか、と直談判されたが断った事もある、運用法に数限りない可能性を秘める骸骨百足。
それを個人的に使用する様な規模の、具体的に言えば四人乗り程度の大きさにし、タクシーの様な感じで運用する。
維持費も馬車より遥かに安いので、運賃は抑える事ができる。
運賃が安く便利で速いとなれば、利用する者は必ずでる。
それにこの季節ならついでに除雪する事で、王都の経済を活性化する切っ掛けにもなる。そうなると、店舗の方に客が来る可能性も高くなる。
そして生活の一部として受け入れられれば、その利益を継続的に獲得できる。上手くいくかどうかはともかく、金策の一種としては悪くない。
例え失敗したとしても、失うモノは殆どないと言えるのだから。
ただ王国の法律ではどうなっているのか分からないのが難点だ。
もしかしたら何かしらが法に触れ、有罪と判断される可能性が、無いとは言い切れない。それに細々とした手続きが必要になる可能性も高い。
まあ、そこら辺はお転婆姫に聞いてみればいいだろう。
よし、思い立ったが吉日だ。
と言う訳で、朝食を終えた後はお転婆姫に先の案の話をする為、王城へ出向く予定が出来た。
俺が除雪機ならぬ除雪鬼となって屋敷から王城までの道を除雪しながら進んでもいいのだが、せっかくなので、まずは骸骨百足の簡易量産バージョン試作品の製作に取り掛かる。
材料はアイテムボックスに入れているので準備にさほど時間は必要とせず、製作開始してから多分一時間も経っていなかっただろう。
試作品【骸骨蜘蛛】
百足のように長い胴体を持ち、一度に大量の人材や物資の運搬を可能とした骸骨百足とは違い、少人数用の骸骨蜘蛛はやや小さく、運搬能力は低い。
だが設計通りに運転手を除いて四人がゆったりと乗れるだけのスペースはあるし、荷物は屋根の上に置ける仕様なので見た目以上に乗せられる。
あくまでも骸骨百足と比べてスペックは低いというだけで、十分過ぎる能力は秘めている。
問題は外見だが、擬態モードでは四輪を設置した長方形の箱のような形状をし、今回は運転席の前方に雪を水に変える能力をエンチャントした鉄板――
使用した骨はあらかじめ腐食し難い金属でメッキ加工を施したモノを使用したので、せいぜい奇妙な形状をした金属製の馬車、といった所か。
骸骨百足同様動力はどうなってるんだ、と思われる可能性は高いので、新作のマジックアイテムを動力源としている、という事にする。
それっぽい設定があれば、専門家でもない限り意外と騙せるモノである。
そして内装は、俺の糸と分厚い布、そして大森林産の木材を使用した。
下地に【自己体液性質操作】を使って加工した糸を使用する事で衝撃吸収材兼断熱材とし、その上に分厚い木の板を敷き、糸をもう一度敷き詰め、最終的に布で覆う、という具合だ。
これだけでかなり内部の快適度が違ってくる。内部は温かくなったし、僅かにあった衝撃も殆ど感じられなくなった。
骸骨百足程ではないが、骸骨蜘蛛はそこそこの力作だ。
そうして出来上がった骸骨蜘蛛。
それに乗って道中の除雪をし、辿り着いた王城の一画、琥珀宮の門前。
思い立った時に連絡してアポをとっていたのでスンナリと中に入る事ができ、待つことしばし。
出された高級品の紅茶を啜っていると、少年騎士を引き連れたお転婆姫がやって来た。
相変わらず元気そうで、少々の世間話を交わす。クーデター後の王城内部は慌ただしさもまだ残っているようだが、問題は粗方片づけたようだ。
現状の確認が済むと、話を骸骨蜘蛛に持っていく。
お転婆姫の反応は上々だった。
王都は王国の中心でもあるので敷地は広く、歩いて回るとなるとかなり大変だ。それを補う為、これまでは辻馬車が走っていた。しかしその数は案外少ない。
馬糞や馬車の維持費といった細々とした問題もあったのだが、色々と利権が絡んでいたし先のクーデターもあって、その辺りはまだ十分整っていなかったようだ。
そして雪が降り始めた事も相まって、現在は仕方なくほぼ休止している状態にある。
そこにこの骸骨蜘蛛の登場となった。
埋もれる程の雪が立ち塞がっても動き続ける事が可能なだけでなく、雪や嵐の日でも問題なく運用でき、何より安価な国民の足になる。
お転婆姫に一枚噛ませる事で面倒な手続きを代行してもらう事と引き換えに、王国はその利益を直接的ではないにせよ経済活性という形で享受する。
仲良く共存共栄していきましょう、と言った所だろうか。
実際に乗ってみてどうか決める、とお転婆姫は言うのだが、殆ど答えは出ているようだ。
それでも決定を伸ばしたのは、実際に乗って見たかったからだろう。歳相応に好奇心旺盛なその姿に、思わず笑みが零れた。
それで実際に乗ってみて、気に入ったようだ。
骸骨百足は無理でも、これならいいじゃろう? と懇願される程の気に入りようだ。
まあ、これなら良いか、と持ってきた骸骨蜘蛛を一台贈呈する事にし、後は何台用意して料金はどれくらいで何処を走らせるか、と細々とした決め事を整えていく。
お転婆姫とは、これからも良き関係を続けたいモノである。
商談が終わった後は、屋敷に帰ってせっせと骸骨蜘蛛の量産に取り掛かる。
一度完成してしまえば手順もある程度決まるので、骨格は俺が、内装などは手の空いている団員を使って時間短縮に取り掛かる。
Day 195[]
“百九十五日目”
今日も変わらず雪が降る。
王都は白く染まり、ちらほらと外で雪かきに励む国民の姿が見える。
そんな中、一台の骸骨蜘蛛が王都を走っていた。試運転も兼ねたそれは、車体に店舗の宣伝をする広告を張りつけ、除雪しながら疾走する。
車体前面に取り付けられた
溶けた水は道路の脇に設置されている排水溝にまで流れ、その途中にある雪もついでに溶かしていく。
徐々に徐々に除雪された幅は広がり、そこには確かな道が出来ていた。
骸骨百足がそうであったように、骸骨蜘蛛もとにかく目立つ。
特異な外見もそうだが、豪快に除雪しながら、というのもその要因だ。
ちらほらと豪快に除雪された道路に出ている者達も居て、なんだなんだと囁き合っている。
運用する際の細々とした問題点を確認しながら、俺はオーロとアルジェントと共に骸骨蜘蛛に乗っていた。
何故か、と聞かれれば、最近は訓練や店などで構ってやっていなかったので、試運転がてら連れ回そうと思ったからだ。
親子のスキンシップ、である。
王都だと骸骨百足に乗って外を走るのとはまた違った風景なので、二鬼とも面白そうにしている。
まあ、こんな日も悪くは無いだろう。
とはいえ試運転は午前中で終わり、午後からは色々と仕事だった。
骸骨蜘蛛の量産目標数は、何とかクリアできそうだ。
Day 196[]
“百九十六日目”
開店セールも今日で終わりだ。
最終日なので、ここは店舗の手伝いをする事にしよう。
だがまずは骸骨蜘蛛三十台を外に解き放つ。運転席には正装した団員達が乗り、予め決められたルートを疾走させる。
王都の主要な道路は勿論、比較的人通りの多い場所を重点的に、無数の骸骨蜘蛛達は王都の積雪を触れた先から水に変えた。
こうする事で外を出歩く者は増え、骸骨蜘蛛の車体にある広告を見る者はそこそこの数に上るだろう。
これで除雪しつつ宣伝できる。集客率上昇に繋がれば成功だ。地道に行こう。
ちなみにこの広告は既に有料で貸し出すとお転婆姫と決めているので、目に止めた商人から依頼が入るのが待ち遠しい。
まあ、そこそこ後になるだろうが、その時はガッポリ貰うので期待するとして。
道路の除雪が大雑把に済むと、雪が降る王都は普段よりもヒトの姿が多くなっていた。
この頃は大雪のせいでやや静かだった王都にも、再び熱い活気が戻ったような気がした。
それはいいことだ、と思うのだが、少々予想外の事もある。
単純に客が、多いのだ。
理由は色々とあるだろう。
安くなるセールの最終日だから、ここ数日で王都でも有名になっていたから、道路が除雪されたから、骸骨蜘蛛に張られた広告を見て、などと上げればキリがない。
ともかく、客が多いのだ。
いや、それは喜ばしい事だろう。少なくとも開店休業ではないのだし、利益に繋がる。
だが、流石に今日は手一杯だ。慣れていれば簡単に捌けるのかもしれないが、残念、まだ俺達には経験が少ない。
だがそれでもやる事は変わりなく、夜になる頃には久しぶりに肩が凝っていた。
疲れ、と言うよりも、接客によるストレスだろう。
Day 197[]
“百九十七日目”
今日は俺達王都組の事で、語る事は特に無い。
セールが終わっても店には客が来るし、一階の改装は今も続いている。
雪も降っているし、ああ、骸骨蜘蛛は今日から本格的な営業だ、と言うくらいはネタがあるか。
とはいえ、そう多く語るモノでも無い。
なので、他の団員に目を向けようと思う。
それも、少々放置気味な団員を中心に。
まず、女騎士について。
俺に忠誠の剣を捧げた女騎士は、現在、紅剣士や聖職者といった同時期に捕らえた者達と一緒に、大森林の拠点で留守番をしている。
というのも、女騎士は先のクーデター戦でも仮面などで正体を隠し、数名の下士官を討つなど地味に活躍していたので、帰りには観光がてら色々な都市に立ち寄っていた。
その途中、【
女騎士はそこそこ高い地位の貴族の娘だったので、先のエルフとの戦争の際に戦死した事になっているが、もしかしたら顔を知っている者も居る可能性は零ではない。
その為、同行していた団員達で遂行できる依頼だけを選び、女騎士達は観光もほどほどにして拠点に帰った訳だ。
そんな女騎士は最近単身で、あるいは部下を引き連れて大森林を散策し、色々と素材を回収してもらっている。
大森林は現在、精霊や星の力が濃厚な温泉が原因で以前よりも活力に漲っている。
ただでさえ広大だった大森林が徐々に広がっているし、採れる素材なども以前より質が良い。
何処で何が採れるのか、という情報は重要で、女騎士達はそれを分かりやすく地図に纏めてくれているので、とてもありがたかったりする。
帰ったら、神代ダンジョンから採れた【
他の団員には、酒と肉で良いか。
足軽コボルドから武士コボルドに
先の戦争ではあまり活躍できなかった者達を集めた部隊で指揮を執っていて、レベル上げとアイテム収集に勤しんでいる。
ある程度アイテムが溜まれば
実はそこまで期待していなかったのだが、忠誠心の強い秋田犬が率いているからか、思っていたよりも攻略速度が速い。
ただ残念な事にダンジョン攻略中に死んでしまった者も出たらしいが、危険に満ちたダンジョンに挑むのだ、どんなに注意していたとしても、そんな事はあるだろう。
死んだ者達の冥福を祈るだけに留め、秋田犬が配下から死者を出した事は咎めない。
そうなったのは死んだ者達の実力が不足していただけであり、なるべくしてなっただけだ。
概ね順調にアイテムは集まっているようだし、迷宮都市に支店を出す為の下準備も進めている。
王都で本店を出しているが、ここはあくまでも都合が良いからだ。俺の本命は迷宮都市での商売なので、重要度は高い。
武士コボルドになった事で、コボルドや足軽コボルドの時よりも遥かに高い知性は、忠誠心が暴走しない限り、非常に頼りになる。
命令すれば必死で遂行する使える部下が多いと、色々と助かるものだ。
秋田犬にも、報酬をやるべきか。
東方から偶に流れてくる名刀の類でいいのがあればやろうと思う。
ミノ吉くん達について行っている鬼若は、元気にモンスターを殴り殺していた。
というのも、現在ミノ吉くん達は迷宮都市の迷宮に潜るのではなく、天然の危険地帯でモンスター狩りを行っているからだ。
遭遇確率は密集している迷宮の方が遥かに高いのだが、天然の方が多種多様なモンスターが居るし、強さも迷宮ほど均一ではないので油断すると手痛い反撃を喰らう事もあって油断できない。
それに場所によっては最強種の一角である【知恵ある蛇/竜・龍】、あるいは強大にして巨大な【巨人】といったとんでもない存在が居たりする。
もっともそんなレベルのモンスターになると秘境の奥深くや無数の山脈を越えた前人未到の地にでも行かねば居ない事が多い――とある村の滝壺に住んでいるのは少ない例外――ので、まだミノ吉くん達は遭遇していない。
そんな深部に行くには時間が足らず、今居る場所ではせいぜい出会えたとしても、レッドベアーやジャッドエーグルといったボス級モンスターまでだ。
いや、ボス級モンスターはどれも強敵なのだが、例に出した二体はどちらも加護持ちなので通常よりも遥かに脅威的である。とはいえ現在のミノ吉くんやアス江ちゃん達がいる時点で脅威度はかなり低くなっている。
いざとなれば助けに入ると信じているので、鬼若と会う時はまた一回りも二回りも成長している事だろう。
もしかしたら存在進化しているかもしれない、と期待しておくとして、収集した死体や剥ぎ取った素材が待ち遠しかったりする。
復讐者は、鈍鉄騎士やスカーフェイス達と共に無数の依頼をこなしている。
受けるのは主に盗賊や山賊と言った荒くれ者、もしくは危険なモンスターの討伐依頼であり、村や町を襲った存在を優先的に片づけている。
きっと復讐者の故郷と盗賊山賊あるいはモンスターに荒らされた村が重なるからだろう。
その為、復讐者が依頼に挑む姿はまさに鬼気迫るモノだった。
正体を隠す鬼の仮面も相まって、人鬼と言っていいかもしれない。
討伐対象である盗賊山賊あるいはモンスターは復讐者と出会う度に瞬殺され、誰一人として生き残っていない。
正確な情報を分体が集めて教えているからこそ無駄な手間も時間も必要とせず、即座に解決しているので徐々に信頼を集めていたりする。
討伐対象の持つ財産は討伐者が貰えるので依頼が銀貨数枚――数万円程度――などのはした金でも今後を思えば十分利益になっていると言えるので、これからも復讐者には頑張ってもらいたいものだ。
そのついでにまだ会わぬ復讐者の【副要人物】と遭遇する事を祈っている。
確か【妖炎の魔女】、【守護騎兵】、【簒奪者】、【慈悲の聖女】だったか。
四人の内【妖炎の魔女】と【慈悲の聖女】は既に覚醒しているのどうのと表示されていたので、依頼をこなしていれば遭遇する可能性が高いと思っている。
このままでも大丈夫だとは思うが、復讐者の戦力アップはパラベラム全体の利益にも繋がるので、もっともっと復讐者の行動範囲を広げるべきだろう。
と言った感じになっている。
全体的に概ね順調で、今後のパラベラムの未来は明るいだろう。
と、思う。取りあえずそんな感じで、夜になったので寝た。
【世界詩篇[黒蝕鬼物語]【副要人物】であるセイ冶が存在進化しました】
【条件“1”【存在進化】クリアに伴い、称号【救光慈父】が贈られます】
【世界詩篇[黒蝕鬼物語]【副要人物】であるグル腐が存在進化しました】
【条件“1”【存在進化】クリアに伴い、称号【凶険腐導】が贈られます】
そろそろあると思っていたよ、と思いながら、俺は寝る事を優先した。
明日でいいよね、うん。
グル腐ちゃんについては、ツッコミは入れないぞ。
Day 198[]
“百九十八日目”
昨日の脳内アナウンスがあったので、二鬼に確認の連絡をとってみた。
もちろんセイ冶くんに、セイ冶くんの近くにいたグル腐ちゃんの二鬼だ。
セイ冶くんは“
【慈愛の亜神の加護】を持っていたので亜種になった訳だが、少し成長して大人っぽくなったものの、薄幸の美男子、とでも言うような外見に磨きが掛かっていた。
後衛特化の種族だが一応【鬼】なので普通の人間以上の身体能力はあるものの、それでもかなり頼りない。もしかしたら【騎士】の団員の身体能力にすら負ける可能性が高い。
その代わりに治癒能力と防御能力、体内魔力量の成長が著しいので今後ともよく働いてもらうつもりだ。
ただ、聖光鬼になった事で
顕現する武器は無骨な白銀のメイスと、白銀に薄らと金色のラインが走る盾。
盾はラウンドシールド程度の大きさだが、その表面には光の壁のような反射力場が常時展開され、セイ冶くんの意思によって範囲を広げるようだ。
これは以前無かった能力で、調べてみると最大ではミノ吉くんの城盾に匹敵する程拡張する事ができるようだ。しかも重さを伴わない優れ物。
これでセイ冶くんは自分だけでなく、周囲にいる仲間も守る事が出来るという訳だ。
癒し、守る事に優れたセイ冶くんらしい能力だろう。
それでメイスの能力だが、面白いと言ったのはコチラだったりする。
メイス、つまりは鈍器だ。重さは約十キロとメイスにしてはかなり重く、鬼珠によるモノなので普通のモノよりも頑丈にできている。
問題はそのメイスで仲間を殴ると、殴ったダメージに比例して対象を回復させる事だった。
勿論敵を殴打して殺す事もできるので攻撃に使えるのだが、回復させる為に怪我をした仲間を殴打する、というのは見ていてかなりどうかと思う。
殴られれば痛みは無いようだが、衝撃は当然ある。
傷だらけの仲間の頭部を殴る事で、仲間の傷が癒えていく。普通なら致命傷になる一撃が、その分だけ回復されるのだから頭部を狙うのは理に適っているのだが。
うん、どうかと思う。
それでグル腐ちゃんだが、“
死食鬼時代と同じく、黒髪に生気の抜けた青白い肌、黒い刺青があるのは変わりないのだが、貌はより造りモノめいた美しさを持つようになり、立ち姿もどこか気品を感じさせるようになった。
生体防具は清楚な白いドレスとハイヒールで、どこかのお嬢様のように見えるようになったグル腐ちゃんには、良く似合っている。
そのまま夜会に出ても問題無いだろう。むしろ引っ張りだこにされそうだ。
実はその一見すると儚げに見える美貌でパラベラムの美人六傑に選ばれかけ、しかし腐った趣味と本性で除外されただけはある。
ちなみに『グル腐ちゃんはどうよ? 薄幸そうで、実力も申し分ないけど』『黙ってれば美人だけどさぁ……黙っていれば。いや、黙っていても、あの目が、目がッ』『趣味が致命的だよね、割と本気で』『彼奴は、腐っているのでござる』と言ったやり取りがあったとかなかったとか。
そして精神面だけでなく、鬼腐人の種族能力として、意識して直接触れると有機物無機物関係なしに腐食させられるようになったのだから恐ろしい。
裏では徐々に同好の士を集めている彼女をどうにかすべきか、それとも個人の趣味なので深く追求すべきではないのか、それが問題だ。
それで名前だが、セイ冶くんはそのままでいいだろう。
だがグル腐ちゃんはどうすべきか。
フロ腐……だめだ、なんだか風呂や温泉に入り難い。まるで中の水か浴槽そのものが腐っているようだ。
悩む。悩む。悩んで、イロ腐ちゃんとしよう。
色々腐ってやがる、という意味を込めて。あるいは腐った色を好むから、でも可。
しかし、まったく、何故こんな色モノになってしまったのだ、イロ腐ちゃん。
思わず嘆かずにはいられない。また会った時に誰かと誰かを掛け合わせて色々と妄想する表情を見るのかと思うと、やるせない気持ちになった。
ともかく、進化祝いをすべきだろう。
そして二鬼が俺の【八陣ノ鬼将】の正式メンバーだとも分かったので、より豪勢にいくべきか。
これで揃ったのは、現在七鬼。
ミノ吉くんの【斧滅大帝】
カナ美ちゃんの【氷界女帝】
アス江ちゃんの【地殻雷槌】
スペ星さんの【崩星導師】
ブラ里さんの【剣嚇錆焙】
セイ冶くんの【救光慈父】
イロ腐ちゃんの【凶険腐導】
残り一つは何なのだろうか。
これまでの傾向から、【八陣ノ鬼将】はその名の通りに鬼ばかりで構成されているのだろう。
それも【
ドド芽ちゃんが有力そうだが、五鬼戦隊もなんか五鬼で一鬼的な扱いになってきているので、無くは無いかもしれない。
そのまんま【五鬼戦隊】とか、【
まあ、発覚するまではもう少しの辛抱だろう。経験値もそれぞれ集め、レベルを上げさせているので、しばらくすれば分かる事だ。
色々と楽しみだ。
本日の合成結果。
【亜竜鱗精製】+【堅牢なる竜鱗鎧】+【硬密キチンの外皮】+【削る鮫の肌】+【傷付かない黒使硬鎧皮】=【黒鬼王の積層竜鎧】
Day 199[]
“百九十九日目”
今日は久しぶりの休日となった。
ただし休日にしたとはいえ、店舗は開けたままなので女武者達は今日も働いている訳だが、シフトを決めて交代して休ませるようにしているので大丈夫だろう。
骸骨蜘蛛を担当する団員達も今日は休みではないが、コチラもシフトを決めているので暇はある。
それで休日の過ごし方は個人個人によって異なる。
変わらず訓練をする者も居れば、骸骨蜘蛛に乗って王都に出かける者も居る。内職をする者や、勉強する者も居る。
ちなみに俺は、単鬼で迷宮都市“アクリアム”にやって来ていた。
勿論ここにある【神代ダンジョン】の【
前回は時間も無かったので軽く一階を回った程度で中断したが、今回は最深部に至るまで、日数をかけてでも潜る予定である。
指示はイヤーカフスで出来るし、頼れるカナ美ちゃんも残している。
何かがあって俺が即座に駆け付けれない状態にあっても、カナ美ちゃんがいればどうにかなるだろう。
そしてその他の細々とある無数の仕事は部下に振り分けているので、俺が居なければどうにもならない案件というのは意外に少ない。
俺が楽をする為に使える団員は徹底的に使おう、という考えの下構築したシステムは現在滞りなく働いているので、こうして俺だけで【神代ダンジョン】に挑むだけの暇を捻出できた訳だ。
それにこうして挑むのは、クーデターでは結局一回しか【勇者】クラスの敵と戦えなかった不満と鬱憤を発散するのに丁度いい。
水勇という極上を前に我慢しなければならなかったが、ここでは自重しなくてもいいのだから。
そんな訳で迷宮都市である程度装備を整え、【
以前と変わらず、長く幅広い通路は何処か神殿の様な立派な内装で、床は
全体的に厳かで、侵しがたい雰囲気に満ちている。
清純な空気に満ちた迷宮内部は、ただそれだけで芸術品のようである。
そんな中を、単鬼で進む。
暫く無造作に進んでいると、通り過ぎた通路の陰から音も無く飛来したダンジョンモンスター。
前回も遭遇し、倒した“アイオライトエレメンタル”だった。
丸く青い核に流水を纏わせたような姿形のアイオライトエレメンタルは、飛行するスライムのようなモノだ。
核を破壊するか抉りだすか、もしくは核を覆う流水を剥ぎ取る事でしか殺せない、という特徴がよく似ている。
ただし危険度で言えば明らかにアイオライトエレメンタルが勝っている。
移動速度や体力といった各種ステータスは種族的に勝っているだけでなく、水氷系統魔術を第一階梯から三階梯まで呼吸するかのように自在に行使してくるのだ。
魔術はそれを使えるだけで十分脅威であり、半端なモノではまず遭遇しただけで殺されるだろう。
そんなアイオライトエレメンタルの核を、何かされる前に正確に銀腕で掴み取る。
直径八センチ程の蒼い核を引き抜いた瞬間流水は拘束力を失ったのか地面に落ち、床の水と同化した。
それを見ながら、掴んでいる核を食べる。
まるで飴玉のような食感と僅かな甘み。おやつに丁度いいかもしれない。
【
前回の分と合わせ、ようやくラーニングできたようだ。
アイテムボックスに殺して入れて食べたのは二十三体だったので、二十四体目という事になる。
思ったよりも早くラーニングできて、ホッとしつつ。早速使って見た。
それで分かった事は、【
使えば俺の体表に流水の鎧の様なものが纏わりついて、炎熱攻撃などに高い耐性を持つようになるらしい。逆に雷光攻撃は通りやすいという弱点もあるが、そこそこ使えそうなアビリティだ。
気を良くして、続々と高硬度の殻を持つ“ハサミヨロイガイ”や巨大魚“ディロトニス”などを狩っていく。
前回ので二階に通じる場所は既に発見していたので、あまり寄り道しなかった結果、一階は大した時間は使わなかった。
途中で幾つか宝箱を発見したので開けたり、多数のダンジョンモンスターを一方的に狩ったり、威力の高い罠を回避したり、他の冒険者パーティをやり過ごしたりしながらでも一時間と過ぎていないだろう。
ちなみに二階は一階との造りが大きく変わっているという訳ではない。
ただ二階からは通路だけでなく少々開けた空間――小部屋を多数確認でき、一階では見かけなかったダンジョンモンスターも数種確認できた。
全長は九メートル程と長く、胴周り直径三十センチ近くあり、体表から分泌される体液は潤滑剤のような働きを持つ“ミズズラアナコンダ”
二メートルを超える筋骨隆々の屈強なヒトの肉体をし、蛙のような頭部と特徴を持ち、水かきのある丸い手で三又の矛と投網を持った“
通路には出現せず、小部屋だけに出現する体長六十センチ程の銛の様な嘴と鋭い爪を持つ、高速で飛来する水色の鳥“ミズモリドリ”
他にも魔蟲や群れをなす爬虫類といった類が居たが、遭遇確率の高い、あるいは強靭で危険なダンジョンモンスターの主なモノはこんな感じだ。
ダンジョンモンスターはダンジョンによって通常の状態よりも大幅に強化されているが、アビリティの重複発動によってほぼ一撃で殺す事ができるので俺にとってはまだ死を覚悟する様なレベルではない。
だが、普通なら確かに攻略は難しいだろう。
遭遇確率も派生ダンジョンより幾らか高いので、一戦するだけでも、かなりの消費を強いられるはずだ。
特にミズズラアナコンダが十数匹纏めて入れられている古典的な落とし穴とか、単純過ぎる故に見抜き難く、一度ハマれば抜け出す術が無いだろう。
逃げようにも滑る体液に満ちた落とし穴は登る事が困難であり、そもそもミズズラアナコンダ達の絞めつけは人体だと即座に圧壊するレベルだ。
堅牢な全身鎧を装備していれば何とかなるかもしれないが、拘束から逃げられるかは別問題である。
ちなみに、通路を歩いていると気配がしたので物陰からこっそりと通路の一角を覗いてみると、落とし穴にハマってしまった他の冒険者一行の様子を見る事ができた。
どうやら数メートル四方の巨大な落とし穴にパーティ全員が運悪くハマってしまったらしく、しかも抜け出す術が無いらしい。
重装備では無い後衛は即座に全身の骨を砕かれ、強力そうな全身鎧タイプのマジックアイテムを着た前衛が最後まで残ったが、それもゆっくりと時間をかけて圧殺されて終わりだ。
五人の死体は丸呑みにされ、ゆっくりと落とし穴の蓋が閉まった。再び犠牲者が引っ掛かるまで、じっくりと待つ気らしい。
それを見ながら、俺は落とし穴を再度起動させて穴に落ちた。
大物のミズズラアナコンダが集中しているのだ、これを狩らない手は無いだろう。
普通ならぬるぬるとした体液によって、まるでドジョウすくいのように悪戦苦闘するだろうが、【
【
活きが良いのは良い事だ。
【能力名【潤滑体液】のラーニング完了】
【能力名【水呼びの蛇】のラーニング完了】
二つほどラーニングできたので残りはお土産にとっておくとして。
【潤滑体液】は【自己体液性質操作】と似たような部分があるが、単体で使用するよりもより高い効果を発揮できるようだし、そのままでもツルリとした肌は半端な攻撃を受け流してしまうようだ。
それに敵に拘束されたとしても、これで簡単に抜け出せる可能性も高い。
正直俺は身体を変形させれば使わなくても良いとは思うが、敵の意表を突くには役に立つだろう。
【水呼びの蛇】は、簡単に言えば雨乞いとか、周囲の水を集める、と言った効果がある。
ミズズラアナコンダは体表の体液を維持するのにそこそこの水が必要で、それを補充する為に身につけたのだろう。
これは上手くすれば砂漠地帯でも水脈などを発見できる可能性を秘めているので、使う場面は限定されるだろうが、あれば便利に違いない。
ほくほくしつつ、ミズズラアナコンダの中にある冒険者達の死体から装備品を回収して穴から飛び出る。
既に死んでいるので後はダンジョンに喰われるだけなのだから、アイテム類はありがたく頂いた訳だ。
死体はミズズラアナコンダ達が喰った後なので食指は動かず、落とし穴の底に放置している。
そんな感じでダンジョン攻略はそこそこ順調に進んだ。
派生ダンジョンなどよりも遥かに広いので下に向かう階段を発見するのにはかなり苦労させられたが、一日で何とか五階まで降りる事に成功し、その最奥にある階層ボスが待ち受ける大部屋の直前にある安全地帯に到着している。
夜食はダンジョンモンスターで賄いつつ、明日は朝一で階層ボス戦に挑む予定だ。
明日は早いので、十分な休息を得る為にさっさと寝た。
骸骨百足をアイテムボックスに入れていたので、肌寒いダンジョンでも温かく心地よい眠りである。
Day 200[]
“二百日目”
突然ではあるが、階層ボス戦の前に、五鬼戦隊の話をしよう。
五鬼戦隊とは、かつてゴブリンだった時の俺の寝込みを襲撃し、しかし呆気なく返り討ちにあい、俺の奴隷として扱き使っていた五体の鬼の事である。
当時の俺を襲った理由は、飢えた仲間を救う為、と善意の気持ちによるものだ。
潤沢な食糧を確保していた俺を襲撃して屈服させ、餌取り要員にしようと目論んだのは当時
基本的に、こいつ等は弱者を救う、という傾向がある。
もっと正確にいえば、自分達に救いを求める善良と見なした弱者を救うのだ。
これは
基本的にゴブリンは強者に媚び諂い服従し、弱者は蔑み虐げ喰い物にする。
その真逆とは言えなくともそれに近い性質を持つ鬼が五体も揃うなど、それこそ狙ったかのようだが、それは置いといて。
五鬼戦隊は悪人や敵からどれほど必死に懇願されようとも無慈悲に殺傷し、それを悔やむ事は無いが、殺されようとしている仲間や善良な子供や女などを見かければ可能なら救出に赴き、助けられなかった時は嘆く。
【鬼】としては特異な精神構造だが、それぞれが持つ個性の範疇だ。個人的には悪くないと思っている。
最も、その性格故に団内からの信頼はそこそこ高い。能力も扱き使っていた分だけ高く、我を通す実力もある。
そんな五鬼戦隊が、なんか、今朝、帝国と王国の国境近くで武装した
襲われているのを見過ごせず、颯爽登場してオークを薙ぎ払ったそうだ。
公爵令嬢には公爵家が囲っている屈強な護衛が付いていたのだが、それはオーク達の本隊――オークの上位種“
本隊が相手だったら五鬼戦隊は敗北していただろうが、相手をしたのはオーク。十分殺戮できる相手だった事は幸運だっただろう。
そして助けた公爵令嬢に気に入られて、護衛の依頼を受けた。死人も数名でた護衛団では不安だったのだろう。
現在は公爵令嬢に付き従い、他の選抜した団員と共に王都へと向かってきているようだ。
どうやら公爵令嬢はお忍びでお転婆姫に書類を持ってきているらしい。何だか一波乱ありそうな雰囲気だが、何かあればカナ美ちゃんに任せる事にしよう。
さて、気を取り直して。
朝食を終え、俺は階層ボスが待ち受ける扉を開けた。
かなり広い空間だ。五階の最奥にあるここは、一辺が百メートルはある正方形状の大部屋だった。
壁には通路と同じく細かく美しい装飾が施され、神殿の本殿のような清浄な空気に満ちている。このダンジョンには居ないが、アンデッド系モンスターならこの場に居るだけでダメージを受けるのではないか、という程清らかだ。
試しに【下位アンデッド生成】を使用してみると、予想が的中し、ブラックスケルトンは煙を上げながら消失した。
そんな大部屋の天井には、無数の神々の絵が描かれている。天井を埋め尽くす程の神々の中心に居るのは五柱の【大神】らしく、青、赤、黄、白、黒、と五色で描かれている。
あの中で、黒いのが【終焉と根源を司る大神】だろうか。
男とも女とも判断できない中性的な顔つきで、手には禍々しい槍を持っている。加護を受けたからか見ているだけで親近感がわき上がり、懐かしくすらあった。
ぼんやりとそれを見ていると、大部屋の中心にある円陣から、膨大な水が噴出した。溢れ出た水は通路のように大部屋の床全体を濡らすだけに留まらず、俺の腰まで浸る程の水量となった。
満ちる水は非常に冷たい。氷になる一歩手前だろうか。
ただ立っているだけで熱を奪われ、体力を消費させられる。
そしてそんな冷水の中から飛び出る、波打つような形状をした鋭利な一角。ついで巨大な鯨に酷似した頭部が水面を割って出現し、巨大な八本脚を生やした胴体が全貌を現した。
蛇のように長い尻尾が水を撹拌し、四つの赤く巨大な目玉が周囲を忙しなく観察している。
全体的に群青色の金属質な分厚い皮膚で覆われた、全長十五メートル、高さ七メートル、横幅五メートル程の巨大なモンスターが、五階の階層ボス“ウェイルピドロン”だ。
主な攻撃方法は一角から放つ雷撃と刺突、巨大な鯨の口を使った丸呑みと吐き出される水の波、頭部にある孔から噴出する鋼鉄さえ容易くへし折る高圧水砲、強靭な八本脚とその巨躯から繰り出される超質量の高速突進、長い尻尾を使った薙ぎ払いと渦巻きなどだ。
普通なら複数人で構成されたパーティで挑むべきモンスターで、下手な派生ダンジョンのボスよりも強いモンスターだったりする。
腰まで冷水に浸かった地形効果も、ウェイルピドロンに力を与えていた。
コチラは動きを妨害されるが、本来水棲であるウェイルピドロンには障害とならないからだ。むしろ冷水で満ちれば満ちる程、ウェイルピドロンはその力を発揮しやすい。
対峙していると、うなじの辺りがピリピリと痺れた。
強敵の気配に気分が高揚していく。それと同時に湧き上がるのは食欲だ。あの巨体を全て食べてしまいたいという純粋な欲求。
純粋だからこそ強い欲望を抑える必要も無いので、アイテムボックスから取り出したハルバードを片手に、咆哮を上げ、俺は躍りかかった。
【階層ボス[ウェイルピドロン]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[ウェイルピドロン]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【大鯨の角嵐】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして
そして恐らく、二十分程だろう。
腰まであった水が消失した大部屋で、俺の目の前には巨大な宝箱とウェイルピドロンの死体が転がっている。
金銀宝石だけでなくミスラルなど希少な魔法金属までもが使用された宝箱は、それ単体で宝物の様な代物だ。
素材を剥ぎ取れば何かに流用できるだろうし、有角の巨大な鯨が荒れた大海を切り裂きながら泳いでいる彫刻は見事と言える。
恐らく鍛冶に長けたドワーフ達と言えども、再現するとなると苦労するだろう。
それほどまでに素晴らしい出来の宝箱【大鯨の角嵐】は、これまでの辺境詩篇で手に入れてきたランダム宝箱[最上級]と同じ類の品だ。
ランダム宝箱には金銀財宝マジックアイテムが入っていたので臨時収入としてかなり稼がせてもらった。
この【大鯨の角嵐】には何が入っているか。それは帰ってからのお楽しみにする為、さっさとアイテムボックスに収納した。
そして残されたのはウェイルピドロンの死体。
立派だった一角は根元から引き抜かれ、頭部は強引に砕かれた為に脳漿と眼球が飛びだし、太く強靭だった八本脚は全て切り落とされて鋭利な断面を晒し、胴体は腸や胃といった内臓が引きずり出され、長い尻尾は細かく切り分けられた、ウェイルピドロンの残骸だ。
せっかくの強敵なので自己鍛錬の為に【理外なる金剛の力】など【合成】して出来た強力すぎるアビリティは使わなかったとはいえ、思ったよりも手間取ってしまった。
高い生命力によって生半可な傷は即座に癒えた事も手古摺った要因だが、生身の片腕を失う場面もあったのでかなり焦った。
流石階層ボス、油断していると思わぬ反撃が待っている。
もっとも、肉を失った分だけウェイルピドロンの肉を喰う事で補填し、即座に再生させたので問題は無かったのだが。
気を取り直して、一角を口に運ぶ。巨大な一角は程良い歯応えがあり、思っていたよりもかなり美味い。
先に肉を食べていなければ、美味いと叫んでいたかもしれない程だ。
【能力名【雷滅の斬角】のラーニング完了】
俺の三本角から雷撃を放てるようになった。
欠点としては雷撃を放つと一瞬だけかなり眩しい事だが、その威力は非常に高い。予備動作も無しに放てるので、かなり有用なアビリティだ。
【
今度は頭部を食べてみる。
半分潰れてしまったような脳は程好い柔らかさで、一口で濃い味が口腔全体に広がった。舌から全身に走るような衝撃。スープのように食べやすいそれに、思わず啜りつく。
啜る合間に脳を覆っていた頭蓋を齧るが、頭蓋は金属のように硬い。だが雷角の根元だったからか辛味の様なピリっとした刺激がある。その刺激が食欲をより引き立て、頭蓋に付随した分厚い筋肉と脂肪は最高級の牛肉以上に柔らかく口に入れただけで溶けて無くなった。
ウェイルピドロンは、ワイバーンよりも明らかに美味かった。
【能力名【
【能力名【
流石階層ボス。
ダンジョンによって強化されている事もあって、生物の格は俺よりも上らしい。
それに食べる量も量だけにアビリティを獲得しやすいようで、満足だ。
残りも一人で食べたくはあるが、残りは残してきた皆のお土産にしよう。カナ美ちゃんにはこれでご機嫌取りをしておくべきだろうし、子供達にも食べさせてやりたい。
皆、きっと喜ぶに違いない。
まだ食べたいがグッと我慢し、死体をダンジョンに取り込まれる前にアイテムボックスに収納して俺は大部屋の奥にある扉まで歩いた。
戦う前は存在しなかった扉であり、ウェイルピドロンを殺したのと同時に出現した扉だ。
それを開くと、階段があった。
ここに来るまでに降って来た階段と同じように、地下へ続くこれを降りる。
階段を降りた先にあったのは、これまでと同じような装飾が施された回廊だった。
比較的直線直角で構成されていた通路と小部屋の上階と異なり、回廊は曲がりくねりより複雑に入り組んでいる。死角となる暗闇は多く、何より踝までだった水が脛の辺りまで増水している為、動き難いし何より冷たい。
回廊に満ちる空気も重いので油断せず、しかし期待しながら進んでいく。
さて、今日はどこまで進めるのだろうか。
階段から数メートルと離れていない距離で、さっそく足元の水中から俺の心臓を狙って跳ね上がった矢の様な形状をした青色の金属小魚“ブルフレッチャベーシュ”十数匹を全て銀腕で叩き潰し、あるいは生で喰いながら、俺は地下へ地下へと潜っていく。
目標は、次の階層ボスが待ち受ける十階だ。