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Currently only Days 51-60 and 181-190 are on here. Will be populated as I work through it. Will update this top portion as I do so. The rest is just groundwork for it. ^^

Also...Days 321-330 ARE NOT OUT YET, it's mainly there in preparation for the next day...as well as giving me a place to store my template for the addition of new days. ^^

Days 51-60

Day 51

 “五十一日目”

 目が覚めると新しいホブ・ゴブリンが四ゴブ増えて総数十二になっていた。

 しかも四ゴブの内一ゴブはメイジの素質があり、さらに一ゴブはクレリックの適性持ちだった。

 今まで大きな怪我は基本的に俺が治していたので、他者を治療する能力を持つクレリックが増えたのは正直言ってありがたい。一度に大勢の怪我人がでた場合は手遅れになる可能性も捨てきれないのだから。

 そんな訳で、ホブ・ゴブリンクレリックになったゴブ治くんを隊長とした医療部隊≪プリエール≫を新設した。今の所はゴブ治くんしか隊員はいないが、今回のゴブ治くんに引っ張られる形で他にもクレリックとなる個体が出てくるかもしれない、と期待しつつ。


 ちなみに『あれ? ホブ・ゴブリンの数が少なくない?』と思うかもしれないが、数はこれで間違っていない。

 ゴブ美ちゃんにゴブ江ちゃん、ホブ里さんに奴隷兼部下な五ゴブの計八ゴブに四ゴブが加わったのだから、数は十二なのだ。簡単な足し算だな。


 名前を出さなかったホブ星さんだが、今日目が覚めると【存在進化(ランクアップ)】していた。本人によると、数年ぶりだそうだ。


 ホブ星さんがランクアップして成った種族は【鬼人(ロード)】系種の一つに数えられる【半魔導鬼(ハーフ・スペルロード)】だそうな。

 ホブ星さんが今回の数に入ってなかったのは、そんな理由があったからだ。

 半魔導鬼(ハーフ・スペルロード)についてだが、どうやら中鬼(ホブ・ゴブリン)から大鬼(オーガ)になるって一般的なルートではなくて、メイジ系のモンスターが低確率だが魔術行使に特化したルートに進むと成れる種族だそうな。

 魔術を得意とするホブ星さんらしいと言えばらしいと言えるだろう。自分の長所を生かす種族になるのは良い事だしな。

 ただ特化型であるが故に身体能力は他の鬼人(ロード)系よりも大幅に低いそうだが、そもそも魔術は遠距離から一方的に敵を嬲る技法である。

 ほとんど肉弾戦を行わない魔術行使に特化した種族になったのだから、別に問題ないそうな。


 半魔導鬼(ハーフ・スペルロード)の見た目は額にニ本の小さな角を生やした人間そのままだった。ホブ星さんだけしか見た事が無いので個体差があるのかもしれないが、半魔導鬼(ハーフ・スペルロード)になったホブ星さんは、容姿からパッと見で推察できる年齢は二十代前半から後半の間程度で、可愛い、と言うよりも錬金術師さんのようにスーツが似合いそうな知的クール系の美人である。

 生気の抜けた青白い肌、ややつり目な知性を帯びた緑色の瞳、額の中心部には双角に挟まれた状態で直径三センチほどの丸い蒼玉(サファイヤ)のような珠が埋まっていて、灰色の腰まで伸びた長髪と、両腕の前腕部に刻まれている俺と同じような紋様だが微妙に違う黒い刺青が特徴的だ。身長は目測で百八十センチほど。

 本人が言うには腕の刺青は本来無いはずのモノらしいが、何故あるのか分からないそうだ。ただ、そこから力が漲る感覚がして、悪い気分では無いそうだ。

 ゴブ吉くんのように何かしらの【亜神の加護】持ちなのかどうか聞いてみたが、それは否定された。そんなモノは持っていないらしい。

 ふむ、謎である。まあ、これも追々判明する事に期待して。

 そしてゴブ爺が補足として、“(ハーフ)”と種族名の前につく場合は本来の種族――今回は魔導鬼(スペルロード)だ――よりも全体的なスペックが劣っているのだ、と教えてくれた。

 まあ、ハーフだからそうだろうとは以前から思っていたけどな。

 ハーフがどういったモノかいまいち分からない人は、大鬼(オーガ)中鬼(ホブ・ゴブリン)のようなモノだと思っておけばいいだろう。それに成る一歩前という意味だ。

 今度ランクアップすれば正式に魔導鬼(スペルロード)になるそうだしな。


 その後、半魔導鬼(ハーフ・スペルロード)になってどの程度能力が向上したのか確認を、てな流れで外で魔術を実演してもらったら、うん、凄かった。いや、凄まじかった。


 ホブ星さんが扱える魔術の中に、“炎禍の嵐群(シャル・ダイ・ディロウ)”と呼ばれる炎熱系魔術第二階梯に分類される魔術がある。

 

 唐突に第二階梯とか言われてもチンプンカンプンで意味不明だと思うので、補足を一つ。

 発動難易度やその破壊力、あと呪文解放レベル制限などによって魔術は一般的に、最低ランクである第一階梯から最高ランクの第十階梯までと、十のランクで<神>が全て定めている、らしい。

 アビリティでもちょくちょく【なんたら~の亜神】などとあったように、この世界には俺達の一つ上の領域に立つ存在が実在する。実際に神と会える場所――“聖域”も世界には幾つか点在するそうだ。

 まあ神様うんぬんは一旦置いといて、話を戻そう。

 十の中で下から二番目の魔術、と聞くと簡単で弱そうなモノに思えるかもしれないが、それは誤りだ。最低ランクである第一階梯の魔術を扱えるだけでも、人を数人纏めて殺傷するのは容易い。

 炎熱系統魔術の第一階梯魔術“炎禍(シャル・ロウ)”が放つ一発の炎球でさえ、ヒト数人分を容易く焼死させられる。

 ちなみに以前俺の顔に直撃した雷光系統魔術は第三階梯の魔術だ。本当ならオーガクラスのモンスターでも一発で肉体全てを消し吹き飛ばせる程の破壊力を秘めていた。

 俺の場合はアビリティでその威力を激減させていたのでそう言った事にはならなかったが、それでもアレは痛かったなぁ……。

 それと、第五階梯の魔術が扱えるのならば街一つを単騎で燃やす事もできるらしい。

 そこまで行くとまさに“一騎当千”の化物で、赤髪ショートもそれと同じかそれ以上の事ができる人物を話だけだが何人かは知っているそうだ。

 ……喰えばどんなアビリティを獲得できるのだろうか?

 以前殺して喰った高位魔術師(ハイ・ウィザード)は最高で第三階梯までしか行使できなかったようなので、想像するだけで楽しみだ。

 そんな機会があるかどうか分からんが、想像するだけなのだからいいだろう。


 話を“炎禍の嵐群(シャル・ダイ・ディロウ)”について戻すが、かつてホブ星さんが駆使した“炎禍の嵐群(シャル・ダイ・ディロウ)”は直径十センチ、総数五発の火炎弾を連続射出する広域破壊系の魔術だった。

 ただホブ星さんでは発動するにはかなりの集中と長い詠唱時間を必要とし、しかも一度使用すれば数日間は上手く魔術が行使できないようになる、等の反動(リスク)があった。

 だがそのリスクと引き換えにするだけの破壊力がある、奥の手の一つ。


 ランクアップした現在は、そんな昔とは比べ物にならない魔術に変化していた。

 “炎禍の嵐群(シャル・ダイ・ディロウ)”を発動させるのに要する時間――呪文詠唱時間が以前の五分の一程度にまで短縮されていたばかりか、打ち出される一個の火炎弾は直径三十五センチ、総数ニ十発と強化されていたのだ。

 その上発動させても大した疲労感はないようだし、体内魔力(オド)量的にもまだまだ余裕があるそうで、あと二十回は連続使用したとしても以前のように強い反動はないらしい。

 それにそれよりも強力な魔術を扱えるようになったそうだし。

 流石魔術特化な種族だと言うよりないだろう。


 ちなみに、全て空に向かって撃ち上げられてます。地面に撃つと後処理が大変だからなー。


 それにしても、これでもまだ半端者ハーフだと言うのだから、魔導鬼(スペルロード)が扱う魔術はどれほど凄いのだろうか。

 どうもこの世界の情報が少な過ぎて、上限が不明なのは怖い所だ。


 【存在進化(ランクアップ)】したお祝いとして、四ゴブにはこれまで通りにそれぞれ二つのマジックアイテムを。

 ホブ星さんにはベルベットの遺産の一つの、【体内魔力増幅(オド・アンプリフィケーション)】や【物理・魔法攻撃耐性】など幾つか優れた特殊効果を発揮する白銀と金糸と赤い聖骸布で製造されたらしい【神迷遺産(アーティファクト)】のローブを。

 それに以前ベルベットのダンジョンで殺した【職業・高位魔術師(ハイ・ウィザード)】持ちの冒険者な青年が所持していた、古代樹の杖に魔法石なる赤い宝石が嵌めこまれた魔杖<アランノートの杖>をプレゼント。

 それと普段は邪魔になる魔杖や小道具等を収納する能力を持つ腕輪タイプのマジックアイテムも、ゴブ吉くんと同じく渡しておく。

 今回の武器更新によって今までホブ星さんが使っていた装備――魔杖と灰色のローブだ――は、嘗ては俺の部下兼奴隷であったが、今ではホブ星さんの部隊に所属している弟子なメイジ二ゴブに贈られました。


 さて、今回は最近分かってきた事でも呟こうかと。


 うん、どうやら俺と同年代だったゴブリン達は成長率――もしくは経験値吸収能力――が普通では考えられない程に高いようだ。それはホブ・ゴブリンが森の外に出る前に量産している事で証明されている。

 ゴブ爺にも以前言われた事だが、普通、ゴブリンがホブ・ゴブリンになるのには年単位の月日が必要だからだ。


 こうなった原因は、俺であるのは間違いない。


 それでちょっと考えてみたのだが、恐らくゴブリンは生後一ヶ月かそこらの生活環境によって今後の成長率が変化するのではないだろうか。

 ほら、ゴブリンは種族的に身体の成長が早いのだから、能力の成長期も他より早くにくる、そんな仮説だ。伸び盛りに伸ばす、と言えばいいのか? 

 産まれてから一ヶ月以内に自分と同等かそれ以上の生物を多数殺して喰う、過酷な訓練を産まれてから繰り返し行う、など普通のゴブリンではできないような特異的行動をする事によって、成長率は大きく変化する、とか。

 普通の一般的なゴブリンの成長率を1とすると、俺達のように殺して喰って腹一杯で厳しい訓練を続けているゴブリンは成長率が10である、のような感じで。


 確かな確証は全くないが、しかしその可能性は非常に高いと思われる。

 そうでなくては納得できる理由が無いのだし。

 

 あと、俺の【群友統括】もそれを補助(アシスト)している可能性が高い。

 このアビリティ、配下の能力を底上げする効果があるのは以前にも言ったが、効果発動の条件を満たす為にそれぞれの部隊のコンセプトに合わせ、個々の性格や能力的な事などを考えてそこが最も適正だと判断した個体を選抜し、配属させている。

 その為【群友統括】の効果が常時発動している筈なので、普通よりもさらに強くなり易くなっているのではないか、と言ってみたり。

 まあ、そんなこんなで強い仲間が増えるのは歓迎するべき事だし、まだハッキリと解明できていないのでこの話はココまでとしよう。

 ただ、ランクアップしてオーガとかに成った場合どうなるのか、そこら辺は今後どうなるのか要調査だな。寿命とかも調べにゃならん。

 オーガがゴブリンよりも短命とかだったら流石にやるせない。


 そうそう、十七名のエルフだが、十人居た男の内三名と七名居た女の内一名は肉欲に屈服しました。

 俺は既にゴブ美ちゃん達が居たが、エルフの生態がどうなっているのか気になったので、彼女の最初の相手は俺が担当した。

 とりあえず、できるだけ相手が痛くない様には気を使ったつもりである、とは言っておく。しかし失神させ過ぎた感が否めない。

 いや、うん、凄かったんだ。何がとは言わないけど。美人が積極的だったからとか言うつもりも無い。


 その後は他のゴブリン達――主に同年代のゴブリンが多い。いや、強い順にしたらそうなったんだ。年上ゴブリンは主に男の方を……アーー、的な――の相手をしてもらってます。

 ただ多対一ではさせていない。一対一だ。

 プライドの高いエルフなのだから嫌々していると思うかもしれんが、薬の昂りを我慢した反動か、大変嬉しそうに日々喘いでいます。幸せそうだからいいんじゃね? と思ってみたり。まあ、仕方が無かったんだと諦めてもらおう。

 彼・彼女達は大切に扱う様に言い含めているので、と言うか普段は下位のゴブリン達以上に快適な生活環境にあるので決して悪いモノでは無く、以前のようにボロボロになって死んでしまう事は無い、筈だ。

 そこら辺は前科のあるゴブ爺に特に言い聞かせているので、率先して行動に移しているから大丈夫だろう。


 最後になったが、起きたら得ていた【■■■の眷属】の話をちょっとしよう。

 うん、これ全く使い方が分からんのだ。と言うかどんな効果があるのかさえ現状では不明である。最初の文字が見えないので、推測する事すら不可能です。誰か教えてくれと言ってみたり。

 眷属ってんだから、何かしらが俺に干渉しているのだとは思うのだが……。

 自分でラーニングしたアビリティならその使い方は概ね理解できているのだが、このアビリティは多分この世界の法則に則って得たモノなので、うん、分かりません。

 解析する事は今の所諦めている。


Day 52

 “五十二日目”

 夕方、久々にゴブ吉くんとバディーを組んで未踏破区画にてハンティングを行っていると、武装した十ニ名の人間を発見した。

 周囲を警戒しつつ、それなりの速度――俺達からすれば遅すぎるのだが、比較するのは可哀そうだ――でエルフの集落があるらしい区画に進んでいる事から、人間軍の偵察部隊か何かだろうと予測。

 好奇心に突き動かされて追跡する事に。

 二メートル五十センチ以上の巨体であるオーガがニ体というのは目立ち過ぎると思う――事実、普通は目立って目立って仕方がない筈だ――かもしれないが、問題は特にない。

 生後四日目から始まりを告げた、自分達の糧を得るためのハンティング。あの日から今日までの間、基本的には俺の方針により、獲物を発見すると真正面から突っ込んでいくなどと言う事をせずに、隠れながら獲物の呼吸を読み取り、そして死角からの強襲という暗殺者紛いの事を繰り返していたので、それ等の結果として俺とゴブ吉くんなどに備わっている隠れ身技能(ハイディングスキル)は通常と比べるまでも無く磨かれている。

 オーガの巨体を周囲に溶け込ませ、標的に悟られなくするのには十分過ぎる程の技量だ。

 それに加えて俺には【隠れ身(ハイディング)】をアビリティとしても所持しているので本来以上の事ができるし、ゴブ吉くんのサポートも軽くこなせるので問題などある筈も無く。


 そして追跡する事しばし。どうやら目的のポイントに到着したらしく、そこで人間達は“U”の字に似た陣形を組み始めた。

 陣形を構築する為の移動が終わると、一人につき二つ所持していたクロスボウの内の一つを手に取り、人間達は気配を消してその身を潜めた。

 あれなら前もって知っておかないと、相当近くであっても発見するのは困難だ。非常に高度な隠れ身技能(ハイディングスキル)である。まあ、野生で生きる俺達には劣るレベルではあるが。

 ココまで体勢が整うと、クロスボウによる奇襲――クロスボウは二つあるので、立て続けに射てから接近戦に持ち込むのだろう。俺ならそうする――で、誰とも知れない標的は沈黙させられる可能性が高い。


 そこん所どうなんだろうか、という事で、例え注視したとしても殆ど見えない様な極細の糸を密かに伸ばし、小声で僅かに交わされる会話を盗聴してみる。

 それによると、エルフの“円卓会議”議長の愛娘――エルフは幾つかの氏族の代表が集まって意思決定をする制度を採っているのやもしれん――を攫う任務で此処にいるそうだ。

 当然愛娘についている護衛は皆殺しにするのだろう、準備と会話からして。


 あとこの会話から、どうもエルフ内に裏切り者が存在する事が判明。裏切った個人までは特定できる筈もないが、この情報は非常に重要であるのは間違いない。

 まあ、誰だって滅びたくはないし、仲間を裏切っても自分だけは~って奴が居る事は珍しい事じゃない。利権とか関わるともうボロボロ出てくる事など多々あるし、そもそも俺には関係ないのでどうでもいい。

 精々機会があれば、俺が稼がせてもらうってだけの(ネタ)なのだ。


 この後どうなるのか成り行きを見守る事にして、大体二時間後くらい――待ち疲れたゴブ吉くんは少々離れた場所でハンティングさせ、事態に変化があったら糸で知らせるようにしている――だろうか、武装した美男美女ばかりなエルフの一団がやってきたのは。

 攫う娘さんとやらは、エルフ数名に担がれた神輿(みこし)のようなモノの上に座すエルフで間違いないだろう。見た目的には十代後半から二十代前半と若く、ハッキリ言って今までそうは見た事の無い程の美人であった。

 それはもう、絶世の美女と言ってもいい程に。


 少々見惚れてボンヤリと眺めていたら、隠れている人間達にごく僅かな変化が見受けられた。

 これは事がもう直ぐ起こるなと思い糸でゴブ吉くんを呼び寄せる。その間に一斉に動いた人間達十二名は予め持っていたクロスボウで一度に十二人のエルフを正確に撃ち殺した。

 それだけでは終わらず、矢を撃ったクロスボウは捨てて足下に置いていたもう一つのクロスボウに持ち替えて、再び射撃。放たれた矢は、更に十二人のエルフを撃ち殺した。

 突然の奇襲に慌てながらも弓を手に取り反撃しようとした残り八名のエルフは、今度はクロスボウを放置して素早く駆け寄った人間達の刃で沈黙する。

 この間僅か十秒程度だ。疾風迅雷、なかなかのお手並みと言うよりない。

 その後、ただ一人生き残ったエルフの娘さんに近寄った男がその口元に抵抗されつつも布を押し当てると、しばらくしてエルフの娘さんの身体から力が抜け、意識を失ったのが傍目から見ても窺えた。

 グッタリと力の抜けた娘さんを担ぎ、無傷で任務を遂行した人間達はもと来た道を疾走する。迷いの無い撤退行動だ。


 ちなみに、そのもと来た道ってのには俺が待ち受けていたりする。後ろから追跡していたので当然だが。


 彼我の距離が十分近づき、頃合いだろう、てな事で地面から起きあがり様に指先から糸を射出。

 保険として【地形操作能力(アースコントロール)】を発動、十二人の人間達の逃げ場を完全に塞ぐように正面以外の三方に土壁を噴出させた。

 突然の事態に、慌てふためく人間達の表情が可笑しくて。


 結果、一網打尽です。

 コガネグモから得たアビリティ【黄金糸生成】によって糸は柔軟性などをそのままに、黄金なので見た目以上にある重量で体力を消耗させ、今まで使用していた糸の弱点として存在した炎に対する脆弱性も、ある程度の耐性を持つようになっているので早々断てるモノでは無い。

 成す術無く蓑虫(ミノムシ)のようにのたうつ様は滑稽だ。

 ただこのままでは定番としてあるだろう奥歯に仕込んだ毒などを飲まれたり、何も自白しないように舌を噛み切るかもしれない。そうなったとしても俺が治すので誰も今死ぬ事はないが、治療するのが面倒なので糸で猿轡(さるぐつわ)を。

 それと一応拘束が解けない様に腕の関節を外し、親指と手首同士を厳重に括りつけたりとしていたら、ようやくゴブ吉くんがやってきた。

 遅れてやってきたゴブ吉くんに、仕事として人間十二名全員を担がせる。結構な重量になるはずだが、ゴブ吉くんが持つと非常に軽そうに見えた。……装備も合わせると、間違いなく一トン以上あるんだけどなぁ? と小首を傾げるが、全然余裕そうなので何も言いません。

 まだ眠っているエルフの娘さんは俺が抱いて、住処である洞窟に帰還する。


 娘さんの護衛でつい先ほど殉職なされた――クロスボウの頭部を抉る一撃を受けたか、頸部を切り離されている死体ばかりだ。見事なお手並み、俺は蘇生できないので急所を正確に壊されればどうしようもない――エルフさん達だが、身に着けていた装備品全てと心臓を俺が貰って、死体がモンスターによって無残に喰い散らかされないようにしっかりと埋葬しました。


 【能力名(アビリティ)幸運(ラック)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)不運(ドゥーム)】のラーニング完了】


 良いアビリティと悪いアビリティの両方がラーニングできてしまった。

 取りあえず幸運(ラック)は発動させるとして、不運(ドゥーム)はうっかり発動させないように気をつけねば。

 そして最後に合掌、南無。

 彼等の冥福を祈る。

 

 ……ん? 生け捕った人間達をどうするかだって? 

 そりゃ、尋問した後で皆の経験値稼ぎに貢献してもらうのさ。あと、拷問のやり方のレクチャーとかに使わせてもらいます。男ばかりだし、エルフみたいに容姿は良くないし。

 うん、今夜は大変そうだ。



 と思っていたら、その前にイベントが発生した。帰り道に、ゴブリンと遭遇したのだ。

 知らない顔ではない。年上ゴブリン組でも、嘗ては上位のメンバーだった六ゴブである。ただし現在では赤髪ショート達を担いでいた下っ端ゴブリン達にさえ実力が追い抜かれた、訓練についてこれずに落ちこぼれとなっている奴らだ。

 同年代ゴブリンの方が年上ゴブリンよりも強いとは以前にも言ったが、それに加えて下っ端扱いされていたゴブリン達は比較的若かったようで、訓練によってそこそこ伸びる可能性を見せ、彼らを追い抜いたって裏話も。どうでもいいけどな、今は。


 こんな所で何してんだ、と言おうとして、年上ゴブリン達が何か焦っていたのでジーと無言で見つめながら観察していると、観念したのか、その中でも一番腕の立つゴブリンが言った。

 曰く、俺にはついて行けないんだと。


 女を無理やり抱けなくなっただけでも辛いのに、日々の過酷な訓練にはもう耐えきれない。それでも何か機会があるかと思って我慢していたが、エルフの女を捕虜とした事でどうしても我慢できなくなった。

 エルフの女達を抱く事は自分達の立場では不可能で、手を出せたとしても男止まり。男でも美男子なので悪い気分ではないが、やはり女エルフの極上の身体には一生届かないだろう現状はどうしようもなく、歯痒い。

 生殺しにも程がある。極上の料理が目の前にあるのに、自分達以外の奴らだけがそれを喰える環境など、どうしろというのだ。

 だから、出ていく。

 つまり、群れから離反するのだそうだ。


 そこまで言って、彼らは震えながら押し黙った。

 殺される、そう思ったのかもしれない。


 俺としては、ああついに出たか、と言う想定された話でしかなかった。


 いや、現段階の彼等だと、従わないのにこのまま留めておく必要は特にないので、俺としても出ていくのなら、そうか、と言う感じだったりする。

 これがゴブ吉くんとかだったら引きとめただろうが、こいつ等だしなぁー。って事だ。


 俺はルールを厳守させるが、それが気にくわないので出て行きます、てな奴は今の所どうにかしようとは思っていない。そこまで大きくはなっていないのだから、出て行きたいのなら行けばいい。

 ただ何かしらの違反をして出ていこうとした奴等は別だけど。

 それに今は数を増やす事よりも個々の能力を高める事を目的としている。これは無駄に足手まといの数を増やすよりも、ある程度実力のある状態で子を増やした方が今後を考えれば良いのではないか、と思ったからだ。

 だから、現段階で既に挫折してしまった奴を置いておくつもりもない。才能が無くとも努力しようとする者には、手を差し伸べるもりではあるが。

 とは言え、情報が漏洩しないように多少の細工は施さねばなるまい。別に、殺そうとは思っていないぞ。あくまでも現段階では、と後ろに追加されるけどな。殺しはしない。


 小刻みに振るえ、緊張した表情でコチラを見上げる年上ゴブリン達の武装は、俺が統一して配給したモノで、ランクで言えば最低から一段階上とされる【通常(ノーマル)】級ばかりだ。

 【通常(ノーマル)】級の武具防具と、幾つかの【希少(レア)】級の品が放り込まれている武器庫の品に手は出さず、配給された武装だけを手に黙って出て行こうとしたらしい。

 手を出せば殺されると思ったからに違いない。

 正しい判断だ。


 話を戻すが、ゴブリンの武装としてはそこそこ良い物ではあるのだが、最大の武器であった数が大幅に減り、実力が飛び抜けて高くはない彼らが今後生きていくには、心もとない武装であるのは確かだ。

 俺としても、まあ、餞別くらいは贈って見送るのが情けだろうと考える。と言う事で、アイテムボックスから六本のナイフを取り出した。

 これは先ほど亡くなられた護衛エルフさん達の遺品の一つだ。刀身は青い銀――鑑定した結果、祝青銀(ミスラル)と呼ばれる魔法金属製らしい――で作られたそのナイフは、ただのゴブリンが所持するにはあまりにも破格なシロモノである。

 ナイフは特別な能力こそ宿してはいないが、その切れ味は現在装備している鋼鉄製のショートソードとは比較にならない。ミスラルの刃は鋼鉄製のショートソードを刃毀れする事無く容易く切断できる、と言えば分り易いだろうか。

 エルフだけが製造する技術を持つというミスラル製のナイフは、冒険者でも早々得られない希少(レア)物だ。

 ナイフの切れ味を見せる様に、俺は自分の指先を切って数滴ほど血を流してから、鞘に納めてゴブリン達に渡す。傷は【高速治癒】で既に跡形も無くなっていた。

 呆けた表情で立ち尽くす年上ゴブリン達。それに苦笑しつつ、俺とゴブ吉くんはその存在を二度と振り返る事無く、帰還するのであった。

 彼らとは、縁があったら出逢うかもしれないな。

 まあ、その前に高確率でミスラルのナイフ目当てで冒険者達に殺されるかもしれんが。身の丈にあわない財宝は、破滅を呼び込むと相場が決まっている。

 彼等の今後の頑張りを祈ろう。


 最後に、今回の重要ポイントは血を流した所だ、とだけ言っておく。


Day 53

 “五十三日目”

 捕まえた十二人の人間達から聞きだした情報によると、今から二十日以内に本格的な進撃があるっぽい。とは言え、ハインドベアーやトリプルホーンホースといった強力なモンスターが生息する森の中なので、特定のルートでしか多人数は動員できないようである。

 無論、そのルートも聞きだし済みだ。

 普通こんな重要な情報は彼らもプロなのだから洩らさないと思うかもしれないが、何、四肢を削いでは止血し、肉と骨を削いでは治し、腹を切り開いては治し、仲間を目の前で無残に喰ってー、などを繰り返してりゃ誰だって聞く事全てを話してくれるモノである。

 外道と言われるだろうが、間違いなく言われるだろうが、こんな事は歴史を紐解けば幾らでもあるので気にはならない。そもそも、俺が持っている手法は先人達が培ってきたモノが大半なので悪しからず。

 あと、今の俺大鬼(オーガ)だし。人間じゃないんだからこの程度問題無し。と言う事で。

 聞きたい事やその他を全て聞きだした後は、その肉を美味しく頂きました。あとマジックアイテムなどの武装と、それなりに多い経験値も頂きました。

 

 【能力名(アビリティ)【職業・秘密部隊(シークレット・フォース)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【職業・魔獣飼い(モンスターテイマー)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【職業・首狩り処刑人(ボーパル・パニッシャー)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【職業・隠者(ハーミット)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)状態看破(スキル・レイ)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【寄付】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【解錠】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【罠解除】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)罠感知(センス・トラップ)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)敵性感知(センス・エネミー)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【暗殺補正】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【暗器熟達】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【対人戦能力上昇】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)首狩り(ボーパル・ストライク)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)気刃斬り(オーラスラッシュ)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)背撃(バックアタック)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)針通し(ニードルショット)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【投擲】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【激痛耐性】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【魅了耐性】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【暗殺耐性】のラーニング完了】


 あとアビリティも。

 うん、【三連突き】だけだった物理直接攻撃系アビリティも【首狩り(ボーパル・ストライク)】と【気刃斬り(オーラスラッシュ)】などが加わった事で増えたのはありがたい。

 あと【解錠】とか【罠解除】とか、有用そうなアビリティを多数確保できたので満足です。


 そして一日グッスリと薬で眠らされていたエルフの娘さんは、昼過ぎ辺りになってようやく目が覚めた。

 ちょうど綺麗な寝顔を覗き込んでいた所だったので目が覚めた瞬間跳ねあがる程驚かれ、『私の護衛達は何処にやった!』『私をどうするつもりですかッ』『まさか、私の貞操を……ッ』とか色々騒がれたが、薬草などから作成したお茶モドキ――俺と錬金術師さんとの合作だ――を飲ませ、一先ず落ちつかせた。

 これ、素材に鎮静作用があるので効果覿面である。

 そうした後でようやく、淡々と成り行きを語って聞かせました。


 護衛は全員死亡って事も、装備品と心臓は俺が駄賃として貰う代わりに丁重に埋葬してやったって事も、俺――ゴブ吉くんはあの時居なかったので除外した――は敵が待ち構える準備段階からその様子を見ていたって事も、襲った人間は全てを殺してココで喰ったって事も、全部である。

 一切の隠し事はしませんでした。

 あ、ちなみに捕虜なエルフ達については言っていない。だって今は全然関係ない事だしな。今回の事と関係があったら言っていたかもしれんが、無いのだから言う必要性はない。


 さて、娘さんの反応であるが、当然と言えば当然だが、激怒された。

 なかなか様になったパンチが俺の胸筋を幾度となく叩く、が正直大した事はない。子供に小突かれているような感じである。ポカポカパンチ、とでも言うのか? イメージとしてはアレに近いだろう。

 娘さんがそんな行動を採るのは、相応な立場ってヤツがあるのだからどうかとも思うのだが、感情的には理解できない事も無いのでしばらくは自由に叩かせ、その後コチラはデコピン――俺が殴ったら洒落にならん。デコピンでも手加減して威力を抑えた――を一発返す。

 大きく頭部が後退する程度だったので娘さんは死にはしなかったが、額が非常に痛いらしく、両手で押さえて涙目で恨めしそうに睨んでくるが、それは知らん。

 お前達エルフと人間が始めた諍いは俺たちに関係ないのに助けてやったんだから文句言うなぁーなどなどテキトーな事を言い放つ。後ついでに内通者いるっぽいぞと言ってみる。

 そしたら黙ってくれました。しばらくして色々な想いが噴き出したのか本気で泣きだしたので、一応慰めたりしましたが。いや、美人の本気な涙とか反則です。

 

 その後、娘さんをエルフの里に送り届けるってな流れになったのだが、会話が予想以上に続いてしまい、時間も時間だったのでこの日も娘さんは泊る事に。まあ、一泊は意識無かったけどな。

 今夜も俺の糸製ハンモックでお休みです。

 さて、明日はエルフの里である。一体どうなることやら。


 あと、ゴブ爺よ。娘さんを捕まえんのか? と期待した瞳で見てくるんじゃない、煩わしい。

 別に敵じゃないんだから、俺としては偽善を働かす存在なのであってと二時間ほど話を……。

 あ、捕まえたエルフはさらに男二名に女二名が自分から求めるようになりました。ただ、今回はその気はなかったが、最初はトップが手を出してからってな暗黙のルールができていたようなので、流れに身を任せました。


 ゴブリン達が列を成すシュールな光景が見られるのは、そう遠くないだろう。

 一応、俺が決めたルールは守っているので何も言うつもりはないけどなー。


Day 54

 “五十四日目”

 普段通り目を覚まそうとして、吐息がかかる程傍で俺を見下ろす気配を感じた。誰なのかを見極めるため、しばらく狸寝入りを決め込む。

 【気配察知】で調べたところによると、どうやら娘さんである模様。とりあえず、何をしているんだと言いたい。

 あとな、ゴブ美ちゃんに赤髪ショートに鍛冶師さんに姉妹さんに錬金術師さん達が遠巻きにコッチを窺っているのも、どういう事だろうか。

 流石に何時までも狸寝入りはできないので、と言うかゴブ美ちゃん達の視線にある種の感情が混じってネットリと粘つき、背筋が寒くなってきたのでバッと瞬間的に瞼を押し広げる。

 そしたら娘さんはかなり慌てました。その動きが中々に滑稽で、思わず笑った。娘さんに殴られた。

 何故だ。


 その後朝食を終え、ゴブ吉くんと共に――俺が訓練に混じらなくなったのと同じ理由で、オーガなゴブ吉くんはホブ・ゴブリンでも容易く殺せるので訓練にあまり参加しなくなった。現在の訓練は、部隊次席のホブ・ゴブリンが担当している――娘さんをエルフの里に送り届けるべく、洞窟を出立した。

 その後はコガネグモなどを適当に狩りつつ、約三時間程歩き、ようやく到着。

 そしていきなり囲まれました。視界に見える数はざっと二十五以上。【気配察知】によると、正確には四十八名だ。

 全員どうもミスラル製の鏃を持つ弓矢で俺とゴブ吉くんの急所を狙っているようではあるが、まあ、大した問題では無い。

 アビリティの重複使用で十分殺し尽くせる程度であるし、そもそも俺とゴブ吉くんの肉体と装備はミスラルの鏃を持つ矢を近距離で受けてもある程度までなら耐えられる。オーガの生命力を舐めないでもらいたい。

 剥き出しの頭部に直撃を受けるのは多少危ないが、至近距離で放たれても避ける自信がある。

 しかしこんな所で争いをするのは面倒事でしかないし、今回は娘さんが居るのだ。

 反射的に周囲のエルフを斬殺しかけたゴブ吉くん――斧と盾などは腕輪型のマジックアイテムに収納しているので、持ち運ばなくても即座に引き出せるのだ。ちなみに十二種類を最大二十個まで収納可と優れモノ――を手だけで諌めるのと、娘さんが周囲のエルフを諌めるのはほぼ同時だった。


 その後護衛と言う名の監視役達によって周囲を囲まれながら、エルフの里の中を俺達は進んでいった。


 エルフの里は、なんていうか、巨大な樹と共に生活しているのだなぁ。と分かる構造をしている。

 近場では早々見掛けない巨大な一本の樹の周囲に、階段などの足場や居住区となる場所を造り、さらには吊り橋をかける事で他の樹にも行き来を可能としているのである。

 生活空間が基本的に地面では無く、樹の上なのだ。

 一応、地面には馬小屋らしき場所などもあるので全てが全て、樹の上で暮らしているのではないらしい。


 物珍しそうというか見下した感があるというか、あまり居心地のよくない視線に晒されつつも階段を上ったり橋の上を歩く事しばし、ようやく目的地に到着した。

 そこは周囲とは大きさからして違う豪邸だった。どうも娘さんの家がココらしい。

 促されるままに豪邸に入り、そして娘さんの父親と対面。

 口ひげがご立派な、引き締まった肉体を持つダンディーなおじ様エルフとでも言えばいいのだろうか。同じ男として嫉妬してしまいそうだ。


 勧められるままに席に座ろうとしたが嫌な音で軋んだので慎んで辞退し、俺達は床に胡坐だ。出されたお茶はお代わりを繰り返すほど飲み、そして商談に移る。


 内容を分かり易く纏めれば、娘さんを助けたんだから相応の報酬をくれ、と言う事だ。


 コチラとしても助けたのは慈善事業じゃないのだが、何分こんな事は初めてなので娘さんの正確な価値が良く分からない。なので、そちらが娘さんの命の金額を決めてその額だけの報酬をくれ、と言いました。別にはした金でもいいんだよ? それがアンタが決めたアンタの娘さんの金額なんだから。と言外に言ってみる。

 嫌われるかもしれないが、これくらいで父親エルフが冷静な判断が下せるのかどうか、どういった性格なのかどうか、等を見極めるのならばまだ安いモノだ。

 そんな軽い気持ちだったのは間違いなく。

 

 結果を言うと、予想外の事だが、【遺物(エンシェント)】級の【神迷遺産(アーティファクト)】が一つ手に入った。

 弓の形状をしたマジックアイテムで、鑑定した所によると【必中の名弓(フェイルノート)】と名称が記載されていた。弓矢を必要とはせず、弦を引き絞ると不思議パワーで矢が半物質化するので矢は尽きる事が無いそうだ。

 それに放たれる矢は名称の通りに【必中】――盾などで防がれない限りは狙ったポイントに“必ず当たる”らしい。他にも能力はあるが、面倒なので説明は置いといて。

 この弓、娘さんの反応からしてどうもココの家宝の一つであるらしいのだが、愛娘とは引き替えにはできないそうだ。親馬鹿である。おいおい、と思ったが何も言わない。

 コチラとしては嬉しいので、生温かい視線を向けただけだ。

 でも流石に家宝を貰ってしまったのでハイさよなら、ってのはちょっと気が引けるので、俺が持っている情報を提示した。

 父親エルフが個人的には嫌いでない性格だったって事もある。


 あーそういや人間達はどこそこのルートでうんぬん、あと何日以内であれやこれや。そういやこんなトラップの組み合わせは効果的で、こんな戦略もあるんじゃねー? 的な事を少しだけ漏らしてみたら、報酬を出すから先を続けてくれと言われた。

 提示された報酬はミスラル製のチェインシャツ三十着、ミスラル製のショートソードが三十本、ミスラルの鋳塊(インゴット)が二十と、生活に便利なマジックアイテム数点だ。

 いやいや、情報の重要性を知っている人物で助かった。


 俺が知っている内容やトラップ諸々の情報を父親エルフが紙に書き写すのをボンヤリと見ながら、アイテムボックスの中に入れていた水霊石と土精石と風精石から鍛冶師さんが製造したナイフを各十本、取り出して机の上に置く。

 あと、精霊の扱いに長けたエルフに適した能力を持つ【固有(ユニーク)】級のスコップ型のマジックアイテムをついでに三つ程。

 多少は恩も売っておこうかな、てな思惑が無い訳ではないが、例の精鋭エルフ達が抜けた穴を多少は埋め合わせようかなと思ったのだ。

 商談は無事成立し、父親エルフと友好的な笑みを交わしながらガッチリと握手した。


 ただ、件の精鋭部隊の行方を知らないか? と聞かれた時だけは、笑いながら知らんと言うしか無かったけどな。


 そんな帰り道、父親エルフから『コレはエルフが造った秘薬と名酒です。良かったら、どうぞ』とか、お土産まで貰いました。ちなみに酒は樽三つ分だ。

 うん、これも幸運(ラック)の御蔭かね? 

 酒は大変楽しみです。

 父親エルフに、アンタなら格安で助太刀する、とだけ言ってから帰還する。


 夜。折角の酒なので、全員で飲む事に。

 エルフの酒ウマーーーーー!! と思わず叫んだ。

 うん、また奢ってもらおう。


Day 55

 “五十五日目”

 昨日離反したゴブリン達の事を皆に告げ、他にも出ていきたい奴等が居たら何時でも出て行ってもいいから報告するように、その時には餞別をやるから、あと俺の方針は~~等を含めて色々教えておいたが、結局誰も居なかった。

 まあ、それならそれでいいか、って事で今日は抜けたゴブリン達によって変化した順列の微調整を手早く終わらせ、ハンティングに出かける。

 それから帰ってくると以前から考えていたとある品の製作作業に費やした。


Day 56

 “五十六日目”

 朝、昨日からブッ続けて製作していた通信機(自作)がようやく完成した。

 何の事か分からないと思うので、簡単に製作作業を纏めると以下のようになる。


 父親エルフから情報の報酬として貰ったミスラルのインゴットを銀腕の能力の一つである【自己進化(セルフエボリューション)】を使って取り込む。

 →取り込んだ質量分を指先から絞り出してカフス作成

 →指先から血を数滴流す。

 →それを宝石に見立てて装飾とし、青銀のカフスに嵌めこむ。

 →通信機完成。


 要するに、【自己分体生成】の思考共有を活用した通信手段である。

 赤髪ショート達から聞いた所によると、この世界にはまだ通信機が一般的に普及していないようなので、迅速な情報共有ができるこの手法は驚くべき効果を発揮してくれるに違いないと期待している。

 しかしそれにしても、エンチャントするのに思ったよりも手間取ってしまった。

 素材が素材だけに壊れる事こそなかったが、流石に三つの属性を付加しようとした時の成功確率の低さが面倒だった。

 色々と苦労しながら完成させたカフスを、全員に支給する。

 カフスは肉と融合してしまうように細工したので一度装着すると俺でなくては肉を切らない限り取り外せない、でも着けてる間は【持続再生(リジェネ)】と【下級筋力増大(レッサー・ストレングス)】と【下級俊敏力増大(レッサー・デクスタリティ)】などが発動するようになってるから気にするな、と説明しつつ。

 個々の着け心地を聞きながら微調整を施し、終わった時には疲れたので寝た。

 夕方になって目を覚まし、適当に狩りをして再び寝所に。

 寝れずにいたら、ゴブ美ちゃん達がきたのでそのまま熱い夜を。


Day 57

 “五十七日目”

 ペットが欲しい。折角【職業・魔獣飼い(モンスターテイマー)】があるのだから活用すべきだ。

 そう思ったので、久しぶりに四ゴブで捕獲に出向く。

 まず狙うのはブラックウルフの群れだ。狼なのだから、飼いならせば犬と同じように良きパートナーになってくれるだろう、多分。

 それにブラックウルフはモンスターであるが故に見かけによらずパワーがあるので、上手く調教すれば騎獣とし、長距離の移動手段として活用できるだろうってのもある。


 しかし現実はそう簡単にはいかなかった。見つからないのだ、ブラックウルフが。

 今日はトリプルホーンホース五頭にハインドベアー三頭を捕獲したので問題はないのだが。

 しかしゴブ美ちゃんはともかくとして、ゴブ江ちゃんの活躍にはビックリだ。


 俺とゴブ吉くんでは加減を間違えると殺してしまうので主に二ゴブが頑張ってくれたのだが、【必中の名弓(フェイルノート)】をプレゼントしたゴブ美ちゃんの射撃が鱗と鱗の隙間を射抜くのはまだいい。

 マジックアイテムの能力なのだから。まあ、その怒涛の速射には感服させられるがな。

 しかしゴブ江ちゃんが愛用のピッケル――ベルベットの遺産であるマジックアイテムの一つで、ただ単純に【破壊困難】の能力があるだけの【希少(レア)】級の品――を一本片手に、トリプルホーンホースを一人であそこまで圧倒するとは思わなかった。

 うん、きっと趣味で培われた採掘技術がココで発揮されたのだろう。上段からの一振りの速度と威力が尋常じゃなかったし。頭部に直撃を受けたトリプルホーンホースの巨体が、その角を根元から圧し折られ、頭部を起点に半回転して背中から地面に落ちるとは、流石に想像できなかった。

 ゴブ吉くんやゴブ美ちゃんなどの影に隠れてはいるが、ゴブ江ちゃんは同年代ゴブリンの四席なのだなぁ、と実感させられる。

 この世界ではレベルなども重要だがただ一振りに凝縮される、足や腰など全身を使った技術の大切さが非常に良く理解できる一戦だったと言える。


 ゴブ江ちゃんにボロクソにされたトリプルホーンホースは俺が【職業・魔獣飼い(モンスターテイマー)】によって≪使い魔≫と呼ばれる存在に――どうも脳の一部を書き換えるらしい。飼い主は最大で二名まで設定でき、主人とは念話で会話可能なようだ。なにこれ便利過ぎる――すると、俺の次にゴブ江ちゃんに懐いたのでゴブ江ちゃん専用になった。

 まだホブ・ゴブリンなゴブ美ちゃんとホブ里さんはゴブ江ちゃんと同じくトリプルホーンホースを、俺とゴブ吉くん、あとホブ星さんはハインドベアーをそれぞれ≪使い魔≫とした。

 残り一頭のトリプルホーンホースは、ホブ・ゴブリンの中でも特に適正があったゴブ吉くんの部隊の副隊長に任せる事に。

 ハインドベアーには偵察部隊の十二名が所持していたマジックアイテムな手綱と鞍が使えなかったが、トリプルホーンホースには使えたので支給しておく。


 そして夕方、エルフは男が三名に女が二名、新たに陥落しました。

 そして以前と同じ行為を繰り返す。


 うん、中々有意義な一日だった。


Day 58

 “五十八日目”

 二日連続でブラックウルフを探しに行った。ただし今日は俺一人だ。

 ゴブ吉くん達は昨日できたばかりの≪使い魔≫を乗りこなす訓練の最中なのだ。俺は前世で色々と経験していた事と、アビリティ【騎乗】があるので大した時間もかけずに乗れるようになった。

 意思疎通ができたのも大きい。

 一応ハインドベアーに乗り易い様にと、手綱と鞍は糸と革で作っておいたのでゴブ吉くん達も乗り心地に慣れれば問題は解消されるだろう。

 しかしそれにしても、灰色熊(ハインドベアー)に跨る武装した大鬼(オーガ)ってのは、色んな意味で凄い構成だな。これでハインドベアーにまで武装させたらどうなる事やら。


 今日は【気配察知】の索敵範囲にブラックウルフの気配が引っ掛かり、結果、八頭のブラックウルフと一頭のブラックウルフリーダーの捕獲に成功した。

 ブラックウルフの走る速度や踏破力や体力などは非常に優れていたが、ハインドベアー程ではなかったのだ。まさかこの巨体で木々の間をすり抜けるように疾走できるとは、流石の俺も思っていなかった。

 逃げられないと判断したのか逃げるのを止め、犬歯を剥き出しにと最初は反抗的なブラックウルフ達だったが、アビリティを発動した状態で睨んでやると、まるで人懐っこい犬のように尻尾を振るようになったのには少々癒された。

 その後、以前と同じようにブラックウルフ達の脳を弄って≪使い魔≫とし、ネグラに帰還する。

 今回はホブ里さん率いる軽武装部隊≪レッドシャルジュ≫に所属するゴブリン達に八頭のブラックウルフを与えてみる。

 乗りこなすのはゴブ吉くん達と同様に苦戦していたが、今後の事を考えると頑張ってもらうよりあるまい。

 俺は俺でハインドベアーのクマ次郎との仲を深めるべく色々と。

 ちなみにブラックウルフリーダーのクロ三郎は、俺の愛狼になっていたりする。

 二匹とも可愛いので癒された。

 赤髪ショートや錬金術師さん達に撫でられ気持ち良さそうにする様子からは、以前の迫力は全く見受けられなかった。

 そうだな、今後は鍛冶師さん達のボディーガート役として≪使い魔≫を増やすのもいいだろう。

 

 そして残るエルフの男二名に女二名が屈しました。最後まで抗ったのは例の護衛な二名だった。

 今まで通り優しくやったとだけ。いや、ちょっと激しかったかもしれぬ。


Day 59

 “五十九日目”

 クマ次郎の上に赤髪ショートと共に乗り、その横を歩くクロ三郎という奇妙なパーティーで森の未踏破区画を散策中。

 最近では戦闘技術も上達してきた赤髪ショートだが、いかんせん生物を殺していないので経験値が入っていない。つまりはレベルが変化していないのだ。筋力などは日々の訓練で上がってはいるようだが、レベル上昇時に比べれば本当に些細なモノでしか無い。

 ちなみに赤髪ショートの今のレベルは“18”。ハインドベアー狩りの時に“10”もレベルを上げたはいいモノの、ハッキリ言って雑魚過ぎる。

 このレベルの強化具合では普通のゴブリンの肉体能力にすら劣るのだ。


 そんな訳で、世界の不思議パワーによってハンティングに出かけては日々レベルを上げてステータスを向上させていく周囲のゴブリン達相手に、赤髪ショートは技術の小細工云々ではどうしても勝てなくなってきていた。

 それを改善すべく、今回のハンティングが行われるのである。

 赤髪ショートの装備だが、大したモノは持たせていない。未熟な内に性能のよい武装を渡しても自分の実力を勘違いする可能性が大きいので、マジックアイテムの類は一切持たせていないのだ。


 主武装(メインウェポン)は鋼鉄製のククリ刀(グルカナイフ)が一本、副武装(サブウェポン)として円形柄短剣(リング・ダガー)を三本。そして身を守る為の甲殻補強したラウンドシールド、とゴブリン一般兵クラスに支給されている【通常(ノーマル)】級の武器。

 防具は姉妹さん達がハインドベアーの毛皮と俺の糸で製作してくれた普段着の上に、胸当て(ブレストプレート)と灰色のクロークを装着。前腕には鋼鉄の籠手(ガントレット)、脚部には鋼鉄の大腿甲(キュイス)、鋼鉄の膝当て(ポレイン)、鋼鉄の脛当て(グリーブ)、鋼鉄の鉄靴(サバトン)と見た目的には重量感タップリだが、俺がそれぞれ軽量化のエンチャントを施しているので、実際の重量的には大したことは無い。

 それ故に赤髪ショートの動きは軽快だ。


 赤髪ショートの最初の獲物はヨロイタヌキだった。

 背面の甲殻の守りには少々手古摺っていたが、【職業・戦士】による戦闘補正か、もしくは訓練の成果か、またはその両方なのかはともかくとして、赤髪ショートはヨロイタヌキを解体する事に成功。

 その肉はクロ三郎に喰わせました。


 次の獲物はナイトバイパーが三匹だった。その眼光にやや怯みつつも、冷静に動きを見極めてラウンドシールドで攻撃を防ぎ、その首を刎ねる事に成功。

 その肉はクマ次郎に喰わせました。


 その次はコボルドが三体だった。俺が手早く二体を糸で捕獲し、一対一で戦える状況を造り出す。残された一体は逃げ場無しと判断したのか、赤髪ショートに狙いを定め、真正面から戦いを挑んだ。

 身体能力的にはモンスターであるコボルドの方が優勢だったが、日々ゴブリン達と訓練をして培った戦闘技術が身体能力の差を埋めた。

 コボルドの斬撃を潜り抜け、時に防ぎと、赤髪ショートは大した怪我を負う事も無く、最後には頸を切り落としてみせた。

 しばらくの休憩の後、体力がある程度回復したのを確認してから捉えていた内の一体を解放。逃がすのではなく、赤髪ショートと戦わせる為に。

 今度は若干怪我しながらだったが、今度も赤髪ショートはコボルドの身体を切り裂いた。

 残る最後のコボルドだが、戦わせる前にコボルド族の集落の場所を聞きだしてみる。

 結果、教えてくれました。

 機会があれば行ってみるかと思いつつ、体力が多少は自然回復した赤髪ショートが『次お願い』と言ってきたので解放する。

 そして最後のコボルドは前の二匹よりも善戦したが、最後は赤髪ショートの今日一番鋭く迸った一閃によって頸を斬られて死に絶える事に。

 赤髪ショートの怪我や疲労を全快させた後、クマ次郎とクロ三郎にコボルドの肉を一体分まるまる喰わせてやる。

 残る最後に戦った一体のコボルド肉は俺がボリボリと喰おうとしたその時、赤髪ショートもコボルドの肉を食べてみたいと言ってきたので、焼肉にして一緒に食べました。

 しかしそれにしても、赤髪ショートの適合力が半端じゃないなと再認識。モンスターの肉を喰う事に躊躇なくなってくるとかな。

 まあ、“喰う”という行為で俺が言える事じゃないけど。金属だろうと生だろうと大抵は何でもいけるし。

 うん。赤髪ショートくらいの胆力があるほうが、今後とも俺についてくるのならあった方が良いのでこれは良い事だ。


 【能力名(アビリティ)【山岳踏破】のラーニング完了】


 さて次の獲物は……と思っていると、赤髪ショートが俺の裾を引っ張った。

 どした? と思って見下ろすと、蒼玉(サファイヤ)のようだった双眸、それが今は鈍い赤色に変色していたのである。しかも円形ではなく四角く黒い瞳孔は、まるでモンスターのそれに似ていた。

 しかしモンスターのそれとは別モノのようにも思えた。

 禍々しい、と言うよりは、何か奇妙な寒気を感じる瞳なのだ。


 どうも、新しい【職業】を獲得したらしい。コボルドを喰ったからか、もしくはゴブリン達と訓練していたからか。

 まあ、それは置いといて。話を聞いてみる。


 赤髪ショートが得た【職業】は、【職業・魔喰の戦士(ノワールソルダ)】と言うそうだ。

 【職業・戦士】持ちがモンスターとの親和性を大きく高めた後、自分で殺したモンスターの肉を喰うという条件をクリアすると、一定の確率で得られる結構【希少(レア)】な【職業】なのだとか。

 これも例の如く俺が主な原因だろうな。後悔とか全くないので何とも思わないが。


 新しい【職業】を得た赤髪ショートだが、その戦闘能力は飛躍的に高まる事となる。

 【職業・魔喰の戦士(ノワールソルダ)】は定期的にモンスターの肉や血液など、とりあえずモンスターの一部を一定間隔で摂取しなければ身体が急速に衰えてやがては死んでしまうというトンでも制約(リスク)があるそうなのだが、その戦闘能力向上率は目を見張るモノがあった。

 どう見ても普通のホブ・ゴブリンと同等かそれ以上の身体能力がある。以前とは比べ物にならない程、全体のステータスが上昇していたのだ。

 今までの身体能力が普通のゴブリンと同等かそれ以下だった事を考えれば、飛躍的な進歩だろう。

 凄い凄いと言いながらアカシカの双角の攻撃を受け流し、横っ腹を蹴り上げて身体を浮かせ、筋肉に覆われて分厚い頸をククリ刀でズパンと斬り跳ばす赤髪ショートは、どこか可愛かった。

 角は回収し、肉は仲良く分け合って喰いました。


 【能力名(アビリティ)【双角乱舞】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【紅水晶の調】のラーニング完了】


 その後も色々と狩りを行い。 

 夕暮れ時、赤髪ショートとちょっと寄り道してから帰りました。


 赤髪ショートの新職業【職業・魔喰の戦士(ノワールソルダ)】は、俺の一部を取り込んだ時が最も大きく能力が上昇する事が確認された。

 この事から、より強いモンスターを取り込む程強くなりやすいのだろう。恐らく、とはつくが。

 ちなみに何を取り込んだとかは内緒の方向で。


 今日のハンティングで赤髪ショートの現在のレベルは“34”と、飛躍的上昇を見せたのであった。


Day 60

 “六十日目”

 【気配察知】に感あり。今は夜の二時だというのに、元気過ぎるだろと言いたくなった。

 最近ではかなり広域まで察知できる様になってきていたので、以前のように常時発動させていると、今回のように寝ている時でも叩き起こされてしまうので、非常に煩わしい事になる。

 そんな訳で【敵性感知(センス・エネミー)】に引っかかった奴だけを拾うようにしていたのだが、今回察知できた相手の数がやたらと多かった。夜だと言うにも関わらずだ。

 一瞬人間が攻めてきたのか? とも思ったが、それはあり得ないと結論付ける。闇夜の森はモンスターの領域だ。人間達が攻めてくるには、あまりにも不利な環境だ。


 ならば何か。それは即座に判明した。


 脳内地図と気配察知の両アビリティによって構築される位置情報に表示された種族名が、コボルドだったからだ。あれ、ついに復讐しにきたのか? とも思ったが、それも違うかもしれない。

 五十三の赤点で脳内地図に表示されているコボルド達、それを追走するように在る三十八の青点。そして最も遠い場所に周囲よりも若干大きな灰色の点が一つあるのだが、同一の種族は同じ色合いで表示されるので、つまりは三つの種族が居るという事になる。

 青点と灰色の点が何なのかは今の所不明だが、確実に言える事は青点に接触した赤点――コボルド達の数がどんどん減っていくという事だ。

 どうも、コボルド達は何かに襲われているらしい。

 この程度ならよくあることだと無視できる。


 しかし問題なのは、コボルド達は数を減らしながらも真っ直ぐこの洞窟に向かっていると言う事だ。


 厄介事が飛び込んでくるとか勘弁してもらいたいのだが、全く止まる気配が無いので全員を叩き起こし、迎撃態勢を整えて敵を待ち受ける事に。

 コボルドは何時でも殺せるので、現状の敵は青点と灰色の点で表示された存在だと認定。

 しばらくして、ここに来るまでに数が三十六と大幅に減ってしまったコボルド達が必死の形相で飛び込んできた。コボルドは今まで喰ってきたオスだけでなく、メスや子供、老人まで居るようだ。

 武装したオスのコボルド達は最後尾で青点――剣と盾と鎧で武装した白骨、と表現するのが適正なモンスター“骸骨兵士(スケルトン)”達の攻撃を必死に喰い止めていた。


 ……。……。


 しばらくの間、言葉を失った。

 あれは、リターナが居たからダンジョン内では一体も見かけず、実物見たのはこれが初めてなんだけど、どう見たって骸骨兵士(スケルトン)なこいつ等はベルベットのダンジョンを守護する魔法生物ではなかったのか?

 それが何故こんな所にあるのか。……あ、コボルドが一体斬られた。どうやら考える時間はあまりにも少ないらしい。

 と言う事で命令をカフス型通信機を介して下し、クロスボウの矢が先制攻撃としてスケルトン集団に撃ち込まれる。多少の足止めにはなったが、大したダメージは与える事はできなかった。

 余分なモノが無いスケルトンはただでさえ当て難いというのもあるが、例え当たったとしてもその骨を砕く事ができなかったのだ。クロスボウの矢が直撃しても弾かれるとは、やけに頑丈である。


 恐らく、何らかのアビリティが働いているのだろう。


 クロスボウでは効果が少ないと判断し、遠距離攻撃部隊≪ティラール≫の攻撃を止めさせて後方支援部隊≪パトリ≫と共に逃げてきたコボルドの牢屋までの誘導を任せ、ゴブ治くんを中心にコボルド達の簡単な治療を施させる。

 ココに居られたら邪魔だからだ。あとは見張りってな意味もある。

 遠距離攻撃では非効率だと分かったので、今度は待機させていた重武装部隊≪ラーヴエロジオン≫と軽武装部隊≪レッドシャルジュ≫を突っ込ませる。ブラックウルフ達も追加だ。

 しかし剣では骨を断ち難く、最初の方は苦戦した。

 しかしホブ里さんが機転を利かせて鞘で骨を砕いた事によって全ては変化した。スケルトンは斬撃系の攻撃には耐性があるが、殴打系の攻撃には脆い事が判明したのは大きい。

 即座にそれを伝達させる。するとこれまでの苦戦が嘘のように、スケルトンを倒すまでの間隔が短くなった。

 最も、弱点が分からなくても問題はなかったが。


 巨大戦斧とタワーシールドを持って突っ込むゴブ吉くんの姿はまるで移動城壁の如く。ズガガガガと轟音を響かせ、その巨躯でもってスケルトンを挽き潰しながら一掃する様は、ある意味で清々しい光景だ。

 相変わらずピッケル装備なゴブ江ちゃんだが、最早必殺と言っても過言ではないだろう上段からの振り下ろしはただ一撃で頭蓋骨を粉砕し、その勢いを止めることなく仙骨まで砕いてみせる。凄まじい一撃だ。スケルトン達はただ掘削されるのみ。

 ゴブ美ちゃんの頭蓋骨に【必中】する矢はやはり効果が今一つのようではあるが、それは当たる矢の数と連射性を上げ、さらに矢の大きさを変化させたりなどで威力を高めた事で解消された。怒涛の連射、防ぐ術はスケルトンには無かった。

 ホブ星さんが駆使する魔術はスケルトンを轟々と燃え散らかす。流石に味方がいるので広域破壊系の魔術は扱えないが、ランクアップした事により魔術の効果が底上げされた状態なのでそんなハンデなどどうという事は無い。

 俺は言わずもがなだ。


 俺達にはコボルドと違って、対抗手段は幾らでもあるのだ。この程度のスケルトン相手に、負けるはずなど無い。

 あと≪使い魔≫なハインドベアーやトリプルホーンホースの突進などもあるので、戦力としてはあり過ぎて困るくらいだ。


 これは、俺の出番はないかもしれんな。と思ったのだが、そうはいかないようである。

 スケルトンの数が減った気がしないのだ。

 洞窟内に居るスケルトンはガラガラとその形を崩され、ただの骨の残骸となって白い山を形成するのだが、出入り口から後から後から湧いてくるので尽きる事が無い。


 その原因を考え、俺はリターナに教えてもらった事を思い出した。


 骸骨兵士(スケルトン)の上位版として製造された上級骸骨兵士(グレータースケルトン)には、骸骨兵士(スケルトン)を生み出す能力があるのだと。

 それも闇に沈殿する自然魔力マナを吸収する事で、ほぼ無限に近い数を生み出せるらしい。普通はそんな事できないらしいが、流石は(ベルベット)様だ、と自慢げに言っていたっけか。


 ああだからか、と納得しつつ、早速潰しに行こうかとも思いはした。

 しかし、骸骨兵士(スケルトン)を倒すと経験値が入る事が判明したのでそれは寸での所で思いとどまった。

 これは、レベ上げに丁度いいのではないか? と。


 そんな訳で、深夜に唐突ながら開催された経験値稼ぎ祭は始まりを告げたのだった。


 骸骨兵士(スケルトン)を生み出している上級骸骨兵士(グレータースケルトン)だろう灰色の点は今も外で動いていないので、不安要素は今の所少ない。

 誰かスケルトンに殺されたりしないだろうか? と最初は思っていたが、しばらくすると皆もその動きに慣れてきたようなので怪我を負う事は殆ど無くなった。

 ただ疲れが溜まってしまうともしもの事が起こりうるので、それぞれ交代しながら排除に当たらせる。

 遠距離攻撃部隊や後方支援部隊も鈍器で殴れば比較的簡単に壊せるので、バディーを組ませて一体を確実に屠らせていく事に。

 俺はそれを観戦しながら山積みな白骨をボリボリと。途中から戦って休憩しにきた赤髪ショートもボリボリと。

 騒動で起きてきた鍛冶師さんや姉妹さんや錬金術師さん達には、白骨(コレ)が何かの材料にならないかな? と相談してみたり。

 材料になる、というかココまで高品質なモノは結構なレアモノだそうで、一定量は別の場所に移させて保管した。売る所で売れば、結構な金になるそうだ。これは今後の資金源になってくれるかと期待している。

 流石【職業・行商人(ペドラー)】持ち。商売については頼りになるな。

 

 【能力名(アビリティ)【斬撃耐性】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【刺突耐性】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【陽光脆弱】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【殴打脆弱】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【クリティカルヒット無効】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【不眠不休】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【骨結合】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【魔力接合】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【装具具現化】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【魔瘴の生命】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【魔力吸収】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【状態異常無効化】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【冷気攻撃無効化】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【雷電攻撃無効化】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【酸攻撃耐性】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【光ダメージ脆弱】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【神聖ダメージ脆弱】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【炎ダメージ脆弱】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【酸素不要】のラーニング完了】


 流石に数が数だけに、多くのアビリティを確保できた。不必要なモノも多々あるが、発動しなければどうという事は無いので問題無し。


 そして経験値稼ぎが始まって大体四時間ほどだろうか。そろそろ夜が明ける時間が近づいてきたし、皆結構な量の経験値を得た事で大幅にレベルアップしたので、この祭りもそろそろお開きにするべきだろう。

 と言うか、寝たい。

 そんな訳で俺はこの祭りを終わらせるべく、単騎で出入り口から終わりなく侵入してくる骸骨兵士(スケルトン)達を銀腕や朱槍で薙ぎ払い、洞窟の外に出た。

 それと同時に脳天に向けて振り下ろされた漆黒の大剣。予め予知していた俺は朱槍でその一撃を横に流し、槍のように指を伸ばした銀腕を眼前に突き出す。

 漆黒の大剣の主たる、骸骨兵士(スケルトン)を二周りほど大きくしてその武装を数段豪奢にしたような骸骨兵士(スケルトン)――上級骸骨兵士(グレータースケルトン)の胸部を銀腕が貫いた事で、この祭りは終わりを迎えたのだった。


 カタカタと恨めしげに微動する頭蓋を拾い、ガリッと喰って耳障りな音を黙らせる。その後はもちろん全身の骨も喰らいます。

 流石上位種。壊して得られた経験値や、喰った時の美味さが骸骨兵士(スケルトン)の比では無かった。

 あと、骨がココまで美味く感じるとは、流石に思っても居なかった。

 何これ、高級骨? 歯応えもいいな、これ。うん、美味い。


 【能力名(アビリティ)【下位アンデット生成】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【上位装具具現化】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)死者の波動(ネガティブエナジー)】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【下位ダメージ軽減】のラーニング完了】

 【能力名(アビリティ)【下位魔法ダメージ軽減】のラーニング完了】


 いやはや、最初はよくも厄介事を持ってきてくれたな、と思っていたコボルド達だが、今の俺にとっては幸運を運んでくる犬のように見えた。

 とりあえず、牢屋に赴いて一人だけクレリックなゴブ治くんが必死に重傷のコボルドを治す様子を見ながら、その他のコボルド達全員の治療を俺がパパっと終わらせて、その後睡眠性の毒で全員を眠らせる。

 寝ている隙に暴れられても困るしなー。

 俺達は俺達で、祭りで疲れたのでグッスリと寝ました。


 そして夕方。

 毒で眠らしていたコボルド達を叩き起こし、その集団のリーダーだという短槍を装備した“足軽コボルド”とその側近数名に事情を聞いてみる。

 その結果、こうなった流れとしては以下の通りだと判明。


 彼等は俺たちと同じく洞窟(ただしほぼ天然のヤツ。拡張とかはしていなかった)で暮らしていたコボルド氏族の一つである。

 →そんな彼等は森と山での狩猟によって暮らしていた訳だが、オークを殺し、鉄のピッケルを得た事から全ては変化した。

 →最近は食料を得るための狩猟にオスコボルド連中が出ている間、メスコボルド達が住処の拡張作業で穴を掘る事に。

 →それにより洞窟の快適化に成功。これ幸いと、さらに広げる。

 →するとベルベットのダンジョンに繋がるというハプニング発生。

 →当初はその空間が何なのか分からず、明日の朝にでもオスコボルド達が調査する事が決定されて一応簡単な埋め立て作業を行っていたのだが、夜、そこからスケルトンの大軍が!!

 →取る物も取らずに急いで逃走。

 →疲労とは無縁なスケルトンにコボルド達はやがて追いつかれ、しかも能力的に劣るので抵抗むなしく仲間が何体も殺される。女子供老人戦士関係なしに。

 →何処に逃げれば? そうだ最近有名なオーガが居るあの洞窟に行けば何とかなるんじゃないか!?

 →でも殺されるんじゃ。

 →このままじゃどうせ死ぬ。なら賭けるしかないだろうとリーダーが叫ぶ。

 →そして現在に至る。


 ……なんぞこれ。

 いや、うん。良いんだ、結果さえよければな。

 話を聞き終わり、考えを纏めながら角を擦ったり摘まだりしていると、足軽コボルドやその他のスケルトンと戦っていた戦士階級のコボルド一同が整列し、土下座してきた。

 どうも、コボルドの【存在進化(ランクアップ)】した先が“足軽”とあったように、コボルドの性格は基本的に武士とか侍系であるらしい。今まで何頭も殺して喰ってきたが、初めて知った。

 一応、俺達は同族を何体も喰ったんだぞと言ってみたが、ござる口調で弱い者が強い者に喰われるのは必然、そして我らが“殿”にならば同族も殺され、喰われたのは本望だろう、などなど色々言われた。


 そう、“殿”だ。

 俺の事を、足軽コボルドを筆頭としてコボルド達は“殿”と呼ぶ。


 命を助けられた→これはもう命で返すしか道は無し、という思考回路であるらしい。

 単純明快、しかしそれ故に一度主君と見定めた相手に裏切る事などありはしない、命令されれば喜んで自刃する、らしい。


 これ等は自己申告だ。


 まあ、そのまま全てを信じるのは流石にありえないが、あの真剣な瞳を見れば全てを否定する事もどうかと思う。あそこまで真剣な瞳は、そうそう見れるものではない。

 と言う事で、保険を用意する事にした。

 アイテムボックスからとあるマジックアイテムを取り出し、俺は喰った。全部で十個あったそれを、一欠片も残す事無く全て嚥下する。

 

 【能力名(アビリティ)【隷属化】のラーニング完了】


 喰ったマジックアイテムは、ベルベットのダンジョンで殺した冒険者達が所持していた“隷属の首輪”だ。

 効果は説明するまでも無いだろう。文字通りで、定番の品と言えるモノだから。

 非常に便利なアビリティを得られるのが分かっていたのに何故今まで喰っていなかったのか。その理由は単純明快、以前一つ試しに喰ってみたんだが、酷く不味かったからだ。

 舌触りからして気持ちが悪い。表面は何処かネバネバしているし中身はやけに硬く、噛めば噛むほど吐き気を催す。

 しかも味は苦くて酸っぱくて辛い、という三重苦が何とも言えない絶妙な味わいを醸し出す、と言えばいいのだろうか。

 ココまで不味いと思ったのは本当に久しぶりで、それ以後あれば便利だなとは思いつつも喰わずにいて、現在に至ったのだ。

 流石に、必要に駆られれば我慢して喰うしかなかった。

 そんな訳で得た【隷属化】。反逆防止となるこのアビリティだが、これを持っているだけでは効果を発揮しないので、それを解決する為に追加のカフス型通信機の製造に取り掛かる。

 

 ん? それでコボルド達をどうするかだって? 取りあえず明日になったら待遇を決めるから、今は牢屋で寝てろと押し込んでます。

 コボルド達は本当に従順に従ってくれたので、あまり無碍にはしたくないと思ってしまう。

 しかし、うーむ、殺して喰うべきか、戦力として保持しておくのか、それが問題にて候。


Days 181-190

Day 181

 “百八十一日目”

 まだ朝日も昇らぬ時間から飛行型外骨格【翡翠鷲王の飛翼】を身に纏い、同行していた団員の中で唯一空を飛べたカナ美ちゃんも連れずに単鬼で空を飛ぶ。

 最近特に寒くなってきていたので高速飛行はどうかと思っていたが、外骨格の防寒性は思っていた以上に優れているようで、分厚い凍雲の中に突っ込んでも全く寒いとは思わなかった。

 流石に外骨格の表面は薄く凍っていたようだが、身震いすれば簡単に剥がれる程度なので問題は特に無い。

 気にする事無く全速力で飛び続けた。

 その途中で飛行型モンスターと何度かすれ違ったが、すれ違った際に生じた烈風で簡単に吹き飛んでいたので高レベルのモンスターではなかったらしい。

 今回は急ぎなので狩りはしなかったが、帰りにでも摘み食いしようと思う。どんな味がするのだろうか、少し楽しみだ。


 それで今回の目的地だが、大森林にある拠点だったりする。

 帰還理由は当然、昨日逝ってしまったゴブ爺との別れを済ます事だ。

 ゴブ爺が死んでからまだ数時間しか経っておらず、昨夜は時間が時間だったのでさっさと寝たが、普段よりも早く起きて帰還している。

 その行動が迅速だったからか、朝日が昇り、拠点に残していた団員達が本格的に活動し始めた頃には拠点に到着する事ができた。


 拠点には戦闘能力が低かったり、そもそも非戦闘員だったり、温泉施設などでの仕事があったりする猫妖精(ケットシー)やコボルド、ドワーフや人間の女性などを多く残している。

 誰にも帰るとは言っていなかったので顔を見せると驚かれたが、すぐに『アポ朗/俺だから、王都に居たはずだけどここに居ても不思議ではない』と納得していた。

 残留組には外から入って来た者も多いのだが、皆ここで過ごす間に今まで持っていた“常識”が徐々に崩れ、ここの“常識”に馴染んだのでこんな薄い反応となったようだ。

 馴染む事によって他種族でも仲間意識が生まれたり、恋愛感情を抱いたりするので都合は良いのだが、初期の新鮮な反応が見られないのはちょっと寂しく思う部分もある。


 ともかく、そんな団員達とすれ違う度に簡単な挨拶を交わし、俺はゴブ爺が居る一画に急いだ。

 ゴブ爺の死体は腐り難いよう、拠点にある霊安室に安置されている。まあ、霊安室といっても居住区を改造する内に不便だから、という理由で外したかつての坑道の奥深い場所だ。

 ひんやりと肌寒いそこは蟲などもあらかた駆除しているので、短時間なら死体の保管も問題ない。

 それなりの広さもあるので天然の食糧保管庫としても使えるが、それは一先ず置いといて。


 目的地に到着すると、平たい石に敷かれた毛皮の上にゴブ爺が寝かされていた。

 着ているのは普段通りに腰布一枚で、傍には愛用の杖がある。

 外傷が無いのでパッと見では安らかに眠っているようだが、見間違いようも無く死体である。冷たくなった身体からはまだ腐臭こそ漂っていないが、二度と動く事はない。

 アンデッドとなって動き出す、何て事も無さそうだ。

 まあ、アンデッドになっても弱いだろうけどな。


 色々と確認した後暫く合掌し、黙祷。

 南無。ゴブ爺の冥福を祈る。


 思う事は色々とあるが、改めて死体を見ると、僅かながら寂しさを感じた。

 悲しみから涙を流すなどは無いが、これからの鬼生でベルベットと同じように、ゴブ爺に対して感謝の気持ちが消える事は無いだろう。

 ゴブ爺がいなければこの世界の情報を得るのはかなり手間取っていたのは間違いないし、何より大森林で採れる素材の使い方など、赤髪ショート達から得られないような情報はかなり多かった。

 本当に、ゴブ爺には助けられたモノだ。


 と感謝した後、俺はゴブ爺の死体を丸々喰ってみた。肉体を操作して口を限界以上にまで広げ、三口で全身を喰い終える。

 正直な話、ゴブ爺は美味しく無い。痩せているので肉は少ないし、骨もボロボロなので軽く噛んだだけで呆気なく砕けてしまう。それに死後数時間は経過しているし、二十年以上生きたゴブリンなので、新鮮とは言い難い

 それでも俺は血の一滴も残さずゴブ爺を喰い、その骨肉を自分の血肉とした。

 そうする事が、正しいと思ったからだ。


 【能力名(アビリティ)【老鬼の知恵袋】のラーニング完了】


 ……正直、ラーニングできるとは思っても居なかった。

 ゴブ爺は弱過ぎるし、使徒鬼(アポストルロード)となって必要になった摂取量からすれば喰ったゴブリンの量は全く足りていないからだ。

 だがラーニングできてしまっている。

 もしかしたらだが、喰えばラーニングしてしまう程ゴブ爺は知恵を貯えていたかもしれない。かなりの確率であり得ないとは思うのだが、その可能性は捨てきれない。

 あるいは、俺がかつてゴブリンだった事でそもそもラーニングし易い下地が既に出来ていた、といった所だろう。

 ゴブ爺には少なからず思い入れもあったので、それがラーニング成功率を引き上げていた可能性もある。


 ともかく、ラーニングできた原因の解明については考えない事にする。

 そもそも確率によって変動するモノであり、何があろうとラーニングできたモノはラーニングできたモノなのだから仕方ない。

 取りあえず、早速【老鬼の知恵袋】を使ってみる。

 だが何も変化はない。視界にはただ岩肌が剥き出しの洞窟が広がっているだけだ。

 不発、と言う訳ではない。アビリティは確かに発動している。今度はアイテムボックスから【弾けの実】を取り出してみた。

 すると【弾けの実】を指すように逆三角形の幻影が見えるようになった。以前は無かったこれが【老鬼の知恵袋】の効果によるもので間違いないので、取りあえずそれを触れる、と念じてみた。



 ―――――――――――――――――


 名称:弾けの実。

 分布:クーデルン大森林全域、イスカリアン牢樹海、など他多数。

 特性:一定以上の衝撃を与えると硬い種を周囲に撒き散らす。種は三~八とバラつきがあり、数が多い程種は小さく、しかし硬くなりやすい。

 備考:食用に適しているのは種のみである。種はそのままだと硬過ぎて喰えたモノではないが、数時間じっくりと煮る事で柔らかくなる。食感は豚肉に近く、濃厚な味わいとなる。

 蘊蓄(うんちく):弾ける事で種を散布する際、飛び散った種に当たって運悪く死んだ小動物の死体が近くにあるとそれを養分とする。

    確率は低い事だが、そうなると通常よりも成長が速くなり、種の硬度も上昇、弾ける強さなどが変化する。

    世界最強の弾けの実――その段階になると【滅爆の実】と呼ばれる――は、世界に五つしかない【大神級】の【神代ダンジョン】を内包する“オルトリア死滅樹海”にて確認されている。

    それは至近距離なら竜・龍の竜鱗や龍殻すら突破するらしく、ダンジョンに挑む者はまずその対策を講じる必要があると言われている。


 更なる情報を閲覧しますか?

 ≪YES≫ ≪NO≫


 ―――――――――――――――――



 その後も幾つか試して分かった事だが、【老鬼の知恵袋】は大森林や樹海などで採れる素材の特徴や特性、物によってはそれを使った毒薬の製作法など、今まで知らなかった知識も含めて脳内で表示されるという効果があるらしい。

 どうやら【物品鑑定(ディテクト・アナライズ)】などと同じ系統のアビリティらしいが、コチラの方が蘊蓄なども見えるので、より詳しいと言えるだろう。

 情報を読めない物が多いのが欠点だが、蘊蓄は今後の為になるし……ちょっとだけ、【弾けの実】を本格的に育成しようかと思ったのは秘密である。

 なんだよ、【滅爆の実】って。かなりヤバそうで、面白そうじゃないか。

 ま、まあ、その他の知識の中には色々と応用が効きそうなモノもあったので、錬金術師さんとかと一緒に新薬の開発をする際、意外と発想の手助けをしてくれるのでは、と期待しておく。


 死んでからもなんか手助けしてくれそうなゴブ爺に向けて、再度合掌した。


 ゴブ爺との別れが済んだので霊安室から引き返し、いい匂いがしたので大食堂の方に行くと、厨房にて朝食を作っている姉妹さん達と顔を合わせた。

 姉妹さんにはまだ顔を見せていなかったので、俺が居る事にビックリしていた。が、すぐに笑顔を見せてくれた。ほっこりと和む。

 二人の笑顔を見ているとすぐに王都に帰るのもなんだかな、と思ったので姉妹さん達の手料理を久しぶりに堪能する事にした。

 朝飯もまだだったので丁度いい。

 匂いに誘われるくらいには腹も空いている。ゴブ爺では腹一分も満たなかった。


 と言う訳で、現在の団員数が団員数だけにかなりの広さを誇る大食堂の座席の一つに座り、二人の様子を観察する。

 大食堂に料理を提供する厨房は徐々に拡張されてそれ相応の広さとなっている。十数人が一度に調理してもまだ余裕があるくらいだ。

 厨房に設置されたコンロや水道といった設備、包丁や鍋などの調理道具は鍛冶師さん達が魔法金属や精霊石を使って製造しているので、かなり充実している。

 自慢ではないが、お転婆姫の琥珀宮の厨房と同等かそれ以上の設備となっていた。

 そんな厨房で姉妹さんは大鍋に刻んだ大量の食材を放り込み、火精石が仕込まれたコンロで煮込み、調味料で味付けしたりと細々とした事を行っている。その動きに淀みは無く、朝食は着々と作られていた。

 姉妹さん以外に厨房で料理を作っている者はいないが、【料理長(コック・チーフ)】を得た姉妹さんだけで数十名の残留組の飯を賄うのは十分なので問題は無い。

 いざとなれば別の所で働いている料理担当が手助けするようにはしているが、姉妹さんは楽しそうに作っているから無用な心配だろう。


 姉妹さん達を見ながら料理を待っていると、大食堂に姉妹さんと同じく久しぶりに顔を合わせる事になった鍛冶師さんや錬金術師さん達がやって来た。

 鍛冶師さん達は姉妹さんと同じように俺を見て驚いていたが、すぐに元に戻り、久しぶりに他愛もない話をするのはやはり楽しいものだ。

 イヤーカフスを介して毎日短くても話していたとはいえ、直接会って話す方が一番なのは間違いない。微妙に変化する表情や肉体の温もりは通信では伝わり難いからな。

 そして待っていた姉妹さん達の料理は期待通りに美味しく、栄養を取り込んで一日の活力が内面から漲った。


 だが今回一番注目すべきは、錬金術師さんの腕に抱かれてスヤスヤと眠っている、現在俺の子の中で唯一の人間――ニコラの存在だろう。

 正直その寝顔が可愛くて堪らない。ぷにぷにとした赤い頬っぺた、幸せそうな可愛い寝顔、俺の指を握り返す小さい五指、触れれば壊れそうな小さく柔い身体。

 オーロやアルジェント、鬼若も勿論可愛い子供なのだが、一番下で、まだ赤ん坊であるニコラは可愛過ぎて困る。四人には等しく愛情を抱いているし、注いでいるつもりだが、うむ、ニコラの寝顔を見ながらにやけてしまうのは仕方ないだろう。

 それぐらい可愛い。


 そんな可愛いニコラはまだ言葉は喋れないが、時折まるでコチラを観察するような目をする事がある。

 俺の血を引いているのだから、案外一歳児で動き回るとか、普通に喋り出すかもしれないな。流石に言い過ぎだとは思うが、そう思う何かがある。

 ふと気になったのでベルベットの遺産の一つである【遺物(エンシェント)】級のマジックアイテムでニコラを調べてみると、どうやらニコラは生まれた時から【職業・鬼児】、【職業・紋章術師(クレストメイカー)】という二つの職業を持っている事が判明した。


 【鬼児】は父親が鬼である俺だから得たのだろう。これはオーロとアルジェントも持っていたので、親の種族に起因するらしい。

 特性は、普通よりも強い生命力を得る、成長力の促進、などが挙げられる。

 錬金術師さんが授乳の時ちょっと痛い、とも言っていたので、力も普通より上がっているのかもしれない。


 【紋章術師(クレストメイカー)】というのは、バロールが行使していたような紋章術を使う【魔法職】の一種だ。

 俺の刺青と似ているが微妙に異なる刺青を他三人同様ニコラも持っているので、それが関係しているのではないだろうか。

 ただそうなるとオーロとアルジェントが【紋章術師】を持っていない事が気になるが、きっとそこら辺は個人の素質や才能が関係しているからに違いない。

 あるいは別の条件が隠されているのか。


 まあ、それはともかくとして。

 久しぶりにあった五人に癒されている内に、今日は拠点で一泊する事になった。

 せっかく帰って来たのだから、イヤーカフス経由でよく喋っていたとはいえ、ほったらかしにしていた負い目があるのでサービスする事にしたのだ。


 そんな訳で。

 朝食を喰い終わると、レプラコーン達が防具などを織り、ドワーフ達がせっせと武器を鍛造している拠点の主要施設の一つである≪工房≫にて、鍛冶師さんや錬金術師さんと一緒にあれこれした。

 どうやら二人は、というか二人を加えたドワーフ達は、最近新素材開発に凝っているらしい。

 少しでも良い合金を造ろうと、日々夜遅くまで研究しているという。

 以前ポロっと錆び難いステンレス鋼や、色々と使い道のあるマグネシウム合金、モーターなどの鉄心用磁性材料などに使えるケイ素鋼、といった物の話をした事があるのだが、そこから興味を刺激されたそうだ。

 幸い材料は拠点の拡張工事による掘削の際に確保できていたし、一度王都に行った時に大量に買っていた。最近では近くの山に遠征して新たな鉱石類を掘削していたりするので、量は造れないが研究するだけなら何とかなっている。

 その話を聞いて、合金を造るには様々な金属があった方がいいだろう、と言う事で、お土産として予め買っておいた多種多量の金属類を取り出して渡しておいた。

 すると非常に喜んでもらえたので、何よりだ。


 それで研究結果だが、短期間ながらドワーフ達の手助けもあって、前世にはない【魔法金属】や【魔法薬】などを使用した独特の製法によって、面白い特性を持つ新しい合金の開発に成功したらしい。

 鍛冶師さんと錬金術師さんが、揃って胸を張り、ドヤ顔をしていたのは印象深い。

 鍛冶師さんはともかく、錬金術師さんもそんな事をするとは、普段とのギャップがあって、ぐっと来る。


 まあ、実験の失敗の方が圧倒的に多かったようだが、失敗は成功のもとである。

 そこから新しい物を造れたのだから、浪費された材料の価値はあった。

 ただまだ発表できる程の品ではないらしく、納得がいく程の完成度になったら報告してくれるらしいので、楽しみにしておく。

 やる気になっているので、予めどんな合金なのか調べるのは控えようと思う。


 午後まで続いたそれの後、姉妹さん達と一緒に昼飯の調理に取り掛かる。

 王都や迷宮都市にて大森林では採れない食材を確保していたので、それを使う事になった。

 作ったのはジャダルワイバーンの肉を使用したハンバーグや焼き亜竜肉などだ。それは一旦朝の仕事を終えて、昼飯を喰いに大食堂に集まった団員全員がお代わりをするくらい好評だった。

 ちなみに食事を終えた後、残留組全員には緘口令を敷く。

 理由として、喰えなかった奴等が嫉妬してしまうからだ。それにこうして些細ながらも秘密を共有する事で、結束を強める、という狙いもほんの僅かだがある。

 他の奴等にも食べさせてやるつもりではあるが、もう少し後になるだろう。


 昼が過ぎると、ドリアーヌさんが活躍している≪温泉施設≫の方に赴いた。

 エルフ達に解放している≪温泉施設≫は、外からやって来た者――一部極めて少ない例外を除いてエルフだけだが――に分かりやすいように≪パラベラ温泉郷≫という別名を付けている。

 団員達が入る為の温泉から距離を置いて造られたそこは、最初は周囲を囲う壁と温泉に入れる和風の屋敷だけしかなかったのだが、時が経つにつれて自然と周辺設備が増え、立派になっている。


 ドワーフ達がミスラルなどを材料にして造る武具や、繊細な細工が施された装飾品を売る金物屋≪ドワーフ装具・グラスハンマー≫。

 手頃な値段で喰えるだけでなく、食材の持ち込みで格段に安くなり、多彩な料理を提供する料理店≪注文が増える招き猫≫。

 開拓が進み広さを増している≪農地≫にて、精霊石を使用して造られた新鮮でかつ栄養たっぷりの野菜や果実を安く売る、エルフの奥様方に大人気である八百屋≪森精の恵み≫。

 ハマり過ぎるとご破算ですよ、と注意を促しつつも夜遅くまでヒトの欲望をかき集める賭博場≪カジノ・バカララ≫。

 金が無くて賭博ができなくなった者、あるいは金を返せなくなった者達を誰かれ問わず吸い尽くす金貸屋≪借金地獄≫。

 遅くなっちゃったからちょっと一泊していこうかな、汗流したいし時間も遅いから帰りたくないな、という客層を狙った簡易的な平屋の宿屋≪温泉宿・タイラ≫。

 高額で完全予約制ながら便利なマジックアイテムをふんだんに使用した部屋に泊まる事ができ、温泉への移動が非常に便利かつ様々なサービスを受けられる≪温泉屋敷・鬼の(かま)≫。

 といった具合だ。


 正直温泉だけやっていても十分な成果を得られたとは思う。

 だがこうして色々な商売に手を出すのは、決して悪い事ではない。

 このまま傭兵業だけ続けていても、あっと言う間に千にまで増え、更に増えるだろう団員を養うのはちょっと大変だ。

 ≪農地≫で野菜などは作っているし、【下位巨人生成】があるので食費はかなり抑えられているのだが、いつ何が起きて食材が穫れなくなるか分からない。

 そうなると大量の食材を買うにも、団員の装備を買い揃えるにも、作るにしても相応の大金が要る。

 だからこうして定期収入が見込める活動基盤を固めつつ、手広く金稼ぎする手段の確立は今後必ず必要になる。

 その為色んな系統の店舗を経営するのは訓練として丁度良かった、という訳だ。


 最初は不安な部分もあったのだが、実際やってみると狙い通りにエルフ達の生活の奥深くまで喰い込めたので、一先ず成功だろう。

 これで肩の荷もかなり軽くなった気分だ。

 今後ともエルフ達とはいい隣人であり続けたいと思っている。立場的はコチラが優位なままだと尚良しだ。


 などと思いつつ、≪パラベラ温泉郷≫を回って気になる点を改善させ、最後にドリアーヌさんの天然由来のアロマオイルを使用したオイルマッサージを受けた。

 これをやろうと考案したのも、手技を教えたのも俺なので、どこが悪いか、どこが良いか、などを受けながら言い、改善させていく。

 日頃の疲れが取れるようで、まったりと癒されました。

 やっぱりマッサージは良いもんだ。


 そして夕方、久しぶりに父親エルフと酒を飲む。

 特別に幹部専用の温泉に入りながらで、温泉に入りながらだとエルフ酒の味は更に美味く感じられた。岩壁をくりぬいて外の風景が見れる一画で呑み交わしたので、夜空に輝く星の輝きを見ながらだと、より一層味わい深くなる。

 やはり飲み友達が居ると良いもんだ、と思いながら話をしていると、父親エルフの弟の話になった。

 弟エルフは以前酒樽十個と引き換えに、特別に許可して≪パラベラ温泉郷≫に招く事を許した存在だ。

 弟エルフは父親エルフと共に数日間≪パラベラ温泉郷≫に滞在し、店舗など色々と興味深そうに見ていたが、やはり様々な種類の温泉を堪能していた時間が最も長いだろう。

 長年の疲れも徐々にだがとれていったようで、帰る頃には来た時よりも元気になり、すっかり温泉にハマっていた。

 その後は弟エルフの強い要望によって父親エルフが名鉄を一枚渡しているので、それを介して短いが実際に言葉を交わした事がある。

 まだ直接は会っていないが、名鉄に埋め込んだ分体経由で姿形やその他の情報は把握済みだ。

 流石兄弟と言うべきか、弟エルフは父親エルフと似たようなダンディなオジサマだ。同性ながら、どうせならあんな年寄りになりたい、と思うような気品がある。

 しかも老舗商会≪緑矢星郷≫会長という大層な身分も持っているので、ぜひとも懇意にしたい人物でもある。

 まあ、コチラには温泉という鬼札があるので仲良くなるのは簡単だろう。

 温泉を対価に、とチラつかせるとアチラはかなり乗り気になっていたので間違いない。

 俺としても色々な情報を集め、この温泉がどれ程貴重で希少なのか分かっているので安売りはするつもりはないが、だからこそ対価としては十分だ。

 弟エルフはかなり行動力があるようで、現在は王都に向かっているらしく、到着したら色々と本格的な商談をしよう、と約束も交わしている。

 父親エルフも『弟とも仲良くやってくれ』と言っているので、長く付き合えるよう対等な関係を結べるようにしたいものだ。


 そして遅くなり過ぎたので父親エルフを≪温泉屋敷・鬼の(かま)≫に泊らせたり、その他細々とした手続きを済ます。

 今日は夜のお楽しみが待っているので、さっさと片付けました。


Day 182

 “百八十二日目”

 各地に散らばらせていた団員達が、行った先々でそれぞれ依頼された。

 依頼内容は都市の防衛、領内の視察に赴く貴族の護衛、近くの山に住み着いてしまった盗賊団の討伐、暴れるモンスターの討伐、などとかなり多岐に及んでいる。

 これまでの依頼人は基本的にお転婆姫だけだったが、こうして一気に大勢の依頼人が出現したのは、どうやら傭兵団の名がかなり広がって来た事が原因らしい。

 先のクーデターの影響で少なからず乱れた治安の隙を狙って盗賊山賊の類が暴れるのではないか、と危惧した村長やら領主が悩んでいる所に団員達が登場、それを知ったので即依頼、という流れが依頼の約半分を占めるだろうか。

 依頼を受けてそれを完遂すれば徐々に信頼を得られるし、切羽詰まった所ほど割高な報酬金を提示してくれているので断る理由はほぼ無い。

 コチラとしても都合が良かったので細々とした予定を調整し、依頼を受けさせつつ、今後の展開で必要になった奴等を王都の屋敷や迷宮都市≪パーガトリ≫に結集させる事にした。

 せっかくの休暇が終わってしまった者も居るが、今後の為に我慢してもらう事にしよう。

 本格的な始動にはもう少し準備が必要だから、多少は優遇するつもりだ。


 朝のうちにそれ等の指示を済ませ、朝食を済ませた後は王都に帰還する。

 鍛冶師さん達に見送られ、空の旅を楽しむ事しばし。

 その途中で何匹か飛行型モンスターを摘み食いしてみたが、ラーニングはできなかった。

 やはり腰を据えて大量に狩らねばならないようだ。

 ある程度食べると一先ず止めて、先を急いだ。


 やがて王都が見えてきたので地上に降り、【王認手形】を使って中に入る。

 城下街は数日の間少なくなっていた人数が回復したらしく、以前と同じかそれ以上の活気に満ちていた。道を多くのヒトが行き交い、客を呼ぶ声が響いている。

 やはり王都はこうでないと、と思いながら報酬として貰った城下街と貴族街の境にある屋敷に向かう。

 その際道中にある露店や店で商品や価格のチェックをしながら歩いていると、ヒソヒソと囁かれ、指差される事が次第に増えていった。

 何もしなくても優れた聴覚によって大凡の事は聞こえるが、【盗聴】を使って雑音を消してクリアな声を聞いてみた。

 それによるとどうやら『ほら、あれが例の切り札って話の』や『闘技場でジャダルワイバーンを瞬殺した実力は本物だからな、俺は凄い奴だと最初から見抜いていたさッ』、『はぁはぁ。ヤバい、本物、本物の、本物のッ! ブハッ!!』などと言われているらしい。

 大半は闘技場での一戦だったり、クーデターの時にお転婆姫の陣営で活躍した事を囁いている様だが、一部にはあの第一王妃や闇勇と同じような雰囲気の老若男女が居る。

 まるで神に祈るような仕草をする者が多いのだが、それはまだいい方だ。

 第一王妃のように恍惚とした笑みを浮かべ、紅潮した頬と血走った眼で俺を見つめる者がそれなりの数混じっている事は問題だろう。

 束ねられた熱い視線は物理的な力を持ちそうな程で、流石に寒気が走りブルリと震えた。戦闘ならば間違いなく瞬殺できる相手だが、流石に街中で、それもただ見つめてくるだけの相手に何かはできないので、かなり厄介だ。

 狂信者本当に恐い。俺にとっては盗賊や軍隊よりも遥かに相性が悪い存在とも言える。ストレスで肩が凝りそうだ。

 何だか気分が削がれたので、露店で焼き鳥を束で買った後は足早に屋敷に向かう事にした。

 しかし背後から多数のストーカー達が動く気配がしたので、建物の屋根を跳びながら進む事にした。流石にそれに反応できるモノは居らず、何か名残惜しそうなため息が聞こえたが、黙殺。

 気にすればするほど滅入りそうだ。


 そうしてやっと城下街と貴族街の境にある屋敷に到着すると、待ち構えていたカナ美ちゃんに出迎えられ、抱き締められる。

 置いて行かれた事が納得できていないらしく、俺の胸に顔を埋めながら愚痴り、その一見するとか細い両腕で、しかし重機の様な力で絞めつけてくる。

 俺だからこそ何とも無いが、他だとカナ美ちゃんの締めによって骨は折れ、内臓は口から溢れ出し、最終的に胴体を真っ二つにされていたかもしれない。

 いや、かもではないか。確実にそうなるだろう。それを確信できるぐらいの力は込められている。岩程度なら簡単に砕けそうだ。

 ちょっと気が動転しているとはいえ、流石にこれは直すべき癖なので窘たしなめる。しばらくは子供の様に頭を左右に振って抱き締めを解く事を拒否していたが、頭を撫でながらだと徐々に力が抜けていった。

 最終的に解放された時はほっと溜息が出たが、それは仕方ないだろう。


 やや暴走してしまったカナ美ちゃんの後ろには苦笑を浮かべる赤髪ショートや、羨ましそうにカナ美ちゃんを見ていたオーロとアルジェントの姿もあり、それぞれが笑顔を浮かべて『お帰りなさい』と言ってくる。

 ちょっと気恥ずかしいが、『ただいま』と返しておいた。


 さて、帰ってきて早速だが屋敷の改装を始める事にした。

 屋敷にある店舗として使っていた一画の拡張と、客室一階部分の店舗化の二点が今回の主目的だ。

 店舗の部分はそこまで弄る部分は無い。多少余分な壁を壊して広げ、内装を整えるだけだからだ。

 問題は客室の一階部分の店舗化だ。

 ここは≪パラベラ温泉郷≫で経験を積んだオイルマッサージや、カナ美ちゃんを筆頭とする女子陣がデザインし、レプラコーン達が作った衣服の売買などをしようと思っているので、弄る部分は多い。

 まだやるかどうかは決まっていないが、個人的に岩盤浴などは王都の貴族に人気が出るだろうと思っている。それ等も考慮した造りにするつもりだ。

 既に大雑把にはどうするか決まっているので、後は予定通りに作業しながら微調整していけばいい。

 王都でも腕利きと名高い職人達をお転婆姫とのコネを使って結構な数雇っているので、普通よりは短期間で完成するだろう。

 が、それでもより作業期間を短くする為、手先の器用な団員も大量に動員する事にした。

 人手増加と作業訓練になるので一石二鳥だ。いや、経費削減と時間短縮にもなるので一石四鳥と言えるだろうか。

 ともかく、屋敷の一階は時間が必要だが、店舗の方の改造は数日もあれば完成すると思われる。


 その時に並ぶ商品の飾り方を考えながら、昼過ぎ、せっせと木材を加工する俺が居た。

 【細工師(クラフトマン)】やこの間得た【造形の亜神の加護】があるので、見よう見真似でも意外とそれなりの物を造る事ができる。周囲にはプロ中のプロが揃っているので、ただ見るだけでも勉強になるのだ。

 継続していると目に見えて上達していったので気分が乗り、細々とした品をかなりの速度で造っていると、それを見ていた親方――職人を束ねる五十代男性――にどうやら気に入られたらしく、普通は弟子にしか伝えないような技術を短時間ではあるが教えてもらえた。

 ぶっきら棒な所もあるが、親方の教え方は的確で分かりやすく、アビリティの効果によってその技術は何とか模倣する事ができた。

 一先ず教え通りに品が出来上がると親方はそれを見て、どこか満足そうに頷いた。親方は気難しい性格なので、直弟子でも滅多にこんな事はしないという。

 教わる俺と教える親方を見て、驚愕の表情を張りつけた三十代の弟子がそう教えてくれた。


 親方からありがたく技術を吸収し、その礼として仕事が終わる夜にはエルフ酒を振る舞う事にした。

 ついでに交流会も兼ねてそれなりの広さのある庭で宴会を催し、屋敷で継続して働いている執事やメイド達もそれに参加させる。

 宴会で出す料理を作るのは主に俺が担当した。野外での宴会なので、ブラックフォモールの肉や≪農地≫の野菜を使用したバーベキューが適当だろう。

 大森林で採れる木材を加工した炭を燃やし、巨大な金網の上でそれ等を大量に焼く。そこそこ堪能した後は、鉄板を用意して作った焼きそばも好評だった。

 一つ一つかなりのボリュームがあったので、全員分の料理を用意する事はそこまで手間のかかるモノではなかった。

 とはいえ数が数なので、料理好きなオーロが隣で手伝いをしてくれた。

 親子の共同作業はええもんだし、参加者がガツガツと夢中で喰っている姿は、作った身としてはやりがいが出る。

 交流会としては、成功したと言えるだろう。


Day 183

 “百八十三日目”

 久しぶりに朝から年少実験部隊≪ソルチュード≫の訓練を担当する。

 二日程赤髪ショートに任せていたのだが、その戦い方を真似たのか子供達の動きが何処となく獣のような感じになっている。戦技(アーツ)よりも体術を使う頻度が高く、徐々に≪戦に備えよ(パラベラム)≫の団員らしくなっていると言えるだろう。

 とはいえまだまだ使い物にならないが、若いので日々の成長も早く、纏め役のガキ大将や年長組は特に元気がある。

 貪欲に強くなろうという意思もあるので、今後に期待だ。


 朝の訓練を終えると、昼から職人達に混じり、屋敷の店舗改装の手伝いをする。

 作業も二日目なので何をどうすればいいのか何となく分かった他の団員達の運搬作業は早くなっているようだ。

 昨日よりも効率が良くなった作業は夕暮れまで続き、店舗の方がかなり完成に近づいた所で今日はお開きとなった。

 流石腕利きの職人、作業スピード凄いな、と親方達を称えながら、今日はエルフ酒ではないが迷宮から採れる酒を出し、互いに労う。

 やっぱり労働の後の酒は良いもんだ。

 今日はある程度酒を飲むと、お開きとなった。

 明日の作業を早めに行う為だ。


Day 184

 “百八十四日目”

 深夜過ぎ、俺の子であり次男である鬼若を連れているミノ吉くん達一行が、何者かに襲撃された。

 とはいっても、コチラに被害は出ていない。

 それに対して、襲撃者は全滅している。

 今回の襲撃について、簡単に流れを説明するとこうなっている。


 まず、愛獣(ペット)を枕に熟睡していたミノ吉くんが近づいてくる集団の気配を察知して意識が覚醒。

 起きたと敵に覚られない様に聴覚と嗅覚だけで周囲の状況を大雑把に調べると、僅かな音が全方位から聞こえ、数十人分の体臭を嗅ぎ取る。

 イヤーカフスの分体による索敵によって“三十三”という正確な数が出たのと、敵がゆっくりと近づいてきたのは殆ど同時だった。

 骨格を組み替える事で拡張してテント型になった骸骨百足の中でミノ吉くん以外は休んでいたが、アス江ちゃんなどの実力者は近づく集団に気が付いていた。

 対策を講じる為にイヤーカフスで連絡を取り合い、本人の希望によってミノ吉くんだけが出撃する事が決定。寝ていた場所も一人だけ外だったので、都合が良かった事もある。

 そして攻撃範囲に入った敵が状態異常(バッドステータス)【麻痺】【昏睡】を引き起こす特製の煙玉を骸骨百足付近に投擲する直前、飛び起きたミノ吉くんが敵が逃げる間も与えずに蹂躙した。


 戦闘開始から終わりまで、多分十数秒も経過していなかっただろう。斧の一振りで数名を纏めて斬り殺し、大地を舐めるように広がった雷炎で更に殺した。

 最近ますます力を付けてきたミノ吉くんは、頼もしい限りである。

 本音を言えば捕虜の一人でも確保しろと言いたいところだが、ミノ吉くんだから仕方ない。身体はともかく、頭の方は昔と変わらずあまりよろしくないのだから。

 攻撃も大味で、範囲攻撃だったのだから尚更だ。


 それで呆気なく惨殺され、何とか原型を留めていた数少ない敵の死体を検分した所、やはり所属を示すような品は一つも発見できなかった。

 敵の種族は獣人だったり人間だったりと統一性は無いが、全員同じ規格の使い込まれた装備だったのでミノ吉くん達を襲う為に雇われた寄せ集めの傭兵、と言う訳ではないだろう。

 麻痺毒を塗布した剣と致死性の猛毒を塗布した短剣、限りなく非合法だろう多数の薬品、全身各所に設置された猛毒塗布済みの暗器、高い【隠れ身(ハイディング)】効果を持つ頑丈な革のロングコートにズボン、足音がしないマジックアイテムのブーツなど、まるっきり暗殺者の装いだ。

 敵の所属は王国を除外するとして、何処かの国の機関員である事は間違いない。


 それでミノ吉くん達が襲われた理由だが、恐らく王国での戦いが原因だろう。

 俺達≪戦に備えよ(パラベラム)≫が保有する戦力は質と量共に優れているので他国に危険視されるだろうなとは前々から思っていたし、分体で集めた情報から危険視されている事は事実だと分かっている。

 一部では即排除、などと言っている所もある。何処かとは言わないが、そういう所もあるのだ。


 それで話を戻すが、団長である俺は王都に居るのだから手を出せないとして――王都の間者掃除が粗方終わっているので物理的に手段が無い為――主力級であるミノ吉くんやアス江ちゃん達の部隊を早い段階で消したかったのだろう。

 もしくは威力偵察のつもりで、ある程度かき乱したら逃げるつもりだった可能性もある。

 全滅してしまっているのでそれは分からないが、一応全部隊に警戒するように伝えた。


 新しい戦いの予兆に、ちょっとワクワクし始めた俺がいる。


Day 185

 “百八十五日目”

 今朝早く弟エルフが王都に到着し、俺の屋敷にやって来た。

 手土産としてエルフ酒と、迷宮産の高級酒を数種、その他希少な魔法金属やら鉱石やらを用意してである。

 父親エルフから俺が酒好きだと聞いていたのだろう、流石老舗商会の会長だ、かなり用意がいい。

 屋敷の接待室に通し、商売の話をする。

 弟エルフの隣にはやり手そうな青年――弟エルフの息子――が、俺の隣には美貌だけでも他人を魅了するカナ美ちゃんが居る。


 カナ美ちゃんに見惚れて息子エルフが上の空で話を聞いていたのには、弟エルフと共に苦笑したものだ。


 それで交渉だが、結構な数の契約を交わす事になった。

 アチラは俺達の商会――総合商会≪戦に備えよ(パラベラム)≫に土地や商売の利権など色々な援助をし、コチラはそれの見返りに温泉の使用権や大森林の素材などを融通する、となった。

 ぶっちゃけ温泉だけで行けたとは思う。

 弟エルフは隠そうとしていたが、今後の新しい温泉の考案をチラッと洩らすとかなり喰いついた。まるで温泉中毒者だ。

 いや、温泉は気持ちがいいからその反応も分かるけど、そこまで分かりやすく反応されると、これだけでいいの? と思わなくもない。

 まあ、この世界の天然温泉は特定の場所でしか入れない上に少ないし、ただ入るだけ、という所が多い。

 ≪パラベラ温泉郷≫のように電気や泡など多種多様な湯は珍しく、湯も一級品だから対価としては十分か。

 弟エルフが温泉だけで何にでも頷こうとした時には流石に息子エルフが止めていたが、そのやり取りもまた人柄を知る情報になる。短い間ではあるが、二人の性格を大雑把に理解できた。

 少なくとも、契約書の内容は特別な事情でも無い限り守られるだろう。


 裏切ったら裏切った時で、相応の報いは用意するつもりだが。

 当面は良い関係を続けられそうだ。


 商談も無事終了したので、屋敷の改装に取り掛かる。

 その様子を弟エルフ達が見学したそうにしていたので、カナ美ちゃんに二人の接待を任せる。

 その後は特に問題も無く、一日が終了した。


Day 186

 “百八十六日目”

 今日は特に語る事はない。

 黙々と改築を進め、その結果として店舗部分の終わりが見えた。

 このペースなら、明日には完成するだろう。広い一階部分はまだまだかかるが、店舗部分は細々とした部分と、商品の陳列を済ませば営業できるだろう。


Day 187

 “百八十七日目”

 朝から始めた作業は、昼過ぎには完成した。

 店舗の部分で行うのは、簡単に言えば総合スーパーだ。

 店舗は縦五十メートル、横四十メートル、高さ七メートル程の建造物となっているので、ゆったりとした空間に多くの商品を並べる事が出来る。

 基本的な商品は、大森林から採れる植物やブラックスケルトンの黒骨といった錬金術などに使用する様々な素材。

 切れ味が鋭く錆び難い包丁や大きな鍋など家庭で使う調理器具。

 空輸によって王都に持ってこさせる≪農地≫で作られた瑞々しい野菜や、ブラックフォモールの肉など多種多様な食材。

 ドワーフやレプラコーン達が手掛けた武具防具に、カナ美ちゃん達がデザインした衣服。

 俺の糸を使って編まれた防刃性の高い軍手やハサミなどの日用品。

 となっている。


 値段はかなり手頃な程度に抑えているので、最初の頃はここに来れば大抵欲しいものが揃う、というイメージを浸透させ、常連客を掴みたい。

 そして最終的には色んな店を吸収し、大型ショッピングセンターへと事業拡大していこうと狙っている。


 ともかく、これで一応の完成となった。

 短い相談の結果、店舗の開店は三日後とする事に決めた。

 不安はあるが、取りあえずやってみて、駄目なら修正して行けばいいだろう。事業に失敗したとしても、傭兵業は続けるので喰えない事はない。

 とりあえずイヤーカフス経由で開店日をお転婆姫に伝えておく。お転婆姫が動けば、貴族とかも客になってくれるだろう、という打算である。

 第一王妃までついてきそうで不安だが、まあ、悪い事にはならないだろう、多分。


Day 188

 “百八十八日目”

 今日は改築を親方達に任せ、≪ソルチュード≫達を率いて王都の外に出た。

 二列縦隊を組み、徒歩で一時間程離れた場所にある森まで駆け足で進んでいく。

 革の軽装鎧を装備し、手に剣や短槍などを持ち、食糧や治療道具を入れた背嚢を背負っているので、以前の≪ソルチュード≫達ならガキ大将などの一部を除いてすぐにヘトヘトになっていただろう。

 だが食生活の改善と戦闘系の職業獲得、そしてエンチャントによって強化された肉体で何とかギリギリで実戦に耐えられるようになった事もあり、疲れはするが一人も脱落者を出さずに到着できた。

 到着した後は一分程休憩し、四人一組を作り、森の浅い部分でモンスターを狩るよう命令し、送り出した。

 五十人なので十二組できるのだが、二人ほど余る。なのでその二人――ガキ大将とガキ中将(女)に、オーロとアルジェントを組ませる事にした。

 この森の表層部にはそこまで高レベルのモンスターは居ないので、更に奥で狩るように命令する。

 オーロとアルジェントが居るのでハインドベアー級のモンスターが複数出ない限り大丈夫だろうし、イヤーカフスがあるので死ぬ事はないだろう。

 いざとなれば助ければいい。俺は森の外でカナ美ちゃんと赤髪ショートと訓練しながら、全員が帰還するのを待つ事にした。


 夕方となり、全員が帰還した。

 大小様々な怪我を負った者は多いが、既に懐かしくすらあるホーンラビットやヨロイタヌキを狩って来た者も居れば、オニグモの脚を数本もぎ取った所でウルフ系モンスターに横取りされた者、美味しいが近づくと地下から根が伸びて突き刺してくる【刺根イチジク】などを採取した者、吸いこむと眠くなる鱗分を撒き散らす“眠り蛾”を狩った者など、意外と頑張ったようだ。

 そして一番戦果が多かったのは、予想通りにオーロ達の組だった。

 無骨な斧を使い灰色の鱗が特徴的な“グレイリザード”、幻惑効果のある匂いを発して敵を惑わす大縞猫“ディアールックス”、豚頭に肥満体の“オーク”など、他を圧倒している。


 まあ、それくらいでないと困るのだが。

 二人を褒め、頭を撫でた。くすぐったそうにしていたが、嫌ではないらしい。


 それぞれの戦利品はアイテムボックスに収納してやり、帰りは骸骨百足に乗せて帰路についた。

 大半はそこで寝たので、ゆっくりと道中を走らせる。そして王都の屋敷に到着するとまず風呂に入れさせた。一日森の中で走り回り、汗と血の臭いを漂わせていたからだ。

 風呂に入った後は各自が狩った獲物を材料にした飯を食わせる。より多く狩った者の方が豪華な物になっているので、今後のやる気に繋がるだろう。

 もっといい物を喰いたいなら、努力しろと言う事だ。

 シンプルでいい。


Day 189

 “百八十九日目”

 今日も改装は親方達に任せ、朝からカナ美ちゃんと連れだって王都を出た。

 そして分体では脳内地図の穴埋めに出向いていたが、本体ではまだ行っていなかった迷宮都市“アクリアム”まで飛んでいく。

 アクリアムは王都からも大森林からも離れた場所にあり、魔帝が治めるアタラクア魔帝国――今後は魔帝国とする――との国境近くにあるので、大森林育ちの団員達は一人も行っていない迷宮都市だ。


 それでアクリアムを紹介するとなると、まず【神代ダンジョン】の一つがある、と言わねばならないだろう。

 今まで潜って来たような【派生ダンジョン】とは比べ物にならない程難易度が高い【神代ダンジョン】がある事もあって、今まで立ち寄った迷宮都市の中で最も活気に満ちている。

 【神代ダンジョン】から採取される特別なアイテム――【神迷遺産(アーティファクト)】は他のダンジョンアイテムよりも価値が高く、それを使用した独特の防具を身に纏った冒険者もチラホラ見受けられる。

 そして難易度が高いのでそれに挑む冒険者のレベルも相応に高いらしく、中には【加護持ち】も混ざっているとあって、結構美味そうなのが多かった。


 それで話を【神代ダンジョン】に戻すが、ここのは【清水の亜神】によって造られたので【亜神級】に分類され、名を【清水の滝壺(アクリアム・フォルリア)】としている。

 ダンジョンの基本的な仕様の一つである地下階層型で、出現するモンスターはエレメンタル系や魚介系が主であり、トラップも水に関係するモノが多い。

 最下層は五十階と深く、そこまで潜り、ボスを殺した者は長い歴史の中でも極僅か、という話だ。

 大抵は特定の階層に鎮座する階層ボスを殺すだけの実力が無く、更に奥へ潜る事ができないので日々浅い所に潜ってアイテムを回収して日銭を稼いでいるそうだ。


 ちなみに今まではさらっと流していたが、【神代ダンジョン】にも等級(ランク)というものがある。


 最も難易度が高く、【勇者】や【英雄】達が挑んでも一階でほぼ全滅するのが【大神級】。

 世界に五つしか存在せず、僅かに残された情報によると、雑魚敵が基本的に亜竜などと同じレベルとなっているらしい。そして雑魚キャラなので、数を成してくるそうだ。

 何それ怖い。


 次いで難易度が高いのが、【神級】となる。これは【勇者】や【英雄】達なら厳しいが何とか潜れるレベルらしい。それでも階層ボスで殺される事は多いそうで、油断はできない。


 そして【神代ダンジョン】で最も楽なのが、ここのような【亜神級】となる。

 一般人でも用心に用心を重ねれば何とか潜れるらしいが、それでも危険度は【派生ダンジョン】の比ではない。

 高レベルの者でも油断すると容赦なく殺されるので、潜る人数は多くない。

 だが上手く行けば一度に大金も掴めるとあって、命知らずは絶えないそうだ。


 となっている。


 露店や店で商品を物色しながら情報を集め、実際に入ってみたのだが、完全攻略するとなると本腰を入れる必要がありそうだ。

 今回はお試しで一階を軽く回ってみただけだが、長く幅広い通路は何処か神殿の様な立派な内装なのだが、床は(くるぶし)まで浸かる程度に冷水が張っていた。歩くだけで普段よりも体力は消費するし、ただ居るだけで体温は奪われていく仕様だ。

 それにダンジョンによって通常よりも二段階ほど強化されたダンジョンモンスター達は、想像通りに中々手強い。

 がその分美味かったので、もう少ししたら本格的に攻略しようと思った。


 今回の戦果は、最大で水氷系統第三階梯魔術を使ってくる、丸く青い核に流水を纏わせたような“アイオライトエレメンタル”が二十三体。

 小鬼(ゴブリン)程の大きさがあり、普段は床に擬態しているが近づくと鋼鉄よりも硬い殻で挟んで切断しようと飛び跳ねる“ハサミヨロイガイ”が十八体。

 まるで水中であるかのように空気中を泳ぎ、獲物を発見すると時速約百三十キロで突進してくる、鉛のように重い三角錐状の頭部が特徴的な六十センチ程の“ダンガンウオ”が四十七体。

 硬化して金属鎧のようになった鱗殻を持ち、ハサミヨロイガイさえ噛み砕く強固な歯を持つ二メートルはある巨大魚“ディロトニス”が八体。

 大型犬程の大きさがある白い蛙に、魚の尾とヒレのような翼を生やしたような外見をした“ウォーター・リーパー”が十体。


 といった感じになっている。

 この他にも様々なモンスターのドロップアイテムや迷宮で採取できる素材を回収できたので、懐は温かい。

 軽く一階を回って狩りをしただけで、金貨数枚分――約数百万――の成果となった、と言えば分かりやすいだろうか。

 【神代ダンジョン】は実力があれば、かなり良い稼ぎができる場所である事は間違いないだろう。


 外に出るとお土産となる魔法金属やらご当地食材を買い揃え、夕暮れ前には帰る事にした。

 空を飛べるとあっと言う間に帰れるので、航空機など今後は揃えたいものだ。


Day 190

 “百九十日目”

 今日は店の開店日。開店時間は朝九時くらいから。

 なのだが、お転婆姫がドヤ顔をして、『来てやったぞッ』などと言っている。雪が降る程寒い外で、三時間も前からから待つとか、正直アホかと。

 温かく高級な防寒具を着ているとはいえ、お転婆姫はまだ幼い。外に立たせたままでは、きっと風邪を引くだろう。

 ちょっと呆れつつ、店舗の玄関近くに設置した小さい軽食コーナーに入れて、温かいお茶を出しておいた。


 そしてそれから僅か数分程遅れてやってきたのは、第一王妃と闇勇、そして従者達だった。

 向けられた視線に込められた念に一瞬寒気が走ったが、取りあえず気にしないでおくとして。

 朝早くから来て一番乗りした、と思っていたのだろう第一王妃達が、既に待っていたお転婆姫達を見てちょっと悔しそうにしていたのは印象深い。

 お転婆姫と第一王妃の親子のやり取りは、まあ、険悪ではなく和気あいあいとしたものなので気分的には気楽だったが。


 そんな出来事がありつつ、無事に開店した訳だが、一週間だけの開店セールと相まって、客は思ったよりも多かった。

 ビラ配りなどの宣伝は殆どしていなかったのだが、どうやら親方とかが平民に、お転婆姫などが貴族に話をしていたらしい。

 宣伝費ケチっても人脈があれば案外やっていけそうだ、と思いつつ、平民と貴族が一か所に集まる事によって、多少のトラブルがあった。

 がそれは話し合いで無事解決した、と言っておこう。

 何があったとはあえて言わない。言う程でも無いし。


 それで今回、女武者が店員として思わぬ活躍を見せてくれた。

 どうやらこの世界に来るまでは似たようなアルバイトをしていて慣れていたらしい。それに数年この世界で生きた事で培われた経験から、他人の心の機微も分かるようになっていたようで、対応が迅速だ。

 女武者には基本的に異邦人レーダーと戦闘力しか期待していなかったので、思わぬ拾いモノである。

 丁度いい、と言う事で王都本店店長、という肩書を与える。

 本人は苦笑いを浮かべていたが、給料アップなどの特典もあるので、頑張ってもらいたい。


 そうして一日目が多少トラブルがありつつも終了した。

 思っていたよりも好評なようなので、案外正解だったかもしれない。この手の仕事は初めてだが、まあ、経理は鍛冶師さんなどが得意なので何とかなるだろう。

 とは言え代表は俺なので、俺なりに今後の新商品や新戦術などを考えながら、昨日持ち帰った獲物を調理して喰って寝た。


 そして一言。【神代ダンジョン】のダンジョンモンスターは、非常に美味かった。

 生で喰っただけでも舌が蕩けそうになったが、調理すると更に美味い。

 これは【亜神級】だけでなく、【神級】にも潜らねばならないだろう。

 そしてゆくゆくは【大神級】へと……ジュルリ。


 今後の明確な目標ができた一日である。


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Day 311

“三百十一日目”

今日の天気は快晴で、なんという祭り日和だろうか。


そう思いながら、俺は大地を隆起させて造った即席の壇に登り、以前よりも拡張・整備された≪外部訓練場≫を見回した。

そこには聖戦にて戦う事になる、今回の祭りの主役である彼・彼女達が、全体が見やすいように小鬼(ゴブリン)やコボルドといった小さな体躯の種族は前に、牛頭鬼(ミノタウロス)巨鬼(トロル)といった巨体を誇る種族は後ろに、と整然と並んでいた。


今回生成体は一部例外を除いて裏方に回っているのでここには不在だが、整列している団員だけでも三千名を超えている。


整列している団員を分類すれば――


小鬼(ゴブリン)”種が八百。

中鬼(ホブゴブリン)”種が七百。

大鬼(オーガ)”種が百。

巨鬼(トロル)”種が四十。

豚鬼(オーク)”種が五十。

猪鬼(ブルオーク)”種が二十。

猿鬼(ヤフル)”種が三十。

半鬼人(ハーフ・ロード)”種が八十。

鬼人(ロード)”種が三十。

牛頭鬼(ミノタウロス)”種が十五。

半吸血鬼(ダムピール)”種が三十。

吸血鬼(ヴァンパイア)”種が十五。

死食鬼(グール)”種が四十。

“コボルド”種が四百。

“エルフ”種が三十。

甲蟲人(インセクトイド)”種が十。

猿人(オロリン)”種が三十。

“人間”が二百。

蜥蜴人(リザードマン)”種が五十。

半竜人(ハーフ・ドラゴニュート)”種が三十。

竜人(ドラゴニュート)”種が十五。

半魔人(ハーフ・ミディアン)”種が二十。

赤帽子(レッドキャップ)”種が二十。

半竜馬(ドラゴタウロス)”種が十。

半人馬(ケンタウロス)”種が二十。

首無し騎士(デュラハン)”種が十五。

虎人(ワータイガー)”種が五十。

狼人(ワーウルフ)”種が五十。

猫爪兵(キャットネイル)”種が五十。

“≪使い魔≫”が五百。

その他色々。


――といった具合になるだろう。


ただこの分類と数はあくまでも大雑把なモノでしかない。


例えばゴブリン種ならゴブリン・メイジやゴブリン・ライダー、あるいはゴブリン・クレリックなどを含んでいるし、鬼人種なら地雷鬼(アースロード)疾風鬼(ゲイルロード)などが同じ分類として纏められている。

それに上記以外の種族も居るので、分類しようとすればもっと細かく、数も少し変動する事になる。


しかし細かくし過ぎてもただ面倒なだけなので、今回は省略している。

今は大雑把にこれくらい居るんだ、程度に思っておけば問題はないだろう。


それから以前と比べれば桁違いに増えた団員数だが、これは構成メンバーからしてある意味当然の帰結と言える。

そもそもゴブリンやホブゴブリン、コボルドなど弱小種とも言うべき種族には妊娠から出産までの期間が極端に短いという、厳しい自然界で生き残るために獲得した種族的能力がある。

それに加えて【鬼子の聖母】を持つ女性団員の増加、食料問題の改善、幼少期の死亡率低下などの要因によってこれほどの数にまで至ったのである。

それから【存在進化】して上位種になったとしても以前の種族的能力は高確率で受け継がれる為、本来ならもう少し成長が遅いオーガなどの数も大きく増えた。

それ以外にも功績を上げた団員が故郷から家族を呼んだり、一族総出で入団したり、あるいは各地で見所がある者をスカウトしたりしているので、団員数が増えるのは当然だ。


ただ目の前の約三千名だけでなく、祭りの裏方として参加する非戦闘員、現在も各地の店舗で働いている者、まだ幼く身体が出来ていないので参加できない者も多数居るので、総団員数はもっと多くなるのだが、それはさて置き。


そんな種々様々な大勢の団員達は、≪使い魔≫に至るまで完全武装の状態だった。

装備品は個々で異なるが、装備品の質はそれを身に纏う団員達の実力を表してもいる。


例えば最も数が多く、新しく産まれたまだ低レベルの底辺かそれに近いゴブリンやホブゴブリン、あるいはコボルド達の場合は、その殆どが支給されている制式装備一式のみの状態だ。

パワーアシスト機能を備え所属する部隊で微妙に形状が異なる黒骨の外装鎧、パラべラムの紋章(エンブレム入)りのコート、そして骨杭を撃ち出す【骨杭射小銃(ボーンネイルガン)】や魔鋼線で繋げられた【蛇腹骨剣(ボーンスネークソード)】といった黒骨などを使用した武器を装備している。

これだけでも一応、王国や帝国の軍隊と比べても、一番下っ端である一般兵の装備としてはかなり質が高いモノに仕上がっている。


十分といえば十分ではあるが、【存在進化】こそ出来なかったものの俺達と同年代のゴブリンエリートとでも言うべき団員達の場合は、制式装備の他に、自身で迷宮に潜り揃えた武具、あるいは鍛冶師さんやドワーフ、レプラコーン達が魔法金属や特殊繊維を使って丹精込めて造った品々を装備している。


装備の良し悪しはそれに見合うだけの実力者という事であり、場合によってはゴブリンがオーガよりも強く、地位が高い事は多々あったりする訳だ。


ともあれ、身体の大きさは種族によって大きく異なるためややバランスが悪いものの、それでも完全武装した団員達が並ぶ様は中々見応えがあった。

ただでさえ凶悪な面が多い事もあり、少々装備が未来的過ぎる気がしないでもないが、まるで物語に出てくる魔王の軍勢のようだ。


色々思いながら壇上から広範囲まで見渡すと、やる気に漲ったような顔つきの者も居れば、まるで恐怖に怯えるように青ざめた者、あるいは何処か壊れたような笑みを浮かべている者まで様々だ。

それに応えるようにニコリと笑ってみると、ザッ、と何だか引かれた気がしたが、多分気のせいだろう。


最前列に近いゴブリンやホブゴブリン達は顔面蒼白になりながら武者震いし、興奮し過ぎたのか失神して外装鎧によって支えられているような状態の者も居るが、ともかくだ。


俺は祭りの開催を宣言し、歓声とも悲鳴ともとれる雄叫びが大森林に轟いた。


開始してまず最初に行ったのは、奮い立つ団員達を実力別に第一から第十までグループに振り分ける事だった。

流石にこのままだと多すぎるので、一グループ約三百名で纏め、それぞれ日替わりで異なる祭りの催しモノに参加する事にした訳だ。


祭りを円満に運営する為、一つの催しモノにはそれぞれ監督官が付く事になっている。

監督官は俺とカナ美ちゃん、朝日が昇る前に帰ってきたミノ吉くんとアス江ちゃん、蒐集した魔剣や魔術書(グリモワール)を持って既に帰還していたブラ里さんとスペ星さん、ちょっと観光して戻ってきたクギ芽ちゃんとアイ腐ちゃん、俺達と共に帰ってきた復讐者、そして前々から拠点で団員達を鍛えていた鈍鉄騎士、といった構成だ。


ちなみに【八陣ノ鬼将】で唯一監督官ではないセイ治くんは、裏方として医療部隊≪プリエール≫を率い、いざという時の為に待機している。


準備万端な今回の祭りの主な目的だが、団員の平均的な戦力強化である。

聖戦で生存確率を少しでも上げ、次に繋げる為に、ある程度以上に達している幹部や一部はサポートに回り、短期集中的に鍛え上げる訳である。


予定では十日程度で以前よりも鍛えられ死に難くなる筈だが、さて、最終日まで何人残れるのだろうか。

俺は半分以上が残ってくれる事を祈りながら、祭りは粛々と進行していく。


ちなみに初日に俺が担当する、最も水準が高い第一グループが受ける催しモノは、大森林での“長距離障害物競争”となっている。


距離は鬼らしく五十二キロ。

フルマラソンよりも十キロほど長い距離なのだが、場所が大森林という自然豊かで、起伏が多い場所である。

消耗する体力は舗装された道路などとは桁違いであり、また重量のある武具を装備した状態だ。

しかも“障害物”というだけあって、設定したコース上には俺が用意した妨害者達が多数潜んでいる。

それを抜きにしても温泉から漏れ出る精霊などの力によって現在進行形で拡大している大森林には、以前はいなかった強力なモンスターが多数住みついているし、地形も局地的に鳴動するかのように変動する魔境と化している。


完走するだけでも困難を極めるだろう。


それなのに競争というだけあって、順位別に罰ゲームもある。

実力に隔絶した差があれば始まる前から決まってしまうが、そこまで差が出ないように振り分けている。ちょっとした運や作戦で覆る程度なので、皆必死になってやる事になった。

俺は最後尾で、遅れそうになっている奴らを叩き上げるだけの簡単なお仕事です。



■――△――■


【とある虎人(ジャグ・バオ)さん視点】



ふと、過去の出来事が脳裏を過ぎった。


数年前の事になるが、俺は氏族の集落から外貨獲得と武者修行の為、四人の仲間達と共に外に出向いた。

獣人としての苦労などもあったが、しばらくの間はそれなりに楽しくやれていたと思う。冒険者となって様々な依頼をこなし、様々な出会いがあった。


だが色々あって罠に嵌められ、その結果として奴隷に落とされた俺達は巡り巡って帝国軍で働かされる事になった。


あそこでは俺達の命など、クズ鉄にも劣る価値しかなかっただろう。

劣悪な住居、少ない食料、厳しい戦場を巡る日々。

俺達の命を犠牲にする事など毛ほども気にしない帝国軍の酷使に耐えかね、共に外に出てきた仲間が一人倒れ、二人倒れ、俺もいつ死ぬか分からない状態だった。


だが何の因果かこうして生きている。


本来ならば戦場で散らしていたはずの命を、助けてくれた恩鬼が居る。

その恩に報いるため、助けられてから尽力し続けてきたつもりだ。


その結果、働きが認められて氏族の家族達をここに呼ぶ事も出来たのは良かったと思っている。


だからより一層、これからも恩義に報いようと決意していた。


しかしその決意も、今はちょっとだけ揺らいでいる。


「右から来るぞッ!前衛は盾に、後衛は応戦しつつデカイので一掃しろッ」


樹木が鬱蒼と生い茂る大森林。

普段なら故郷の集落を思い出すそこで、俺と仲間達は泥に塗れ、必死に前に進んでいた。


『カタカタカタカタ』


縦列で進んでいた俺達の右側からやって来るのは、武装したブラックスケルトン達の軍勢だ。

その数約百。少しの乱れもなく樹木の間を縫うように整然と隊列を組む黒骨の軍勢は、丸太を積み上げただけの簡易バリケードを盾にして、骨杭を射出する【骨杭射小銃(ボーンネイルガン)】を一糸乱れぬ動きで構え、一斉に引き金を絞った。


途端銃口から飛び出てくる骨杭が、俺達を撃ち抜こうと高速で迫る。

最低限の安全の為に急所は狙わない、何て事もなく、そのどれもが俺達にとって看過できない致命的な軌道を描いていた。


「ガアアアアアアアアアアッ」


咆哮と共に俺達前衛は仲間の盾となるべく前に出て、ドワーフ鍛冶長達が研究の末開発した魔法合金で鍛造してくれた三本の鈎爪付き手甲【アムラブフの虎爪】に魔力を込める。

マジックアイテムでもある【アムラブフの虎爪】は魔力を込めた事によって効果を発揮し、鈎爪はまるで大剣のように巨大な魔力刃を纏った。

そして身体能力だけに頼った無駄の多い動作ではなく、俺の氏族の男児にのみ継承される“獣術・バガルドラ”柔の型第三番“爪の舞(ジャガ・ムル)”を駆使して流れるように両腕を動かし、最小の力で骨杭を正確に叩き落としていく。

腕のひと振りで十近い骨杭が弾かれ、あるいは切断されて足元に残骸が蓄積されていった。


一本も後方に通す事は無いが、攻撃から数秒が経過しても骨杭の猛攻は一向に衰える気配がなかった。


「――ッ!数が、多いッ」


ボーンネイルガンの射撃が止む事は無かった。

しかしそれは当然でもあった。


一秒間に最低二発は撃てるボーンネイルガンがこれだけのブラックスケルトン達によって運用されれば、単純計算で一秒間に二百発撃ち込まれている事になる。

それに数こそ少ないが軍勢に混ざっているブラックスケルトン・コマンダーなどの上位種達は、【骨杭射小銃】よりもほぼ全ての性能が向上されている【骨杭射突撃銃(ボーンネイルアサルトライフル)】を装備している為、実質的な数はもっと多い。


「混じっている高威力の骨杭が厄介な――ッ、しまッ!」


ボーンネイルガンの骨杭は問題なく対処できていたのだが、ボーンネイルアサルトライフルによって放たれた骨杭が五発纏めて撃ち込まれ、普段の数倍以上の威力に防いだ腕が跳ね上げられてしまった。


明らかに連携して狙われた結果、俺は一瞬だけだが動作が停滞する。

濃密な殺意を向けられ、死の危険から感覚が加速。通常時と比べてゆったりと進む周囲の光景、その中で俺は見た。

軍勢の後方に一体だけ居る、黒骨を追加される事で強化されたブラックスケルトン・スナイパーが、遠距離狙撃仕様の【骨杭射狙撃銃(ボーンネイルスナイパーライフル)】の引き金を絞るその瞬間を。


「ガアアアッ!!」


ボーンネイルスナイパーライフルの銃口から射出された他よりも若干長く太い骨杭は、確実に命を奪う為に俺の頭部に高速で迫る。崩れた体勢では左右に回避する事は不可能だ。

ならば、と俺は本能に従って牙を剥いた。

考えて動いていたのでは手遅れだったに違いない一撃は、しかし本能に従った事で間に合い、骨杭に牙が食い込む。

しかし気を抜けばあっさりと口内を撃ち抜かれると感じ、自慢の牙が砕けてしまっても構わないと思いながら、首などの筋肉が膨張するほど力を込めた。

噛み付いた牙には凄まじい圧がかかり、螺旋する骨杭によって牙が削られる熱感と異臭で湧き出る吐き気を堪え、何とか防ぐ事に成功した。


明確な死を回避する事に成功し、ドッと冷や汗が背中から吹き出しながら、ぺっと骨杭を吐き捨てる。

口内に細かい破片が残っているのか、ザラザラと粉っぽい感触がして気持ち悪いが、そんな事も言っていられない。

まだまだ続いている暴風雨のような骨杭の数々を、一心不乱に叩き落とした。


こちらも後衛がボーンネイルガンなどで応戦しているので敵の数は最初よりかは減っているものの、乱立する樹木や簡易バリケードが邪魔をして思ったよりも減ってはおらず、それに何より敵の手数が違いすぎる。

叩き落とした足元の骨杭でそろそろ動きにくくなってきたので、このままではジリ貧だと思っていると――


「「「“大地の餓孔(アスープ・メギラ)”ッ!!」」」


――仲間の半鬼人達が協力して岩土系統第四階梯魔術“大地の餓孔”を発動させ、ブラックスケルトン達の足元に巨大な孔を出現させた。

数鬼の力を合わせて発生された“大地の孔”は単鬼で発動させた時よりも効果範囲が広く、また展開速度も逃げる間を与えないほど速かった。

そして為す術無く簡易バリケードや樹木と共に落ちていくブラックスケルトン達が這い上がる間もなく、まるで肉食獣が草食獣を喰らうように大地が閉じる。


ズゴゴゴゴという地響きに混ざる何かが折れ砕ける音が聞こえたので、落ちたブラックスケルトン達は地中で樹木ともども圧壊されたのだろう。


それを確認する間もなく大地を蹴り、俺はまだ残っているブラックスケルトン・スナイパーを狩るために走った。

周囲の景色が高速で後ろに流れていく視界の中で、ブラックスケルトン・スナイパーが俺の胴体を狙って銃撃してくるのが見えた。

手にしているのは近接戦での扱いやすさと連射性を優先したのか、ボーンネイルガンに換装されている。


「カタカタカタ」


高速で迫る骨杭は俺の急所を狙っているが、正確であるが故に読みやすく、その軌道上に鈎爪の魔力刃を置く事で容易に防ぐ事が出来た。

そして間合いに入る事はできたのだが、土中から突如として設置型防壁“黒骨の城壁(ブラックボーン・ランパート)”がブラックスケルトン・スナイパーを守るように出現し、その姿を覆い隠した。

高さは約八メルトル、横幅は約十メルトルにも及ぶ黒壁は、幾千もの黒骨を幾重にも束ねて制作されたパラべラムオリジナルのマジックアイテムであり、半端な攻撃を受け付けない堅牢な構造をしている。

丸太を積み重ねただけの簡易バリケードなどとは比べ物にならないそれは、まさに城壁というに相応しいだろう。


「フシュルルル……ガウッ!」


だがそれに構わず、俺は“獣術・バガルドラ”剛の型第十三番“猛虎の穿掌(ガラム・ドラ)”を放った。

“猛虎の穿掌”は独特の呼吸法によって全身から掻き集めた魔力を収束し、圧縮して掌打と共に撃ち出すという、敵が堅牢であればあるほど効果を発揮する一点突破系の獣術である。

その破壊力と貫通性は体得している獣術の中でも抜きん出ているものがあり、眼前のブラックボーン・ランパートに対して、手札の中で唯一通用する獣術でもあった。


真正面から直撃したブラックボーン・ランパートは全体からすれば僅かな孔である掌状に貫通し、その背後に隠れていたブラックスケルトン・スナイパーを仕留めた手応えと音が響く。


「フシュルルルルル……」


息を吐き出しながら周囲に残存兵が居ないか神経を研ぎ澄ますが、どうやら居ないらしい。

それでも最低限の警戒は解かず、俺はブラックボーン・ランパートの横から回って本当に仕留めたかどうかを確認した。

ブラックスケルトン・スナイパーは胴体部、つまり肋骨や胸椎が粉砕された状態で、細かい破片を地面に散らばらせながら動く気配な全く無い。


確実に仕留めたのを確認して、俺は足元に転がっているボーンネイルガンとボーンネイルスナイパーライフルを回収した。


倒した妨害者(ブラックスケルトン)達の武具は、討伐した者の所持品になると事前に言われている。


なのでこの二丁は俺の物であり、ボーンネイルガンはともかく、まだ製造数が少なく貴重品であるボーンネイルスナイパーライフルを獲得した事は後々何かしらの役に立つだろう。

一点に威力が集中する“猛虎の穿掌(ガラム・ドラ)”を使った事も幸し、破壊を免れた戦利品の動作に問題は無さそうだった。使おうと思えばすぐに使えるだろう。


それからブラックボーン・ランパートの制御盤を操作し、広がった状態から長方形の箱のように見える収納形態にして、戦利品の三つを収納系マジックアイテムの中に入れる。

これ等を得られただけでも苦労した甲斐があったと思いながら、俺は足早に仲間達の元に戻った。

もたもたとすればするほど、完走する事すら困難になってしまう。時間は有限で、貴重だ。


「負傷者の確認はどうだ」


「怪我人は十二名ですが、既に治療済みです。動きに問題はありません」


「そうか……しかし進めたのがまだ四分の一にも満たないとは、な。この先、どれほどの苦難があるのだろうか。考えるだけで、嫌になる」


戻ってみれば、既に状況の確認は済んでいた。

今回はまだ怪我人が少なく、行動不能に陥っている者はいない。


それは喜ばしい事ながら、しかしまだ十キロメルトルも進んでいない現状で、約三百名中、既に八十名近くが大小の怪我を負い、脱落者は三十名ほど出ていた。


脱落した三十名のうち二十名は開始と同時に先行し、他を出し抜こうとした集団だ。

それは別に咎める事ではない。下位の者には何かしらの罰ゲームがあると言われているのだから。

だがしかし、先行した彼・彼女等は今回のような妨害者達に襲撃され、呆気なく脱落する事になったのである。


妨害者達は単体としてでなく、一個の群れとなって襲ってくる。


例え一対一ならば軽く凌駕していても、一糸乱れぬ動きで襲ってくる妨害者達に対して、少数で抵抗する事が出来るのは限られた者だけだ。


ともかく、先行組の脱落があってからは出し抜くよりも、まずは協力して進もうという事になった訳だが、やはり進行速度はどうしても低下してしまう。


先行しようにも危険度が非常に高く、しかしこのままでは時間が足りるか分からない。


進むも地獄、退くも地獄とはこの事か。


俺達はまた前進しながら、ふと後方から密かに付いてくる恩鬼に思いを馳せた。

俺達を鍛えてくれるのはありがたいが、もう少しくらい、優しくならないものだろうか。


恩を返す前に、俺が死んでしまいそうである。



■――▽――■



夜に入ってようやく終わったが、予想よりも完走した者が多かった。

最初に犠牲となった仲間の結末を教訓に、残りが自然に協力した結果だ。

残念ながら脱落者も出たが、それは織り込み済みなので問題はない。

ほぼ満足いく結果だったと言えるだろう。

今後もこんな感じで行ければ良いな、と思いながら、明日の活力を得るため、大量に確保している迷宮食材を使った豪華な料理を振舞った。


やっぱり姉妹さん達の料理は、ウマー。


Day 312

 “三百十二日目”

 祭り二日目。

 俺は変わらず“長距離障害物競争”を監督しなければいけないので、今日はカナ美ちゃんのところに注目してみようと思う。



 カナ美ちゃんが担当している催しモノは“お化け屋敷”だ。



 アス江ちゃんと、アス江ちゃんが率いる後方支援部隊≪プレジャー≫の工作兵達がせっせと造ってくれた【地下大空洞】内にて、カナ美ちゃんの【上位アンデッド生成】で用意された生成体達が襲いかかってくる、という内容である。



 アンデッド達の腐臭が充満し、半実体のゴースト達が空中を漂い、悲痛な叫び声が岩肌に反響する通路と部屋で構成されたまるで迷宮のような空間は、精神が弱い者ならショック死してしまいそうになるほど怖い場所だ。



 その中で参加者達は【地下大空洞】の何処かに配置されている五つの“死者の鍵”を集めなければ、地上に繋がる扉が開く事はない。

 逃げ場無い閉塞空間で、約三百名が協力して脱出するサバイバル。

 それは参加者達の悲鳴と鮮血と共に、粛々と進行した。




 ■ ◇ ■

【とある蟷螂型甲蟲人(イス・ハー)さん視点】




 眼前で群れを成し、一向に減る気配のない敵に対し、そろそろ嫌気がさしてきました。

 その鬱憤をぶつける様に、鋭利さが自慢の鎌手でその頸部を切り裂きます。



「――斬ッ」



 ひと振りで三体の首を刎ねた敵の種族は、生者である私達を求めるかのように両腕を突き出しながら迫る、腐乱臭を漂わせる爛れた肉体なので触れるのすら憚るほど不潔な“ゾンビ”です。



 アンデッドの中で最も有名で、最も弱く、生者を殺すとその死体を同族にするという面倒な能力を持つ“ゾンビ”達は、私達からすれば鎌手のひと振りで容易に切り刻む事が出来る存在です。



 それが十や二十居たところで、どうという事も無いのですが。



「流石に、多すぎますね」



 眼前を埋め尽くす、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビの群れ。

 狭い岩肌が剥き出しの通路を埋め尽くす、終わりの見えないゾンビの大集団が一斉に、私達に向かって襲いかかってきています。

 物量で攻められるなど悪夢ですが、ただ幸運にも狭い通路なので全周囲を包囲されてはいません。

 それでも気を抜けば組み付かれ、数で抑えられ、全身の肉という肉を齧られ、そして死んだら私達もゾンビとなってしまうでしょう。



 一切気を抜けませんね、これでは。

 それに本気で殺しに来てますね、間違いありません。



「ああ、もう。グル(でん)ちゃん、同じアンデッドなんですから、どうにかなりませんか!? 支配とか出来ると言ってましたよね!?」



 またひと振りで迫る三体のゾンビの首を跳ね飛ばしながら、横で戦っている短槍使いのグル澱ちゃんに聞いてみます。

 グル澱ちゃんは少し前までは中鬼(ホブゴブリン)だったのですが、今は【存在進化】して“死食鬼グール”になった事もあり、その槍捌きは以前よりも力強いです。



 一瞬で繰り出した三連の突きがゾンビ達の頭部を穿ち、確実に仕留めていきます。



 少し前にお姉様と慕っているアイ腐様に影響されてちょっと特殊な性癖に目覚め、私までその道に引きずり込もうとするのだけはちょっと勘弁してほしい欠点ですが、こうした場面では頼りになる親しい友人であり同僚と言えますね。



「無茶言わないでよ。普通のゾンビ程度ならできるでしょうけど、流石にカナ美お姉様が生成したゾンビを支配とか、出来る筈ないじゃないッ」



 そう言っている間に、グル澱ちゃんは手にする【腐死者の手槍】を振るい、迫るゾンビ達を切り刻み、短槍の能力【爛れる腐肉】を行使して元々腐っている肉体を更にドロドロに腐食させていきました。

 グールという種族は、元々屍の腐った肉や体液を好みます。

 だからグル澱ちゃんは液状にまで腐った肉を合間合間で啜っていますが、見ていて気持ちがいいものではないですね。



 まあ、種族的本能ですから仕方ありません。

 私達蟷螂族だって、愛した雄を交尾中に食い殺しちゃう事が多々ありますからね。

 こればっかりはどうしようもないので、耐え難い現実から目を逸らし、一心不乱に眼前の敵を駆逐します。



「あー、ウマー。カナ美お姉様が生成すると、ただのゾンビでも超ウマイわ」



 見るも悍ましい腐液をジュルジュルジュルと美味しそうに啜っていても、ええ、気にしませんとも。



「まだ見つかりませんかッ! 流石に精神的に限界なんですけどッ!!」



 ですが、気にしない、というのにもやはり限界というモノがありますよね。

 おえっぷ。リバースしかけるのをギリギリのところで我慢します。ヤバイです。ここ精神的にガリガリ削られる、魔境ですよ。

 敵だけでもいっぱいいっぱいなのに、味方から精神攻撃されるとは思いませんでした。



「うううう、早く出たいですよぉ」



 何十何百とゾンビを切断した鎌手に腐肉がどんどん付着していく寒気のする感触から目を逸らし、ゾンビを破壊した余波で飛び散る残骸が全身を汚染する事からも目を逸らし、稼いだ短くも長い濃密極まる時間が過ぎていきます。

 そしてそんな時にやっと聞こえてきた仲間の声は、まさに状況を打開してくれる祝福の声でした。



「三つ目の鍵を見つけましたッ。脱出しましょう!」



「了解です。ではサッサと逃げますよッ!」



 地下空間から出るために必要な鍵の一つがあるとされる区画で、やっと目当ての鍵を見つけたという報告を聞くやいなや、私達は即座に確保していた退避経路から脱出すべく、逃走を開始しました。

 その時、目を逸らしていた鎌手の汚れをつい見てしまいました。

 よく分からない肉の残骸がこびり付き、ネチョッとしています。うええ。

 隣でグル澱ちゃんが確保したゾンビの手を美味しそうに食べています。うええ。

 うええ、うええ、うえええええええ。



「早く外に出て、温泉に浸かりたいよう……」



「その前に、全身水洗いされるけどね~」



 グル澱ちゃんに言われ、何の事を言っているのか一瞬だけ思案し、理解しました。



「あ、ああ。なるほど。昨日高圧水で丸洗いされていた班は、そういう事だったんですねー。納得ですよ、本当に」



 私達の全身は、度重なる戦闘によってアンデッド達の腐臭漂う残骸が色々と付着しています。

 肉片が武具にこびり付き、腐液がシミになったりしていますね。今は鼻が馬鹿になっているのでよく分かりませんが、きっと凄い臭いが発せられているのでしょう。



 なるほど、これでは昨日見た、ホースから出る大量の水を全身で浴び、それから消毒消臭効果の高い“キルシー草”や“カンブの実”を大量に浮かべた薬湯に武具ごと浸かっていた同僚達が何をしていたのか、よく分かりました。



 皆が利用する温泉に、このまま入る訳にはいきませんよね。

 できるだけ汚れは落とす必要がありますからね。



 とまあ、そうして汚物に塗れながら私達は脱出の為の鍵を探したのでした。



 ところどころに出てくる魔氷で強化されたゾンビやグール達を退け、次から次へと際限無く襲いかかってくる脱出門前での死闘も命辛々何とか生き延び、私達はアンデッド地獄から何とか生還する事ができました。



 そして心身共に尽き果てたような状態になりながら、全身くまなく洗浄され、やっと今回のためだけに造られた簡易温泉に浸かる事ができたのです。

 武具は臭いが残らないようにレプラコーンさん達に更なる洗浄をお願いしているので、明日にはどうにかなっているでしょう。



 温泉に浸かりながら、心底思います。

 明日はもっと、マシだといいですねー、と。

 でも無理なんだろうな、とある種の確信を抱き、思わず遠い目をして夜空を眺めました。

 ああ、複眼が何だか滲みますねぇ。




 ■ ◇ ■




 精神的にガリガリ削られる催しモノなので、その分出てくる妨害者達の数は非常に多いが一体一体はかなり弱くしてある。

 ところどころカナ美ちゃんの魔氷による強化がされたゾンビなども居るが、まあ、所詮強化されていてもゾンビだ。

 これまで厳しい訓練を経た団員達が、倒せない事は無い。



 今回は脱落者もほとんど出なかったので満足しつつ、凄く臭くなった団員達に特別に用意した薬湯に浸けさせる。

 流石に腐臭を漂わせたままでは迷惑だし、何より感染症とか怖すぎる。

 生命力が強いから大丈夫だろうとは思うのだが、やっておいた方が無難だろう。



 ならこんな事するなよと言われるかもしれないが、それはそれ。

 極限状態の時こそ本性というものが露出するのだし、だからこそ意味がある。

 武具などの清浄は責任を持って対処する体制は整っているので、明日には別の催しモノを堪能してくれるに違いない。


Day 313

 “三百十三日目”

 祭り三日目。

 今日はミノ吉くんのところに注目してみようと思う。


 ミノ吉くんが監督する催しモノは“綱引き”である。


 強度と靱性に優れた亜龍の革を材料にして造られた特別な亜龍綱を、ミノ吉くん相手に引っ張り合うのだ。

 全員の息が完璧にあえば、例えミノ吉くんとでも戦う事はできるだろう。


 ただし引っ張り合うだけではつまらないので、負ければ一定時間、ミノ吉くんと一対多の戦闘に移行する。

 ミノ吉くんは雷炎能力を封印し、斧と盾を外した徒手空拳ではあるが、その身体能力はパラベラム随一だ。

 舐めてかかっては、即座に打破されてしまうだろう。



 ■ ― ■

【とある半軍曹鬼(ハーフ・サージェントロード)視点】



 あかーん。もうあかーん。

 フシュルルルルル、と鼻息荒いミノ吉兄と綱を引っ張り合うとか、既に準備の段階で結果が目に見えてんねんけど。

 こっちが幾ら数が多いっつっても、綱握った瞬間に絶望的格差を理解できるとか、ほんまもう無理やて。


「サン凛殿……これ、綱引きする必要があるのでしょうか?」


 冷や汗ダラダラ流してたら、すぐ後ろに居た雷竜人(サンダードラゴニュート)のスプトはんがそう声をかけて来たんやけど、その意見には同意するで。


「意味、無いやろなぁ。だって結局負けて、ガチンコになるやろし」


 約三百名対ミノ吉兄一鬼による、綱引き。


 普通なら圧倒的戦力差で負けるわけない。

 でもな、あかんて。ミノ吉兄、まるで不動の泰山みたいな存在感やもん。


 一応、今までうちが鍛えに鍛えまくったからそれぞれの種族の平均よりもメンバーの性能はええんやけどな、それでもね、あかんて。

 巨鬼(トロル)とか大鬼(オーガ)とか数十鬼居るけど、それでもたった一鬼のミノ吉兄に勝てる光景が想像できへんもんね。

 嫌やわー。めっちゃ嫌やわー。


「まあ、せめて無様な姿を見せないようにしたいですね」


「せなやスプトはん。ほな、始まるで」


 でも始まった綱引きは、思いの外健闘したんよね。


「血反吐吐いても力は緩めるンやないでッ」


「タイミングを合わせろッ。オーエス! オーエス! オーエス!」


『『オーエス! オーエス! オーエス!』』


 そりゃ皆必死よ。地面に倒れそうになるほど後ろに重心を傾けて、足や背中とか全身の力を使って引っ張んたんよ。


「フゥウウウウ……ブゥモオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 でもな、圧倒的力の前には、小細工なんて無意味やったんや。


「うわなんッあああああああ……」


「こんなん、無理やって!」


 まあ、結局負けたんやけど、ミノ吉兄は存在自体が反則やと思うわ。

 なんやねん、三百名で引っ張っても、ほとんど動かんとか。そりゃデカイ身体してるし、めっちゃ重いんやろうけど、それでも限度っちゅうモンがあるやろと。


 まあ、それでもええんよ。

 覚悟してたし、綱引き負けたんはええねんけども。


 その後に待っとった、模擬戦の酷さは何やろな。

 斧と盾や雷炎は使わず、無手の状態で完全武装したうちらとの模擬戦。

 見上げる程の巨躯をしたミノ吉兄やけど、そのくらいの大きさならうちらは訓練で慣れとるんよ。

 フォモールとか、ブラックスケルトン・ジャイアントとか、デッカイしな。そういう種族相手の戦術とかも、既に経験済みよ。


 でも、ミノ吉兄の前ではそんなん無意味やったんや。


「重武装部隊≪アンガー≫の百人長、巨鬼(トロル)のトロ重、行かせてイタだきマス!」


 ミノ吉兄に勝るとも劣らない体躯を誇るトロ重の突貫。


「ブゥモオオオオオオッ!」


「グワアアアアアアアッ」


 分厚いタワーシールドを前面に押し出す事でまるで城壁が高速で迫るような突貫は、前方に居る敵を問答無用で轢殺するだろう破壊力があったやろな。

 速度と重量と硬度の合わせ技や。普通なら回避するしかないやろう。


 やけどそれに対してミノ吉兄は右ストレートで迎え撃った。

 轟、と大気が裂けるような音を発した馬鹿げた威力のある右ストレートは直撃したタワーシールドをへし曲げ、拳程の大きさの凹みを造ったんよ。

 それでも威力はぜんぜん衰えんかったんやろうな、軽やかとすら思える程にトロ重は勢いが反転したみたいに吹き飛んで行ったんや。


「トロ重の犠牲を無駄にするなぁ!」


 それを見て恐怖に震えながら、しかしうちらはブッ飛んだトロ重の後に続くように次々と突貫して行ったんや。


「どうせ死ぬなら一撃でも叩き込めッ」


「ウオオオオオオオッ。畜生畜生畜生、こんなところで死にたくねぇよおおおおおおおおおお!」


 決死の覚悟で突っ込む前衛はまるで餌にたかる蟻のようやった。

 普通なら物量で潰せるやろな。うちらかて普段から過酷な訓練を積んどるんや。そんじょそこらの輩よりも数段強いっちゅう自負がある。


「ブゥモオオオオオオッ!」


 でもな、直撃せずとも腕のひと振りで数名から数十名が木っ端のように吹き飛ばされ、蹄のある脚部は大地を思い切り踏むだけで小規模の地震を引き起こす。

 圧倒的な破壊を振りまくミノ吉兄は、まさにどうしようもない自然現象の権化のようにしか見えへんわ。


 でも、そこでただ呆然と諦める訳にはいかへんのよ。

 バッタバッタと倒れていく仲間達の屍――骨折してたり内臓破裂してるけど、まあ死んどる奴は居らんな――を乗り越えて、うちらはひたすらに突貫を繰り返すんや。


 一応、これも策ではあるんよ。


 いやな、最初は統率した動きで相手しようと思ってたんやけど、うん、無理やわ。


 ミノ吉兄、オバ朗兄から集団戦では敵軍の指揮官を真っ先に潰すように叩き込まれてるから、下手に統率しようとするとそいつが叩き潰されるんよ。

 指揮官ちゅう頭脳から叩き潰されていけば、組織は十全に機能せえへん。どんな精鋭部隊でも弱体化は免れんのよ。


 ならいっそ、て事で捨て駒として身体能力の優れたトロルとかオーガとかが肉壁になる。それでも僅かな時間しか稼げへんけど、その僅かな時間が凄く貴重やった。

 そんで稼いだ時間を使って後方から強力な魔術やら妖術やら、【魔法】系の攻撃をブッパするんがうちらにとっての唯一の攻略法なんよ。


「味方に構うなッ、撃てぇえええええッ」


 狙いは無事に成功し、仲間ごと色とりどりの魔法が炸裂する。

 いっそ美しさすら感じられた破壊の芸術は、しかし仲間達を吹き飛ばすだけで、目的は達成できへんかった。


「ブゥウウウウウウ、ブゥモオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 噴煙が吹き飛ぶほどの咆哮に、身体が竦んだ。

 足はガクガクと震え、湧き出す恐怖心にどうしようも抗えへん。 


 うちらかて、何体かのダンジョンボスと戦ってきたんやで。そんなかには、ごっつ強い奴はわんさかおった。

 それやのに、身内であるミノ吉兄に、うちらは本気で怖がっとる。


「こらあかんわ」


「ははは……知っていたつもりでしたけど、これは酷いですね」


 スプトはんと共に、乾いた笑みをこぼす。

 なんせ、複数の魔法が直撃しているのに、僅かなダメージしか与えられなかったんよ。

 いっそ笑えてくる格差に、うちらはただただ最善を尽くし、そして突っ込んで、愛剣で脇腹に一撃入れた直後にぶん殴られた。


「ごぶばぁっ」


 全身をかき混ぜられるような重撃に、思わず変な声が出てもうた。

 クルクルと回転しながら飛んでいくうちは、めっちゃ痛いけど命あるだけ儲けもんやなぁ、と思いながら意識を失ったんや。


 次目を覚ます時には、医療部隊≪プリエール≫の誰かが治療してくれた後であって欲しいと、切に願っとこう。柔いベッドの上ならなお良しやで。


 なんて甘っちょろい事を思っとると、顔にぬるま湯を浴びせかけられた。


「ブハァッ! な、なんや!」


「意識を失って逃げようなんて甘々ですよ-。ええ、砂糖漬けにした果実よりも甘いのです」


 飛び起きたうちにそう言うのは、≪プリエール≫の百人長を務めるセイ()やった。

 温和で優しげな見た目やけど、他人が苦しむ様を見て喜ぶ、豊満な胸部装甲が憎らしい魔性の女やで。


 そんなセイ保は木の桶を持ってるんやけど、その中身の白く濁った液体から察するに、怪我を癒やし魔力を回復させる湯効のある温泉のぬるま湯を、治療と同時に浴びせられたみたいやな。

 土で汚れ、ぬるま湯に濡れている以外、痛みも不具合もあらへんわ。

 砕けた骨も断裂した筋肉もその他諸々も修復されとるわ。


「全滅したので、また綱引きして下さいなぁー」


「……まだ終わりやないん?」


「終わりじゃないですよー。夜まで綱を引っ張っては戦って下さいねぇ」


 魔性の笑みを浮かべるセイ保は、やる気満々で準備運動を続けてるミノ吉兄を指差した。


「おうふ……。マジかいなぁ。まあ、やらなあかんよな、やらな」


 終わった後はボロボロになってまうやろな、と確信しつつ、うちらはそれでも抗った。

 生き残るために、今まで以上に団結したんや。


 へへ、この世は地獄やでッ!



 ■ ― ■



 団員達は回数をこなす毎に、綱を引くタイミングが揃いだした。

 ミノ吉くんが引っ張られる展開も増えたものの、やはりまだ完璧ではなく、ミノ吉くんが綱引きでは全勝してしまう。


 そして綱引き後に始まる戦いでは、ミノ吉くんが拳一つで団員を纏めて吹き飛ばし、蹴り一発で波状攻撃を弾き飛ばした。


 蹂躙というべき光景ながら、即死する者が出ないのはミノ吉くんが修行を経て自身を完璧に動かす事が可能になった事で、絶妙な手加減が出来るようになったからだろう。


 以前のミノ吉くんなら事故の一つや二つあったに違いない。


 また手ごわくなっているなと感心しつつ、祭り開催日からずっと忙しそうに走り回っているセイ治くんの仕事を少しでも減らそうと思い、分体でフォローする事にした。

 ミノ吉くんのところは怪我人が続出するので大変だ。


Day 314

 “三百十四日目”

 祭り四日目。

 今日はアス江ちゃんのところに注目してみようと思う。


 アス江ちゃんが監督しているのは、アス江ちゃんの能力で造った巨大な縦穴を使った“岩壁登攀(ロッククライミング)”である。


 円柱状に地下へと続く縦穴の深さは約三百メートル。

 ゴツゴツとした岩壁は手懸かり(ホールド)足場(スタンス)として利用できる突起が非常に多いが、場所によっては前傾壁(オーバーハング)になっているので、それなりの技術が必要になる。

 参加する団員達は武装した状態でここを登るのだが、今までにも断崖絶壁を乗り越えて奇襲するなどの場合を考えて訓練しているし、優れた身体能力から考えても、登る事自体はそこまで困難なモノではないだろう。


 しかし時折頭上から落石があったり、≪パラベラ温泉郷≫に来ているエルフ達の協力によって吸盤付きの矢が襲いかかってくるので、油断は出来ない内容になっている。


 ちなみに、落石などに当たれば落下する危険性が高いのは承知の上だ。

 落下した場合でも救出できるように幾つか対策はとってあるので、即死する事が無ければ命は助かるだろう。



 ■ 〒 ■

【とあるボス猿(ガルドラ・エブラ)視点】



 広大な大森林にぽっかりと空いた巨大な黒孔の底から這い上がるべし。

 今日はそう言われて始まった。


 開催初日に潜った団員達によって【奈落(アビス)】と呼ばれるようになった黒孔は、地下約三百メルトルという深さがあった。

 普通に登るのにも困難な高さでありながら、武装した状態でそこから這い上がるのは間違いなく難題である。


 しかし樹上での生活を得意とする猿人(オロリン)という種族からすれば、岩壁にあるちょっとした凹凸や亀裂を手懸かりに登る事は非常に容易い事でもあった。

 グループ内に居た猿人達は、他の団員達よりも先行してスイスイと軽やかに登っていく。


「ウキキ。ここから先はちょっと厄介な場所だウッキー」


 そんな猿人の中でも上位種に分類される灼毛剛殻三尾の“剛殻灼猿(ブライオルリン)”にまで【存在進化】し、オバ朗からボス猿と呼ばれパラベラムでも上位に位置する実力者である、動きやすさを優先した軽装備のガルドラ・エブラは、誰よりも出口に近い場所で、腕組みをしたまま岩壁に対して垂直に立っていた。

 自在に動く屈強な足の指で岩をガッチリと掴み、四肢以上に精密に動かす事が出来る力強い三尾を使って身体を安定させ、これから進む先の様子をつぶさに観察しているのだ。


「ここから先は、アッシ達を叩き落とす気満々のエリアですからねェ。キキキ、ちょいと大変でさァ」


 そんなガルドラの横にまで登ってきた同じような軽装備で二角白毛二尾の“猿鬼(ヤフル)”――ヤフ公は、ガルドラに習うように足の指と二尾を使って岩壁に立つ。

 中鬼(ホブゴブリン)から猿鬼となったヤフ公は、紆余曲折があってガルドラの一の子分、のような関係にある。

 付き従うのは日常で、共に戦場や迷宮を駆けた戦友である。


「ちょいちょいとある崩れやすい地盤が厄介だウッキー。アス江の姐さんが造った“岩窟偽人(ロックガーグ)”達も岩を落とす気満々で厄介だウッキー。でも何より面倒なのは、エキストラのエルフ達だウッキーな」


 ガルドラはヤフ公に対し、自分で見つけた待ち受ける妨害者達の情報を手短に語る。

 それは後続の者達にも伝播して、攻略するための手助けとなっている。


「まぁ、やれる奴だけでも今のうちに排除しとくのが無難だなウッキー」


 そうして岩壁に立ったままガルドラは、小声で詠唱を行った。

 その右手には急速に魔力が収束され、赤緑色の魔力光が周囲に散った。


「串刺しにしてやるぞ、ウッキー! “刺し誇る炎華の根槍(シーフリグ・ベーゼ)”」


 混合系統第三階梯魔術“刺し誇る炎華の根槍(シーフリグ・ベーゼ)


 炎熱系統と樹葉系統の混合によって生み出されたそれは、長さ二メルトル直径五センチメルトルの赤い花の根で造られたような造形の槍だった。

 尖った根の穂先は半端な金属槍よりも余程鋭く、炎のように表面が揺らめいている根槍をガルドラは腕力と腰の捻りだけで天高く投擲した。

 豪腕から繰り出され天高く飛翔する根槍は狙い違わず、岩壁に開けられた横穴に潜んで落石による妨害をする予定だった岩窟偽人(ロックガーグ)の胴体に深々と突き刺さる。

 岩石で構成されたヒト型とでも言うべきロックガーグはそれだけで行動停止するような脆い構造ではなかったが、しかし根槍は内部で急速に成長し、爆発的な勢いで巨大な炎華を開花させた。


「キキキ、汚ねェ花火ですねェ」


 成長した炎華によって内部から爆砕されたに等しいロックガーグの岩石の身は呆気なく砕け散り、砕かれた破片は重力に引かれて落下した。

 その際、登っている最中の団員達の間際を通り過ぎる。

 一番大きい破片は成人男性程度の大きさがあり、それが直撃すればかなりのダメージになった事だろう。耐え切れず、共に落下していた可能性は高い。

 だが幸いな事に当たった者は誰一人居なかった。が、少しでも何かが違っていれば、数名は巻き添えになっていた可能性はあった。


「危ねぇっすよッ!」


「気ーつけて下さいよッ!」


 そのため、流石に文句の一つや二つは出てくるというものだ。


「ウキキ、ちゃんと当たらないように計算してるウッキーよ、心配するなウッキー」


 後々必ず立ちはだかる脅威を事前に排除しているんだから少し我慢してくれ、などと思いつつ、ガルドラは更に第二、第三の根槍を投擲していく。


 根槍はその尽くが命中し、その分だけ炎華が咲いて妨害者達を粉砕した。

 しばらくの間は魔力によって燃え続ける炎華が咲き誇る事で、薄暗い【奈落】はほんの少しだけだが華やかに彩られる。


「ウキキ。まあこんなもんだウッキー。後は登るしかないんだウッキー」


「キキ。キキ。ロックガーグ共をザッと減らしただけでも、かなり楽にはなりやしたねェ」


 しかし残念ながら幾らでも替えの効く生成体を壊す事が出来ても、弓矢を構えて指定された範囲にまで登ってくるガルドラ達を今か今かと待っているエルフ達には手が出せなかった。


 隣人であるエルフ達は、言ってしまえば今回のイベントに娯楽として参加している。


 やってやれない事もないが、実際に行動すれば確実に面倒事に発展するのは目に見えているし、最悪見せしめとしてオバ朗に生きたまま食い殺される、何て事も十分に考えられた。

 流石にその絶対的な力を恐怖と共に骨身に染み込ませているガルドラがそんな愚行をするはずもなく、妨害者達の掃討はここで一旦止める事にしたようだ。


「ウッキキー。それじゃまた登るんだウッキー」


 ガルドラは一旦安全が確保されたと思い、手足と三尾を使って登り始めるが、上から何やら不吉な声が聞こえた。


『あちゃー、今回のグループもやってもーたなー。登るん邪魔されれば面倒やし、そりゃ手ー出しちゃうやろな。でも決まりやし、ま、しゃーないわなぁ。皆頑張ってなー、ここから応援しとるでー』


 それは遥か頭上、出口に居る監督官のアス江のモノだった。

 何が起ころうとしているのか。内心で湧き出す表現し難い焦燥感や本能的な危機感に駆られたガルドラは、顔を上げてその原因を探ろうとした。

 しかし探る必要すらないほど、それは一目瞭然だった。


「ウキキー……。まいったなウッキー」


 これからガルドラ達が進む予定だった【奈落】の岩壁が、まるで生物の体内のように流動し始める。

 流動自体はアッという間に収まったものの、岩壁は先ほどよりも登るのがやや困難そうな形状で固定され、ガルドラによって駆逐されたはずのロックガーグ達は復活していた。

 しかもただ復活しただけでなく、破壊する前より数が若干多くなっている。


「キキ、キキ……。遠距離攻撃で破壊すれば即座に補充され、ついでに地形を変えて難易度上昇、って事ですかねェ。いや全く、説明がねェ分タチわりーですねェ」


「やっちまったウッキー……皆、すまんウッキー」


 しまったという風な表情を浮かべながら、ガルドラは頬を掻く。

 それに対してヤフ公は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめ、追随していた他の団員達も苦笑を浮かべていた。

 確かに今回はガルドラの失態であるものの、妨害者を破壊すれば即座に補充されると同時に地形が変えられるなど、事前に分かるはずがない。

 そもそも脅威を即座に排除するのは間違った考えとは言えないのだから、こればかりは誰にだって起こり得た類の失態だった。

 今回はたまたまガルドラだったというだけで、それを皆理解している為、軽く流して前向きに攻略を考える事に切り替えたのだった。


「しかし、先は思った以上に長そうだウッキー」


 妨害者達の妨害は、決して無視できるモノではない。容赦ない責めに団員達は蹴落とされるだろう。

 だから登りやすくする為に排除しようとすれば、即座に修復され、その分だけ数が増えていく。


 どっちにしろ困難なら、難易度が上がらないので、排除しない方が最善である事は間違いない。しかしそれでも数多の困難が待ち受けるのが【奈落】の試練とされている。


 一体何が待ち受けているのだろうか、それを想像し、ガルドラは冷や汗を流した。


 そして三メートル近い大きな岩が狙いすましたかのように落下してきたのは、その直後の事だった。

 登った事で、ついにロックガーグ達の妨害が始まったのだ。



 ■ 〒 ■



 アス江ちゃんは【存在進化】して得た生成能力や地形操作能力をフル活用し、岩土で造られた妨害者達が壊されれば補充と追加を行い、ちょっと地形を変化させて登り難くさせるだけの簡単なお仕事だ。

 一応、協力してくれたエルフ達に簡単な指示を出すなどの役割もあるが、基本的にはそちらがメインになる。


 出口まで後二十メートルくらいのところに来ると、岩壁にランダムで突起を造るなどの簡単な妨害も行うが、あと少し、と油断していた者は意外と引っかかってしまったようだ。

 引っかかった団員達は最後まで注意力を落としてはいけない、と教訓を得た事だろう。


 それなりに怪我人が出たモノの、ミノ吉くんのところと比べればまだ安全だったに違いない。

 不安定な環境での対応力は、向上した事だろう。


 何十人と撃墜されたりしたが、死んではいないので明日もまた頑張ってくれるだろう。


Day 315

 “三百十五日目”

 祭り五日目。

 今日はブラ里さんのところに注目してみようと思う。


 ブラ里さんのところで行われている催しモノは“剣爛舞踏会”だ。


 ヒト型に凝縮された鮮血軍団と団員達が一定時間戦い続ける、という今までと比べればかなりシンプルな内容である。


 ただ鮮血軍団はブラ里さんの背中に生える鮮血の剣翼を核に、俺が生成した巨人達の血で構成された特別製だ。

 ある意味ブラ里さんの肉体の一部のようなモノであり、俺の分体のような存在に近いだろう。

 だからか鮮血軍団を構成する“血剣軍鬼兵(ブランディード)”単体の性能は【上位生成】による生成体に匹敵するか、やや高いと思ってくれればいい。


 まあ、そういう訳で性能が良い鮮血軍団に対し、如何に統率されて動く事が出来るのか。


 それは多対多の戦争である聖戦では、非常に重要な事である。

 生存確率を上げるには、どうしても外せない催しモノではないだろうか。



 ■ 爪 ■

【とある女騎士(テレーゼ)視点】



 それは鮮血の波濤(はとう)のようだった。


 ブラ里さんの剣翼を核に、毒性の高い“青毒巨人(ヴェルタロス)”の鮮血でヒト型に構成された“血剣軍鬼兵(ブランディード)”達は、一糸乱れぬ動きで私達を強襲してくる。

 一体一体が高度な戦闘技術を有しながら、その数は軽く見ても千に達しているだろう。

 周囲を完全に包囲された私達は防御に優れた【エーマスの聖盾】と呼ばれる陣形を構築し、内部から【魔法】などを使った波状攻撃を仕掛ける事で何とか持ちこたえている苦境にあった。


「戦士達よ、奮起せよッ! 今ここでやらねば、私達に未来はないッ!」


 普通なら絶対絶命の状況だ。

 単体としてみてもその能力は高く、また一つの意志によって完璧に統率されている事もあり、勝機は限りなくないと言っていい。


 だがそれでも、声を上げる。

 率いる者として、弱気を見せる訳にはいかないからだ。


「後衛、十人長以上の者は高威力の【魔法】を詠唱し指示するまで待機、それ以外の者はとにかく手数を優先して近づけさせるなッ。前衛、押されるな、押し込めッ」


『『『了解ッ』』』


 応答を聞きながら、私は長年愛用している魔剣【月の風(リュヌ・ヴァン)】と、新しい魔剣【星の水(ベーア・リュト)】の剣身に魔力を通す。

 ふた振りの魔剣はそれに反応し、それぞれ違った色合いの魔力光を宿した。


 新しく手に入れたこの魔剣【星の水】は、先日帰ってきた旦那様であるオバ朗がプレゼントしてくれたモノである。

 最近忙しかったからかイヤーカフス越しの会話も少なく、どことなく放置され気味で、何だか私という存在が忘れ去られているような気がしていたのだが、どうも杞憂だったらしい。


 ホッと安堵する反面、何だか良いようにあしらわれている気がしないでもない。

 が、まあ、今回はプレゼントに免じて流すとして。


「隊長ッ、東面に攻撃が集中し始めていますッ!」


 かつて旦那様と出会った戦いの後、一旦は奴隷となりはしたが、紆余曲折あってまた私の部下となった副官である【司教(ビショップ)】のベーンが大声で報告してきた。

 それに反応し、私が【鬼乱十八戦将】となって得た称号【憐輝士】の能力が一つ、触れた者の心身から活力を奪う【憐輝】を行使する。


 途端全身を覆うのは高貴ささえ感じられる黄金に輝くオーラ。


 最初は扱いに戸惑ったモノの、今では自在に動かす事ができるようになった【憐輝】を放出し、まるで花吹雪のようになるイメージを脳内で思い描く。

 すると私のイメージに合わせて変化した【憐輝】は、コチラの守りを切り崩そうと殺到してきた血剣軍鬼兵達を飲み込み、目に見えてその活動を停滞させた。

 攻撃力や防御力は半減し、風のように速かった動きは鈍化している。


 それを逃さず東面で守りを固めていた前衛が盾の隙間から槍や剣で攻撃し、その血体を蹴散らした。


 結局のところブラ里さんの剣翼を核にしているため、血体を蹴散らしても血剣軍鬼兵達は一定時間後に復活するのだが、それでも攻撃の密度を減らす効果は確かにあった。


「制限時間まで持ちこたえろよッ」


「時間前に守り抜かれてブラ里の姐さんに出てこられたら、それこそナマス切りにされるぞッ」


「あんな地獄は真っ平御免だからなッ」


「普段は頼りになる姐さんだけど、こと戦闘に関しちゃあおっかねぇからなぁ!」


「がはははは、ちげぇねぇちげぇねぇ」


 団員達は揶揄するように笑い、汗水流しながら必死に眼前の敵を打ち砕く。

 壁である前衛が繰り出す攻撃はもちろん、後衛が雨霰と降り注がせる色鮮やかな無数の【魔法】は破壊と破砕音を響かせた。


 しかし倒せども倒せども次々追加されて中々減らない敵に、心身は次第に疲弊する。

 体力は絞り尽くされ、魔力は枯渇する寸前になっている者も居るだろう。集中力が途切れ、怪我を負ったりミスする者も居るだろう。

 しかしそれでも皆が必死に戦い続けていられるのは、一定時間が過ぎるまで全滅しなければ勝利であると勝敗条件が明確な事と、もし陣形を崩されて混戦になり、弱い団員から脱落して最終的に数の暴力で敗北した場合、その後が非常に怖いからだ。


 今日の催しモノである“剣爛舞踏会”は、陽が沈むまで何度でも繰り返される。

 既に数回ほど繰り返されているのだが、前々回の時に敗北した為、前回では罰として一定時間の休憩の後、一分だけだが監察官であるブラ里さんが参戦する事になった。


 その時はまさに阿鼻叫喚、血に酔った“血剣軍女帝(ブラッディレイドエンプレス)・亜種”が哄笑しながら台風めいた血剣の渦を纏った状態で襲いかかってくるのだ。

 ギリギリで残された理性から団員達が斬殺される事こそなかったものの、致命傷に近い重傷を負い、脱落した団員は百名を超えている。私達のグループの総数が三百余名だった事を考えれば、その被害の凄まじさが分かるだろうか。

 団員達には即座に治療が施されたものの、ダメージが大きすぎてまだ意識が戻っておらず、現在は不参加だ。そのため今は最初と比べて少なくなった数で何とか持ちこたえているのが現状だ。


 もしまた参戦する事にでもなれば、それこそ終わりだ。

 それ以降も耐え切れなくなるだろうし、そうなれば罰としてずっとブラ里さんが参戦し続ける事になる。全員が負傷者となって脱落しても可笑しくない。


 だからこそここが正念場、今日無事に生き残る事が出来るかどうかの瀬戸際である。


「敵陣後方、大型を数体確認しましたッ」


 ガッチリと守りを固めている私達に対し、数十体の血剣軍鬼兵が融合した大型の血剣軍鬼兵が出現した。

 全ての能力が飛躍的に向上し、巨鬼(トロル)に匹敵するその巨躯は驚異そのもの。

 即座に排除しなければ、守りは強引に喰い破られるのは間違いない。


「待機組一番から三番、【魔法】発射用意――発射ッ」


 事前に詠唱させ、即座に発動させるように待機させていた手札の一つ。

 それを今、切る時が来た。


狂炎の大斑蛇(アーヴァ・ローベン)ッ」


花開く水溜の枝(イトルル・ジゼーベ)


「――汚濁した水の氾濫(バナヘル・アグラ)


 業火の大蛇が、巨大な枝が、濁った濁流が、それぞれ大型の血剣軍鬼兵達に襲いかかる。

 業火で蒸発し、枝に血体を吸われ、濁流に混じってその形を無くしていく。

 余波で無数の血剣軍鬼兵達を巻き込みながら、破壊を振りまいたものの、まだ終わりではない。


「総員、最後まで気を抜くなッ!」


 【月の風】が纏う銀粉渦巻く螺旋風に【星の水】の黄金色の聖水と【憐輝】を上乗せし、広範囲にばら撒きながら声を上げる。

 私達は生き残るために、辛く長い戦いを繰り広げるのだった。



 ■ 爪 ■



 ブラ里さんは参加したくてウズウズしているが、団員達が一度敗退した罰としてしか参戦できないようにしているので、鮮血軍団は猛攻を仕掛けさせている。


 一度、一分だけとはいえ参戦し、ズタボロにしたくせにまだ足りないようだ。

 いや、むしろ欲求はより蓄積されているのだろうか。


 まあ、ともかく、怪我人の割合は結構高いので、ここを担当する医療部隊≪プリエール≫の団員達はかなり大変そうだ。

 後で差し入れでもしてやろうかと思いつつ、まだ意識が戻らない団員達には【秘薬の血潮】でも与えてセイ治くん達のところにでも放り込んで置くことにしよう。

 これなら、よっぽどの場合でもない限り、明日には何とか動く事はできるだろうさ。


 まだまだここで終わらせるつもりはないので、生死を彷徨ったとしても、脱落などさせるものか。


Day 316

 “三百十六日目”

 祭り六日目。

 今日はスペ星さんのところに注目してみようと思う。


 スペ星さんの催しモノは“魔星入れ”である。


 早い話が、円状に陥没した区画の中央にそそり立つ円柱の上に座すスペ星さんが一定時間ひたすら魔術を行使し、まるで雨のように降り注がせるというものである。

 低階梯の魔術なら消費魔力よりもスペ星さんの魔力回復量が上回るので、途切れる事なく降り注ぐ多種多様な魔術の雨は下で逃げ惑う団員達にとって絶望に等しい。


 一定時間ひたすら逃げ惑うか、協力して立ち向かう事しか選択肢がなかったりする。

 多彩な魔術の対処法を熟知するには、またとない機会になるだろう。



 ■ × ■

 【とある魔導鬼(スペルロード)視点】



「何て、綺麗なんだ……」


 煌々と燃える業火球、高速で渦巻く激流槍、轟音伴い天迸る雷虎、黒光りする無数の石礫、細かく枝分かれした剣樹、凍てつく氷蛇、精神を侵す黒い煙、岩すら切り裂く鎌鼬、研磨剤入りの水刃、その他数え切れないほど上空に展開された、第一から第二階梯までの様々な系統の魔術群。


 まるで夜空に輝く星のようなそれ等を見上げ、率直に思った感想はそれである。


 少しばかり現実逃避も混じっているだろうが、しかし複数同時にありとあらゆる魔術を、低階梯とはいえ行使するその技術は理解不能だった。

 少しでも【魔法】の道に立った事があるものならが、眼前で構築された全てを見て、奮い立たないなどありえない。


 そこにあるのは【魔法】の極地の一つだ。


 【魔法】の一種である魔術は、【妖術】や【秘術】などと比べても使用者は段違いに多い分野である。

 新人から玄人まで幅広く使い勝手のいい、ある意味では基本とも言っていいかもしれない。


 しかしだからといって、簡単に使えるモノではない。

 自身の理想通りに行使しようと思えば、それ相応に積み上げられた努力や生まれ持った天性の才能、精密で繊細な技術が必要だ。

 だがありとあらゆる努力と才能を費やしても、目の前のように種々様々な魔術を、これほどの数全て同時に行使する事など普通は不可能である。


 右手で字を書き、左手で調理し、右足で金銭を数え、左足で絵を描き、口で書籍のページを捲り、脇で物を掴み、頭部に子供を乗せているようなものだ。

 例としては分り難く不適切かもしれないのは承知の上だが、つまりはこんな無茶を常時しているようなもの、という訳である。


 であるはずなのに、それが目の前で行われている。


 だから、見蕩れるしかなかった。

 こんな事がありえるのかと。鬼智を超越したそれは、最早一種の芸術ではないだろうか。


「馬鹿ッ、死にタイのカッ!」


 呆然と紡がれ続ける魔術の星々を見上げていた私を、同僚であり仲の良い牛頭鬼(ミノタウロス)のミノ()くんが強引に引っ張った。

 私の身長はミノ武くんの半分にも満たず、また筋骨隆々なそれと比べて貧弱である。

 まるで子供でも持つようにヒョイと軽やかに持ち上げられ、抵抗する間もなくその肩に担がれた。

 自重によって、ミノ武くんの太い肩が私の腹部にめり込む。慌ただしく走っているので上下に動き、その度に圧が加わって胃の内容物を思わず吐き出しそうになるものの、それを堪えて思わず吠えた。


「あの超絶技巧に滅ぼされるのならば、むしろ本望だッ」


 それは私の嘘偽りのない、魂の絶叫だった。

 どうせ死ぬなら、生涯を捧げると誓った魔術によって最後を迎えたい。


「俺達はマだ産まレテ一年も経っテいなインだぞッ! 諦めるにハ早すギルッ!」


「……それもそうだな」


 ミノ武くんに諭され、確かにその通りだと思い直した。

 危ない危ない、思わず正常な思考からブッ飛んでいたらしい。

 確かにまだまだ私達は若いのだ。これからの長い鬼生、ここで諦めるのにはちと惜しい。


 正気に戻ったついでに素早く詠唱し、直下に居る私達に向かって降り注ぎ始めた魔術の星々に対して、魔法合金で出来た愛杖【風呼びのラルバラド】の鋭利な先端を向けた。


「“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”」


 風塵系統第五階梯魔術“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”によって頭上に生まれる可視化された颶風の壁は、降ってきた数多の魔術の軌道を渦巻く事で強制的に捻じ曲げ、衝突させて互いに相殺させるだけでなく、相殺時に生じた衝撃波も周囲に散らしていく。

 まるでそこから先には立ち入る事の出来ない境界があるように、一定範囲で絶え間なく続く轟音。


 降り注ぐ魔術はどれも第一階梯か第二階梯のものばかりで、第五階梯である“魔引流転の颶風(ムルヴァ・ラルボル)”の方が圧倒的に効果は強い。

 普通なら早々に破られる事などありはしないのだが、しかし何事も限度というものがある。


「一先ずは凌げたが……数が多すぎますね」


 数え切れないほどの魔術が断続的に衝突すれば、流石の颶風も勢いは衰える。それに術者の技量を反映するように一つ一つの質が高いため、その威力は一つ上の階梯に近い。

 この様子だと、さほど長い時間は持ちそうにない。


 私達が居るのは円状に陥没した地形の底なので、どこにも逃げ場はない。颶風が消えれば、魔術は確実に私達を吹き飛ばすだろう。周囲は壁に囲まれているので、直撃せずとも全方位から衝撃が襲ってくると考えていいだろう。


「今のうちに体制を立て直しますよ、生き残る為にッ」


『『『オウッ』』』


 単体ではどうしようもない現状。

 だからこそ、他の仲間達と協力せねば、生存などできるはずもない。


 だから私達は密集して堅牢な防御陣を構成し、互いの持てる技術を費やし、何とか耐えて耐えて時たま脱落者を出しながらも耐え忍んで――


『本当によく頑張りますね、予想以上ですよ。ではそろそろ時間ですし、ちょっとだけ新しい魔術の実験でも……』


 ――魔術を行使し続けていたスペ星さんの実験台にされ、呆気なく吹き飛ばされた。


 ああ、魔術は何て素晴らしいんだ。


 私の意識は、そこで途切れた。



 ■ × ■



 目論見通り、団員達は様々な魔術に対しての対処法を身をもって知る事が出来ただろう。

 しかし最後の方でスペ星さんが新しく魔術書(グリモワール)で仕入れた魔術を試した結果、吹き飛ばしてしまったのはどうかと思う。

 頑張って耐えていたのに、もう少しで終わりだったのに、何だか申し訳ないとすら思ってしまう結末である。


 が、まあ、こういう事も経験である事には違いない。


 一応スペ星さんには色々注意しておくとして。


 祭りも半分を過ぎ、皆身体の損傷が多くなってきた。

 温泉の効力による心身の回復力促進や、潤沢に使用される様々な魔法薬、セイ治くん達による献身的な治療もあって完全な脱落者は想定よりかは少ないものの、身体の奥底にはそれでも拭いきれない疲労が蓄積されているのは目に見えて分かる。

 放置すれば集中力の低下などが発生し、アクシデントも増えるだろう。


 期限も迫っているので、できるだけギリギリまで動けるような状態を維持した方が都合がいい。


 そこで食えば活力が漲るの間違いなしな灼誕竜女帝竜の肉や、様々な迷宮で採ってきた迷宮食材などを大量に使った料理を振る舞う事にした。

 これまではあえてこういった食材を制限していたので、これで減っていた活力をグッと一気に取り戻せるだろう。


 それで、うん、やっぱり姉妹さん達に調理された灼誕竜女帝竜の肉は美味いなぁ。

 安い肉でも調理法次第で極上に生まれ変わるのに、極上の物を更に優れた調理技術を加えればどうなるか、想像するのは簡単ではなかろうか。


 外はカリカリ、中は柔らか。

 噛んだ瞬間に口内で広がる濃厚で繊細な肉の味、鼻腔を満たすのは涎が止まらなくなるほど芳醇な匂い。

 それだけでも堪らないのに、嚥下して喉を過ぎた後からが本番だ。

 胃酸で溶かされた灼誕竜女帝の肉は膨大なエネルギーを身体に供給するのだが、その際にまるで全身の細胞が生まれ変わるような高揚感が伴う。


 まるで生きながらにして生まれ変わるような感覚、と言えばいいのだろうか。

 【再誕の神】との関係も深いので、そのせいかもしれないな。


 何度食べても飽きる事のない、灼誕竜女帝の肉は、やはり格別だった。

 クイッと酒が、進むなぁ。

 灼誕竜女帝肉ウマー。


Day 317

 “三百十七日目”

 祭り七日目。

 今日はクギ芽ちゃんのところに注目してみようと思う。


 クギ芽ちゃんの催しモノは“隠れ鬼”だ。

 大森林の自然豊かな一画に隠れた団員達を、九祇鬼姫(くぎおにひめ)であるクギ芽ちゃんが【上位鬼種生成】で生成した“探求眼鬼(シーカーアイズ)”達が探す、という単純な内容だ。


 単眼の小鬼(ゴブリン)が着物を纏っているような外見のシーカーアイズ達の戦闘力は、最弱の団員に匹敵する。ハッキリ言って雑魚である。

 しかしその分索敵能力が高く、半端な【隠れ身(ハイディング)】では容易に看破されてしまう。

 それをものともしない【隠れ身】を体得する事こそ、これを切り抜けるのに重要な技能だ。


 ちなみに見つかった団員は色々と罰が課せられるので、皆必死になっている。

 まあ、まだ比較的楽な部類になるのではないだろうか。



 ■ ÷ ■

【とある男エルフ(エキルド)視点】



 我々エルフ族にとって自然豊かな森という場所は、慣れ親しんだ家のようなものであると同時に、自身の能力を底上げしてくれる狩場でもあります。


 エルフは長い生の中で、基本的には森から出る事はありません。


 幼少の頃から日々の糧となる獲物を探して駆け回り、森の恩恵を受けながら生活しているのです。

 そのため我々エルフはほぼ全員が弓の名手であり、森を縦横無尽に駆け巡る優れた身体能力と知識を備え、また風の精霊達との親和性が高く、自然豊かな森であればあるほど能力が底上げされる特性を備えた種族なのです。


 ――まあ、熱砂渦巻く砂漠などを好むサンドエルフや、洞窟や地下空間などを好むダークエルフなど、エルフという種族も細かく分類すれば色々ありますし、その分類で言えば私達はフォレストエルフといったモノになるのでしょうが、それはともかく。


 温泉が掘られてから成長著しいココ――≪クーデルン大森林≫の中ならば、少なくとも五割以上実力が底上げされているでしょう。

 その恩恵もあって、ここ数日の苛烈な催しモノを何とか乗り越える事ができました。


 しかし今現在、その恩恵があっても、少しも油断は出来ない状況にあるのです。


「ミーーーワナン、ミーーーワナン、ミーーーワナン」


 草木をかき分ける音を少しでも紛らわせる為でしょうか。

 この時期になると活発に動き始めて今も周囲に無数に居る、独特な鳴き声と甘い香りで獲物を誘い、粘着性の高い蜘蛛の糸で出来たような網で捕獲する“アミワナゼミ”のような高音を発しながら、ゆっくりと大森林を歩いているのは我々を探しているシーカーアイズです。


 単眼の小鬼のような外見をしたシーカーアイズ達の戦闘能力は低く、殺害しようと思えばほぼ全ての団員は瞬殺できるでしょう。


 しかし今私達が行っている催しモノは“隠れ鬼”です。

 排除しようと思えばできますが、それをすると発見されてしまう。リスクが高すぎて、だからこそこうして大森林で潜み、気配を周囲に溶け込ませるしかないのです。


(ふぅ……早く、行ってください)


 できる限り冷静になるよう精神を安定させます。

 呼吸も吹き抜ける風が周囲の葉を揺らした音に紛れさせ、自然と一体化するような感覚。

 そうする事により類稀な索敵能力を持つシーカーアイズは気づかず何処かに行き、そこでようやく気を緩めました。


「これはこれで、気が抜けませんね」


 今までの催しモノと比べれば、今回のはまだ楽な方でしょう。

 ですが精神力は確実に削られますし、身体の疲れも馬鹿にできません。本気で隠れるなれば、慣れていないと難しいですからね。


 しかし今後の事を考えれば鍛えておいた方がいいですし、見つからない為にもそんな泣き言は言っていられませんね。

 見つかった者の末路は、まさに悲惨だからです。


『ミーーーワナン、ミーーーワナ――発見しました』


『くそッ、なんでこれでバレるんだよッ!』


 少し離れた場所でシーカーアイズが同僚を発見したようですね。

 見つかった同僚は慌てて逃げ出したような音がしますが、それ以上に遠くから巨大な何かが真っ直ぐ接近している足音や木々を揺らす音が次第に強くなってきました。


『ああ、嫌だ、嫌だッ、嫌だッ! た、助けてグブルレレエエオオオオオオオオオ……』


『ブグオオオオオオオオオオオオオオオオッ』


 そして僅かに時間が過ぎた後で、同僚の切実な悲鳴と巨大な怪物の咆哮、それに混じる戦闘音や木々と金属の破砕音が轟きました。

 発見された罰として、同僚は即座に接近してきた“狂気の多眼巨鬼(マッドアイズ・アルゴロス)”により、精神と肉体の両方を攻撃されているに違いありません。


 マッドアイズ・アルゴロスとは巨鬼(トロル)と同程度の巨躯を誇る巨大な鬼の一種で、その全身に百近くある魔眼は目を合わせた者に対して【混乱】や【恐慌】などの精神的な状態異常(バッドステータス)を発生させる能力があり、また巨大で屈強な肉体は半端な敵の尽くを粉砕する膂力を秘めています。


 つまりシーカーアイズに発見された者の罰とは、マッドアイズ・アルゴロスによって強襲されるという事なのです。

 一対一で倒せるのならばいいのですが、残念ながらそう甘い種族ではありません。

 幹部級でもない限り、単体での勝敗は目に見えています。


 罰による肉体的なダメージは大きく、痛めつけられれば隠れるのにもかなり影響する事になるのは間違いありません。

 しかし今回の場合、肉体的なダメージよりも精神的な状態異常になる事の方が厄介なのです。


 万全の状態でも厳しいのに、罰の後では発見される可能性が飛躍的に高まります。

 何故なら身体のダメージによって集中力は普段よりも大幅に下がっているのに、【恐慌】や【混乱】などで精神状態が不安定だとそもそも隠れるどころではありません。

 気配を自然に溶け込ませようとしても齟齬や荒が目立ちますから、簡単に発見されてまた罰を負い、その次も同じように、と負の循環に陥ってしまうでしょう。

 この循環から脱出するのがどれほど困難な事か、想像するのは難くありませんね。


 同僚の声も次第に聞こえなくなり、シーカーアイズやマッドアイズ・アルゴロスの気配が完全に周囲から消えたのを確認し、僅かな不安と共に独り言を呟きました。


「世界の聲こえを聞け、ですか」


 顔に迷彩を施し、植物の衣を纏い、藪の間の地に伏せ、私はただ自然に溶け込むようにしながら時間が過ぎるのを待つ事にしました。

 無理に動いて発見されるよりも、こうして時が過ぎるのを待つのが最善だと判断したからです。


「以前は分かりませんでしたが、今なら少しは、その教えが理解できますね」


 そうしてかつて氏族の長によって教示され、今まで培ってきた技術は、確かに私を助ける事になるのですが、それはまた別の機会にでも。


 今はただ、見つかれば地獄を見る“隠れ鬼”から無事に生還する事だけに集中したいと思います。



 ■ ÷ ■



 今回の催しモノは時間がくるまでジッとして潜んで居る事も可能なので、脱落者は意外と少ない。

 しかし精神的な負荷は大きいようで、皆かなり疲れた表情をしているようだ。


 温泉に浸かって、明日に備えてもらうとしよう。


Day 318

 “三百十八日目”

 祭り八日目。

 今日はアイ腐ちゃんのところに注目してみようと思う。


 アイ腐ちゃんの催しモノは“汚腐海”だ。

 “腐死鬼姫(アーディハイド)・新種”であるアイ腐ちゃんは現在、ありとあらゆるモノを腐食し、汚染する事が可能な能力を得ている。

 能力は肉体などの物質だけでなく、精神や霊魂などにも作用するほど幅広く強力な代物だった。


 その能力を使い、対象となる団員達の精神に対して干渉するのが今回の“汚腐海”だ。


 つまり精神攻撃に対しての耐性と対処法を獲得するのが目的な訳だが、今回のを機にアイ腐ちゃんは同好の士を新たに発掘しようと画作している節がある。


 個人の趣味にとやかく言うのは避けたいが、今回は過度な干渉はしないように、と言ってある。

 他人の趣向を捻じ曲げるのは、流石にどうかと思うのだ。自主的にならば仕方ないとして、それ以上は許んぞ、と言う事だ。


 それにしても、精神面を鍛えるのに優れた能力を何故アイ腐ちゃんが持ってしまったのだろうか。

 せめて別の者がそう言った能力を獲得すればいいのに、と強く思う。



 ■ ▲ ■

【とある女武者(カエデ・スメラギ)視点】



 用意された簡易ベッドで横になり、アイ腐さんの能力に包まれたかと思えば、視界にはただ『腐っている、遅すぎたんだ』と表現したくなる光景が広がっていました。


 ええと、なんというか、あれですあれ。

 詳細を口にするのは憚られますが、アイ腐さんを筆頭としたとあるグループで熱く語られているような光景です。


 儚げな美男子。屈強な偉丈夫。紳士的な老人。その他諸々、様々な要素を体現したような登場人物の数々です。

 まさに何かの妄想のような登場人物で埋め尽くされている、と言えばいいのでしょうか。


 それに所々、知り合いに見える、というか色々とそれはどうなのと思うような登場人物の組み合わせがあったりと危険過ぎるのですが、率直な感想を言わせてもらえれば、アイ腐さんの精神攻撃は非常にエゲツナイと思います。


 少なくとも、この世界に来る前に、多少なりともそういうジャンルがあると知っているのでどうにかなりますが、そんな知識もないと趣向が捻じ曲げられるに違いありません。


 耐えようにもジュクジュクと腐食していくように浸透してくるアイ腐ちゃんの精神攻撃は強力で、気を抜けば腐海に落とされるでしょう。


 男性団員の場合はもっと違う何かを見せられるのかもしれませんが、ええ、それでもキツいでしょうね。


 本当に、何故こんな事を許可したのか。

 ちょっと小一時間ほど責任者に追求したい気持ちです。


「はぁ……でも、疲れるのは精神だけですから、まだマシ、なんでしょうね」


 【異界の剣豪】が持つ能力の一つ、【恐慌】や【混乱】などの精神的な状態異常(バッドステータス)に対して有効な【明鏡止水】によって、私に対して精神攻撃は十全に発揮されません。


 だからこうして余裕がある訳です。


 がしかし、それでも油断はできないでしょう。それほど強力なのです。

 とはいえ、肉体的な疲労はそこまで感じないので、今までの心身共に鑢で削られるようなモノと比べれば楽だと言えます。


 それでも、ため息は止まりませんけどね。


「これは、報告した方がいいでしょうね……」


 ともあれ、これが終われば、上司に連絡した方がいいでしょう。ちょっと行き過ぎていると言えますからね。

 報告・連絡・相談、気兼ねなくそれが出来る職場というものは、いいと思います。

 そんな環境にするのは、ちょっと難しいですからね。人間関係って、面倒な部分も多々ありますからね。


 なんて、現実逃避するしかありませんね。

 ははははは……はぁ。



 ■ ▲ ■



 女武者から報告が上がった。

 どうもアイ腐ちゃんの精神干渉が強すぎる、との事。

 今まではそんな報告がなかったものの『ついにやったかッ』と思ったので、直ちに問いただしてみると、どうやら女武者の両隣で寝ていた同好の士にちょっと力を入れた事で、干渉が共鳴し増幅してしまったらしい。

 え、と思い並びを確認したのだが、今まではそんな兆候のなかったエルフと鬼人(ロード)――両方共女である――が該当してしまった。


 静かに同好の輪を広げているアイ腐ちゃんに恐怖しつつ、これからはもう少し注意する必要がありそうだと内心で判断した。

 セイ治くんには、是非手綱を握っていてもらいたいものである。


 ちなみに、今回の被害は女武者だけで済んだ。

 女武者でなければ、また一名増えていた事だろう。なんだかなぁ、と思う。


 とりあえず今後の並びに気をつけるとして、夜には美味い飯を喰って寝た。


Day 319

 “三百十九日目”

 祭り九日目。

 今日は復讐者のところに注目してみようと思う。


 復讐者の催しモノは“巨人倒し”だ。

 これは単純にそのままの内容だと思ってくれればいいだろう。

 【下位巨人生成】に【下位アンデッド生成】を併用する事で生成できる“ブラックジャイアント・スケルトンソルジャー”や“ブラックジャイアント・スケルトンガードナー”、それから【下位巨人生成】に【上位鬼種生成】を併用する事で生成できる“ブラックサイクロプス・ブッチャー”や“ブラックトロル・ハイメイジ”など、最低で八メートルを越す巨人達を百体、連続討伐するという厳しい内容だ。


 約三百名居たとしても巨人を相手にするのは厳しいので、五十体を倒すまでは一体ずつ相手をする事になる。

 だがそれ以降、九十九体目が倒されるまではランダムで二~五体を同時に相手する仕様だ。

 一応最後まで行ける程度には各グループの強さに合わせて戦う巨人は調整しているが、最後まで勝ち進むのはギリギリといったところだろう。


 ただし最後の百体目には特別に【真竜精製】と【大悪魔精製】、それから【上位鬼種生成】と【下位巨人生成】の四つのアビリティを併用する事で生成が可能になる“魔竜鬼混沌巨人(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)”を用意している。


 巨大な悪魔と竜と鬼が腹部の部分で合体し、三頭六腕六脚一尾という造形をした巨人のキメラのような存在だ。

 現時点で生成可能なモノの中でも一際強力な分類になるだろう。もう一段階強化できるが、流石にそれをするのは止めておいた、何て裏事情もあったりする。


 ちなみに強化体となる“黒魔竜鬼混沌巨人(ブラックトリオキメイラ・ゲリュオネウス)”はミノ吉くんともいい勝負が出来るレベルだ。


 それに劣るとはいえ、通常体でも基本的に倒される事は想定していない。

 なので一定ダメージを蓄積させる事ができればクリアした、という事にしている次第である。



■ △ ■

【とあるガキ大将(ルッツ)視点】



 絶望がそこにあった。

 今まで生きてきた中でも、確実に上位に位置する極大の絶望だ。


「は、ははは……無理だろ、これ」


 恐怖に身体が震える。

 剥き出しの闘志に当てられて、全身が萎縮しているのが分かった。


 絶望の名前は“魔竜鬼混沌巨人(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)”と言うらしい。

 青銀の鱗を持つ竜と赤鉄の皮膚を持つ鬼、三眼の山羊頭の悪魔が胴体部分で混ざり合ったような巨人型のキメラという化け物だった。


 後ろから竜と鬼と悪魔という三つの頭が並び、それぞれにある総数六つの剛腕と剛脚、そして長く伸びる竜尾が特徴的だ。

 六つの腕にはそれぞれ武器があり、竜腕は竜尾のような造形の長槍を、鬼腕は金属製の巨大金棒を、悪魔腕は歪な弧を描く禍々しい鎌を握っていた。


 キメラのように混ざり合っている素材自体が尋常ではないのに、まるで自身が虫か小動物になったかと思うほどの巨体は圧倒的と言うしかなかった。

 少なくとも二十メルトルは確実に超えているに違いない。二十五、いや三十近くある。近いものに例えれば、まるで王城のようだ。


「攻撃が近くを通っただけで死ぬかもね、私達」


 現実逃避気味に呆然と呟いた俺の独り言に、隣で同じように震えているガキ中将(イーラ)が返事した。

 諦めを多分に含んだそれに、同意せざるを得ない。 


『グゴオオオオオオオオオッ!』竜頭の咆哮。

『オオオオオオオオオオオッ!』鬼頭の咆哮。

『ブルグオオオオオオオオッ!』悪魔頭の咆哮。


 まるで共鳴するように高まりあった三重の咆哮は、身構える事すらできずに居た俺とイーラを吹き飛ばした。


「うわッ!」


「キャッ!」


 まるで至近距離で爆風を浴びたように吹き飛ばされたのは俺とイーラだけではなく、これまでの九十九体の巨人を何とか倒したものの満身創痍だった仲間達も同様だったらしい。

 まだつなぎ止められていた戦意はただの咆哮だけで吹き飛び、意識を手放した者も続出している。


 そうでなくても、複数の状態異常(バッドステータス)にかかっている者が大半だ。

 即座に動ける状態ではなく、絶滅は必至。とりあえず狙って殺される事はないと思うけど、間違って死ぬ事は十分に考えられる。

 手加減して払っても羽虫を殺す事があるように、絶望の権化(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)からすれば俺達とはそういう存在でしかないに違いない。


 でも、それでも、ただ何もできずに負ける何て、そんなのは嫌だ。


「ぐつッ……オオオオオオオオオオオオオオオオッ」


 柄を変形させんばかりに力を込めて強く握り、派生ダンジョンのダンジョンボスを倒して自力で手に入れた自慢のマジックアイテムである愛剣【蛮勇の斬剛刀】を両手で構え、恐怖を吐き出すように腹の底から雄叫びを上げた。

 【蛮勇の斬剛刀】の刃渡りは約二メルトル程と俺よりも大きく、横にすれば小盾になるくらい幅がある。

 大きさに見合ったそれ相応の重量があり、本来ならまだ俺の膂力では扱う事など出来ない、筈だった。

 しかし【蛮勇の斬剛刀】には所有者が小枝のように振り回せるだけの【剛力】と、一時的に恐怖などを忘れさせる【蛮勇】を付与する固有能力がある。

 だから恐怖を塗り潰し、重い【蛮勇の斬剛刀】を持った状態でも動く事が出来たのだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ――ラァッ!」


 [ルッツ・バルは戦技(アーツ)【蛮勇疾走】を繰り出した]


 使える装備と戦技を即座に行使。

 【強力の腕輪】や【俊敏の腕輪】、イヤーカフスなどのマジックアイテムが効果を発揮。各種身体能力が上昇し、普段よりも一つ上の段階に突入する。

 それに加えて、一撃を入れるまでは速度と攻撃力を三倍に引き上げる代わりに防御力を半減させる戦技【蛮勇疾走】によって赤い燐光を宿した身体はアッという間に大地を駆け抜けた。

 迎撃のために鎌で一薙ぎしてくる絶望の権化(トリオキメイラ・ゲリュオネウス)の攻撃が届くよりも速く、到達した悪魔の右足を狙って【蛮勇の斬剛刀】をただ全力で振り切る事だけを考えた。


 防御など考えない、まさに【蛮勇】というべき無茶苦茶な攻撃だ。


[ルッツ・バルは戦技【燃える斬撃(バーンスラッシュ)】を繰り出した]


 追加した戦技【燃える斬撃】によって赤い燐光を宿した【蛮勇の斬剛刀】の刃は赤く燃える。

 火花のような赤い燐光を置き去りに、戦技に後押しされて斬撃は加速する。

 自分自身では中々出せないだろう剣速で振り抜かれた斬撃は、まるで巨大な金属塊のような手応えと共に、悪魔の右足を僅かに切り裂く事に成功した。


「よしッ」


 そして悪魔の右足の傷口は轟ッ、と戦技【燃える斬撃】によって発火する。

 体毛は焦げ、肉を焼いた臭いがする。ほんの僅か、それもすぐ自己再生する程度の軽傷だけど、俺は確かに一撃を叩き込む事に成功したのだ。


「これで――ゴフゥッ」


 しかし、それだけだった。

 俺は死角から襲いかかってきた剛力に呆気なく吹き飛ばされた。

 地面に激突する前に全身が砕け散りそうな激痛によって意識を手放す間際、もし先に一撃を入れていなかったら、半減した防御力だと即死していたろうな、と一瞬思った。


 それから後の事は、何も分からない。


 ただ言えるのは、まだ俺は死んでいないという事だけだった。



■ △ ■



 流石にこのレベルになると、上位グループはともかく、下位グループには厳しいようだ。

 ただの咆哮でも、致命的な影響を及ぼしてしまう。しかしそれでも立ち向かう者は少数ながら存在するので、土壇場で行動できる者を発見するのには役立っている。

 もしかしたらこういう存在こそが【英勇】や【帝王】の素質を持っているのかもしれないな。


 とりあえず、頑張った者には特別な差し入れを用意しておこうと思う。


Day 320

 “三百二十日目”

 祭り十日目。

 今日は鈍鉄騎士のところに注目してみようと思う。


 鈍鉄騎士の催しモノは“騎馬戦”だ。


 ちょいちょいと魔改造しているスカーフェイスが率いる骸骨騎兵団を相手に、騎乗した状態で眼前の敵を全て叩き落とし、最後まで誰かが残っていれば勝ち、という内容だ。


 ≪使い魔≫に騎乗し戦うというのは、これまでは重点的に鍛えていなかった部分になる。

 個としての戦闘技術の向上や、集団としての連携を主に伸ばしていたので、ブラックウルフに騎乗するゴブリンライダーや【騎士】持ちなどの例外を除いて【騎乗】を得意とする者は少ない。

 騎乗できる≪使い魔≫の数は十分居るし、最低限乗れる程度には鍛えているが、今後平原で騎乗戦になる事も考え、多少無茶でも実戦経験を積んでおくべきだろう。


 とりあえず、骸骨騎兵団はケンタウロスのスケルトン版とも言えるブラックスケルトン・ホースソルジャーをメインに数を揃えてみた。

 それなりに強く、目的にも適しているので、訓練相手にはうってつけだろうさ。


 まあ、骸骨騎兵団を率いる、【殲滅骸(せんめつがい)】という称号を得て飛躍的に強くなっているスカーフェイスを倒すのは一苦労するだろうけどな。



■ ◎ ■

【とある半竜馬(ドラゴタウロス)視点】



 大森林の中にある一キロメルトル四方の開けた一画。

 豊穣を支える栄養豊富な柔い黒土が広がるそこは、無数の騎馬達が穂先を交えるために用意された戦場だった。

 そこに立つ我ら三百騎に対し、整然たる隊列を組む敵は約千騎。

 恐るべきスカーフェイスに率いられし黒骨の騎兵隊である。


 敵の平均的な個体としての能力はさほど高くは無いようだが、スカーフェイスを筆頭とした指揮官級などは別格であり、また一糸乱れぬ統率された動きは巨大生物のように一体的で、その強さがヒシヒシと身体で感じられる。

 また死んでも代わりがいる生成体である故に、自爆すら躊躇わず実行してくる事だろう。

 まるで骨の濁流であるかのような幻覚を見て、油断ならぬ強敵だと判断し気を引き締める。


「おお、おお。素晴らしきかな、我が戦場よ」


 それでいて内心から湧き出す歓喜を声と化せば、奮い立つ戦意に身が踊る。

 平原での決戦こそ我等半竜馬(ドラゴタウロス)の本能が滾る戦場よ。

 竜の胴と四肢と尾を持つ下半身は大地を馬よりも遥かに速く駆け、ヒト型の上半身で振るう武具は敵を粉砕する。それは本能として刻まれた習性であり、意思でこの感情をどうこうするのは困難だ。


 近親種でもある半人馬(ケンタウロス)達も同じようで、手にする弓の調子を興奮しながらも冷静に確かめている。我だけが変なのではない、これが普通なのだ。


 それに何より、我が王も見ておられるのだ。種としての本能だけでなく、ここで奮起せずして何とする。


「我が槍捌き、とくとご覧あれッ」


 右手に持つ【火炎竜槍フォルバルド】を天に突き出すように掲げた。

 火竜の骨と牙、そして喉にある火炎袋を素材に造られた愛槍は紅蓮に輝いている。

 竜の威容を宿した穂先には竜炎が宿り、生きているが如く燃え盛る。掠れば燃やし、突き刺せば焼き尽くす、恐るべき火竜の能力を体現した魔槍である。


「我が盾使い、とくとご覧あれッ」


 左手に持つ【大地竜盾アスガバルド】を大地に振り下ろす。

 堅牢な地竜の竜殻を幾重にも重ね、我が体躯を隠すほど大型のアスガバルドの下部には、守るだけでなく攻撃にも使える杭が備わっている。

 少しはみ出している地竜の尾骨で造られた太く鋭利な杭は大地に深く食い込み、大地に固定された事によって一切の攻撃を防ぐ不動の城壁と化した。


「そして我が襲歩、とくとご覧あれッ」


 ヒトの上半身と竜馬である下半身を包む【風竜鱗鎧ウィブルバルド】が風を生じさせる。

 風竜の軽く強靭な竜鱗や体毛などで造られたウィブルバルドは全身を包んでいても重量を殆ど感じないほど軽く、それでいて防御力は鋼鉄製の防具よりも遥かに高い。

 また生じる風は敵の攻撃を弾き、轢殺させる機動性を齎してくれている。


 その他にも複数のマジックアイテムを身に帯びた完全武装の我、ここに勝利を誓わん。

 例え眼前の敵が強大だろうとも、後退する事はありえぬ。我が王に勝利を、それだけが我の願いである。


「いざッ、いざッ、いざッ!」


 戦いを前に血が猛る。興奮で胸が躍る。

 竜の血が流れるからか、戦意が猛る毎に力も漲り、興奮する事に魔力が増した。


「落ち着かれよ、ラブラ殿。過ぎたる戦意は時として無謀を行う。あれを相手に、無茶な突撃は通用せぬぞ」


「無論、我も良く理解している。されどこの滾りは止みはせぬ」


 戦場を前に、興奮する我に声をかけたのは戦友デューク・ラーベンである。


 “首無し騎士(デュラハン)”である戦友デュークは質実剛健な全身鎧を身に纏い、右手には騎士槍を、左手には盾と騎乗している“首無し馬(コシュタ・バワー)”の手綱を握っている。

 類稀なる槍術と剣術の使い手であり、愛馬であるコシュタ・バワーとの人馬一体から繰り出される攻撃は惚れ惚れするほど鋭い。まるで雷鳴のように敵を穿ち、腰にある騎士剣を抜けば敵の防御をすり抜けるように切り殺す。


 信頼できる戦友であり、切磋琢磨している親友でもあった。


「我が王が見ておられるのだ、見ておられるのだぞッ!?」


「分かっているとも、私もその気持ちはよく分かるとも。しかしだからこそ、落ち着かれよ。無様を晒さぬために、時が来るまでその猛りを内心で溜めておくのだ」


 穏やかとすら思える声音のデュークは、我をそう制した。

 確かに戦はもうすぐ始まる段階に来ており、監督官である鈍鉄騎士殿がそろそろ開始しようとしている素振りが見受けられた。

 ならばその時まで、我も魔力を練り上げて待つとしよう。


『……うし、始めるぞ! 用意はいいなッ!? では、開始ッ』


 しばらくし、鈍鉄騎士殿による開始の宣言が響いた。

 それと同時に突撃を開始する。我等だけでなく、骸骨騎兵団も同様だった。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ、我に続けェッ!!」


「隊列を乱すなッ、速度を落とさず突き抜けろッ!」


 まるで矢尻のような陣形を維持したまま進む我等に対し、スカーフェイス率いる骸骨騎兵団は【トライオルの激動】と呼ばれる突撃陣形を構築した。

 まるで三叉の矛(トライデント)のように突出した三点で敵を穿ち、三点の間に入り込んだ敵は挟撃して磨り潰すという攻撃的な陣形は、優れた連携が無ければ容易に崩れる諸刃の剣である。

 しかし骸骨騎兵団はその特性から乱れというものが無く、その破壊力は想像を超えるだろう。


「オオオオオオオオオオオッ!」


 【トライオルの激動】で最も重要な中央の穂先は当然のようにスカーフェイスであり、その両隣の穂先はブラックデスナイト・キャバルリという重武装した指揮官級が固めている。


 正面から当たれば、個として優れるスカーフェイスに我等の陣形は砕かれ、両の穂先によって挟撃されて壊滅するのは必至。ならばこそ、正面突破は不可能と判断せざるを得ない。


「正面右に集中せよッ!」


 狙うはスカーフェイスよりはまだ楽なブラックデスナイト・キャバルリ一択である。

 左右に居るが、右側の方により開けた空間がある地形上、即座に右を選択した。

 進路をやや傾けつつ疾走するが、敵も微調整してくるので上手く狙えない。無理に固執すれば、スカーフェイスに陣形を分断されかねない。


 その為【魔法】などの遠距離攻撃を使える者達が思い思いにスカーフェイス達の進路を妨害しようとした。

 地面から隆起する岩の壁。青白く燃え盛る炎の境界。渦を巻く水の城壁。盾を貫く強弓の一矢など、妨害方法は多種多様だ。

 幾重にも重ねられたそれ等は、容易に踏破できない、と思われたのだが。


『ガタタタタタタタタタッ』


 邪魔をするなとばかりに、スカーフェイスは顎を小刻みに動かし歯を衝突させて異音を発す。

 そして下半身にあるまるでケルベロスのような三つの竜頭が口を開いた。

 それぞれの口からは金属すら短時間で溶解させるだろう業火、鉄砲水のように膨大な量がある帯電水、一つ一つが子供の頭ほどの大きさがある無数の石礫、という三種の攻撃が放たれる。


 それ等は妨害しようとした一切を消し飛ばしただけでなく、やや減衰しながらも先頭を走っていた我にまで襲いかかり、構えた【大地竜盾アスガバルド】と激突した。

 呼吸すら困難なほど高温の業火が、触れるだけで感電する高圧水の放流が、絶え間なく射出される高硬度の石の弾丸が、しかしアスガバルドによって防がれる。


「グヌウウウオオオオオオオオオオオッ」


 しかしその重圧は凄まじく、全身から力を捻り出さねば呆気なく押し負けそうだった。


 そもそも我が王が創造せしスカーフェイスは、様々な強化が施されている。

 その一つが竜種の【竜の息吹(ドラゴン・ブレス)】を模して造られたこの攻撃である。


 事前に知っていた、故にこの程度の攻撃は覚悟済みだった。

 我が役目は先頭に立って突撃する事であり、また敵の攻撃をより速く受け止めて後続の助けとなる事である。


「ラブラ殿、見事ッ!」


 攻撃もやがては衰える。

 攻撃が止めば彼我の距離は既に僅かしかなかったが、多数の妨害によりスカーフェイスと左側は陣形に乱れが生じ、標的である右側から距離が離れていた。

 完璧ではないが目的は達成され、敵勢力を削る好機だった。


「戦友デューク、一番槍は譲ろうッ」


 最初よりも速度を落とした我の横を、速度を上げた頭部のないデュークが駆ける。


「イヤアアアアアアアアッ」


 裂帛の気合と共に、雷鳴のように鋭く突き出された騎士槍は、同じく突き出されたブラックデスナイト・キャバルリの騎士槍の軌道を逸らし、その胸骨に深々と突き刺さる。

 互いの勢いが乗った一撃は致命的で、その骨体は呆気なく砕け散った。


 後続もデュークの後を追うように続き、敵陣形を穿っていく。

 勢いに乗ったコチラが優勢で、敵は轢殺され砕け散っていく。個体としてみればこちらが優位、群体として相手にせねば、当然の結末と言えるだろう。


 だが追い付いたスカーフェイスがそれを簡単に許すハズもなく。


『ガタタタタッガタタタタッ』


 我等を追っていた後続に対して、スカーフェイスは上半身にある左右四対の腕を大きく広げた。

 手に持つ七個の生体武器――【刃壊しの魚骨大剣(フィッシュ・スパイク・ソード)】、【生贄殺しの大長鉈(ラムル・ダオルト)】、【粉砕する鉄棘星(モーニング・スター)】、【右方の城壁盾(ライト・タワーシールド)】、【左方の城壁盾(レフト・タワーシールド)】、【鉄蠍の長槍(スコーピオン)】、【合成構材の大弓(コンポジット・ロングボウ)】――を構え

、下半身の竜馬の側面にある折りたたまれていた副腕を伸ばして骨槍を握り。


 尚も近づけまいとして我等が放つ魔法の数々と矢や投剣などによる遠距離攻撃が集中するも、黒い残像を残す程の速さで乱舞するスカーフェイスの攻撃にその尽くが粉砕される。


 嵐のような攻撃を切り抜け我等に迫ったスカーフェイスは、しかし互いに速度に乗っていたので、すれ違ったのは僅かに一瞬の事だ。


「何とッ、あの一瞬で狩り獲るかッ」


 しかしそれだけで、少なくとも二十名近くが脱落しただろう。

 スカーフェイスの攻撃にさらされ、損傷を負った者はそれ以上に多い。


『ガタタタタッガタタタタッ』


 機動に優れ、攻撃に優れ、また防御にも優れたスカーフェイスは我等に配下である骸骨騎兵団を百体程削られながら、その二つの頭骨で我等を冷静に観測している。

 その程度の損害など問題にならないと嘲るような音を出しながらゆっくりと大きく弧を描き、再び突撃陣形を整え始めている。


 それは我等も同じであり、再びの衝突まであと僅か。


「おお、おお。やはり強しッ」


 一進一退、血湧き肉踊る戦闘に気が高まり続ける。

 燃えるように魔力を消費し、我等は駆ける。


「まさにこれぞ戦場の醍醐味よなッ」


 ただ敵を駆逐せんと猛りながら。

 戦場を我等は駆けた。



■ ◎ ■



 ちょいちょい強化しているスカーフェイスの調子も良く、またそれなりに騎馬戦でのやり方も勉強する事が出来ただろう。

 種族的に騎馬戦が得意な者も居たが、そういう団員は他の団員の手本になったり、基礎的なやり方をよく知っているのでかなり有用だった。

 特にドラゴタウロスとかケンタウロス当たりは優秀だった。


 まあ、それでもスカーフェイスの方が強かったりするわけだが。

 何て、生成主として自慢してみる。


 ともあれ、祭りも明日で最終日だ。

 最後はドデカイ花火にしたいので、皆の英気を養い疲労を取り除く事に尽力する。


 祭り最終日まで全ての催しモノを体験し、脱落しなかったメンバーは少数ながら居るが、全員をどん底に叩き込んでやろうなんて所存である。


 腹一杯美味い飯を食べて、いい夢見ろよ。

 何て思いながらベッドで寝転ぶ。



 [世界詩篇[黒蝕鬼物語]【鬼乱十八戦将】である鬼若が存在進化(ランクアップ)しました]

 [条件“1”【存在進化(ランクアップ)】クリアに伴い、称号【暴乱王(ぼうらんおう)】が贈られます]



 意識が途切れる寸前に聞こえたアナウンス。

 オーロとアルジェントにやや遅れ、どうやら鬼若も【存在進化】したらしい。

 予想通りの結果でもあるので、さっさと寝た。


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